いろは唄 | ナノ
学級委員長委員会委員長

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さてと……、天女サマが現れてから、早いものでかれこれ1週間が経ちました。

委員会やら何やらから情報を収集し、天女サマを影に日向に観察し続けてきた。

歩き方や話し方から仕草、ちょっとした反応に本人も気付いてないだろう癖まで頭の中に叩き込んだ。

某変装名人ではないけど、彼女のフリをしろと言われればできると思う。

客観的観察が必要なのは、情報収集も変姿も同じことだからねー。


天女サマ、改め愛識歌は、驚きを通り超えて呆れを通り抜けて笑えるほどに無知で世間知らずだった。

苦労を知らない、飢餓を知らない、孤独を知らない、我慢を知らない。

更には読み書きがままならないために事務仕事はできず、掃き掃除に手をつけるものの罠が怖いと同じ場所ばかり掃いている。

もうひとつの仕事である食堂の手伝いも、水仕事は手が荒れると言って拒み、配膳も雑談に夢中になって疎かにすることが多い。

ついでに言えば付け加えると、戦を知らず、忍者についても正しく認識できていない様子だった。


あれを雇っているくらいなら、いっそ出茂鹿之介さんでも雇ったほうがましなんじゃないかと思う。

あの人は性格こそ最悪だけど、仕事はできるし実力もある。大事なことなので2回言うが、性格は最悪だ。

とはいえ、俺はあの人の悪辣な性格は嫌いではないけれど。だってあの人は忍者だもの、仕方ない。

小松田さんは真面目すぎるほどに真面目で、仕事はできないけど誠実で努力家だ。

仕事はしない、努力もしない、不誠実で自分勝手。ただ見目だけの天女様は必要ないはずだ。


小松田さんが1人増えたのなら、吉野先生の精神的付加が増えるだけだ。

ところが天女サマときたら困ったことに小松田さん以下だ。

小松田さんが増えても困るけど、小松田さん以下がやってくるのはもっと困る。

あの2人は同じくらいドジ。いや、ただのドジならそれでいいけどさ、あれはあまりに打たれ弱すぎるっしょ。

小松田さんは転んだり吹っ飛んだり怪我したり迷子になったりと色々仕出かすけど、立ち上がるときは自分で立つ。

迷子になったって、5回に4回は最終的には自力で学園に帰ってくる。多分帰巣本能が発達しているんだろう。

ちなみに、残りの1回は戦場で迷子になっているところを利吉さんに助けられている。不死身な追跡の鬼なのだ。

ところが天女サマは転んだら助けが来るまで転んだまま。人が来たらうっすら目に涙を溜めて大丈夫と首を振る。

骨折していても立てとまでは言わない。本当に何の力もない一般人に、そこまでは求めまい。

大丈夫だったら自分で立て。4歳児だって転んだら泣こうが喚こうが最後には自分で立とうとするもんだぞ。

うん? 3歳児はまだ面倒を見られているもんだろう、きっと。多分まだ至れり尽くせりの年頃だ。


事務員や食堂の手伝いとしてまぁったく使えないと思えば、更に悪影響を振りまいている。

見ていれば、忍たまに人を騙し陥れてはいけない、傷つけ殺してはいけないと説く始末。

未来がどんなに平和だとしても、ここには戦がある。郷に入れば郷に従え、だ。

はっきりと言えば、それができなければ忍者なんてやっていけない。根拠のない綺麗事だ。

学年が進めば、忍たまは人を殺すということを覚える。それが忍者の宿命と知っていても、割り切れるものではない。

俺なんかは、生きるためと割と早いうちに割り切ってしまったけれど。

そんな葛藤を抱えていれば、彼女の言葉はさぞかし心地良く耳に馴染むんだろう。


たとえば5年生がその良い例だ。今日も約4名が天女サマと町に繰り出している。

俺の後輩である5年ろ組学級委員長の鉢屋三郎は忍務で学園を離れていていないけど、帰ってきたらどうなるかな。

割り切れなきゃ、死ぬのにね。いーのかねぇ、忘れちゃってっ!


天女サマのほうだってさ、運よく学園に落ちただけじゃないか。

もしかしたら山のそのへんに転がって山賊に拐かされていいように回されて遊郭に売り飛ばされてたかもしれないし。

俺としては売られててくれたほうがよかったなぁ、なんて。


そんな感傷は個人的なものなのでさておき。

そーゆう天女サマの影響も気になるんだけどさ、結局天女サマの正体は何なんだって話だよね。

本当に本物の天女なの? それとも本人の言うとおり未来から来た人?

くのいちっつー線は……今のところかなり薄いと俺は考えているけれども。

いや、だってあんまりに常識がなさすぎるっしょ。筋肉も全然ないし。

第一、手が綺麗すぎる。あれじゃあやんごとなき姫だって言われたって納得できる。

もっとも、やんごとなき姫なんてじろじろ見たことないけど。


とはいえ、状況と結果によっては、天女サマにはくのいちとして死んでもらうしかない。

できるだけ、本当に無知なだけの少女ならば、殺したくないと思うけど。

おぉっと、これも感傷か。あっぶね。やりにくいったらねーな。

腹に何かしら悪意を抱え込んでるなら、まだいいんだ。天女サマにはそれが感じられない。

ただ、言うなればあの甘い香りには辟易する。戦乱の世にはあまりに不釣合いだ。


いいんだよ、別になーんにも知らなくったってね。知ろうとさえしてれば。

でも天女サマにそういう姿勢は見受けられないんだよね。

人を騙し陥れるのも人を傷つけ殺すのも悪いことだって、誰でも知ってるよ。

未来では禁止されているんだろう、そんなことをする必要がないんだろう。

だけどこの時代では違う。戦が禁じられていない、人を騙し陥れ人を傷つけ殺す必要がある。

そうでなきゃ、生きてけない。殺されそうになってんのに、反撃しない奴はいないだろ? そゆこと。

それも考えないまま勝手なこと言っちゃってさ、惑わされて死ぬのは結局こっちなんだよね。

やめてほしいよな、そういう滅茶苦茶なこと言うのは。


あんたが無知だろうと無能だろうといいんだよ、学ぼうとしてるならやろうとしてるんなら。

1を聞いて10を失敗するとさえ言われるへっぽこ事務員の小松田さんでさえ雇われてるんだから。

あの人が誠実で努力家だからだよ? 忍術学園は慈善事業でやってるんじゃないんだから。

働くことを条件に学園においてもらってる身分で、なーにを遊び呆けてんだか。


ね、天女サマって給料受けとるのかな? それに見合うだけ働いてる?

あれ、それどっから出てるんだ? え、学級委員長委員会から? え、なんで、許可してないぞ。

いや、ちょっと待って、え、いや本当になんで? それあれだよ、学園長先生の思いつきのための経費だよ。

ちなみにそれは主に俺たちの忍務の報酬やら仲介料からきてるんだけど、理解できてる?

いやいや、余ってるんじゃなくって、必要だから存在するんだよ、当たり前だろう?

学園長先生の思いつきは大半がくだらないけど、深く考えりゃ意味のないものはないじゃないか。


彼女自身に害はないよ、という土井先生の言葉は、多分、今のところ間違っていない。

だがしかし、困ったことに彼女の齎すものは害ばかりだ。何ですかあの有害生物は!

害を振りまくくらいなら、むしろ彼女が害であったほうが解決策は簡単だった。

方法は何でもいいにしろ、彼女を隔離すればよかっただけなんだから。


ほんとはね、巻き込まれたくないし、何も言わないままにしておきたいんだよ。

客観的現状把握っていう学園長先生の指示がなかったとしても、関わりたくない。

学園の大半の人間が慕ってるみたいだし、おおっぴらに批判なんかしようもんならどうなることか。

いやいやほんとに。俺の見た限りっていうか、知ってる範囲でのことなんだけどさ。

いや、他人の色恋沙汰に首突っ込んだら、馬に蹴られるから、本当は嫌なんだけどね。



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