学級委員長委員会委員長 >> は 天女サマの先輩である小松田さんに人となりを聞けたので、接触してみましょっか。 できれば吉野先生にも話を聞きたかったんだけど、まぁいいや。 いらっしゃらないんじゃあ仕方がない。訊きようがないもの。 「やぁ都竹、お帰り」 桶を片付け手を洗い、食堂へ向かっていると、土井先生に声をかけられた。 相変わらず少し困ったような、穏やかな笑みを浮かべていた。 「只今帰りました」 そう挨拶すると、ようやく帰って来たという気がした。 学園長先生には忍務の報告だけだったし、誰も出迎えの挨拶をくれなかった。 俺が1人部屋だってのもあるけど、いつもは誰かしら門まで迎えに来てくれるはずなのに。 いけないとわかっていても、寂しさを禁じえない。 「今日も混んでるな……」 「んん、今日も、ですか?」 飯時となれば食堂は混むけれど、毎度忍たまくのたまが行列をなすわけじゃない。 大抵混むときは大規模な演習だの実習だのがあったときくらいで。 そう考えると、この混み具合は確かにちょっと異常だ。 だって演習や実習があったなんて聞いていないもの。 くのたまはあまりいないようだけど、忍たまはほとんど集まってるんじゃなかろうか。 いや、まぁ育ち盛り食べ盛りだから、集まるときは集まるんだけどさ。 「あぁ、そうか、都竹はいなかったからな。誰かから聞いてないか? 天女の話」 「いや、あー、学園長先生直々に伺いましたけども……」 何らかの指示を受けていることを暗に伝えたものの。 まさか土井先生まで天女サマに……? だったら怖いなぁ。信用できるはずの先生まで信用できないと。 「まぁ、本当に天女かどうかはさておき、彼女自身は害のあるものではないよ」 「はぁん……?」 「百聞は一見にしかず、見ればわかるよ」 苦笑しつつそう言う土井先生に背を押され、異空間と化している食堂に足を踏み入れた。 「あ! 土井先生、こんにちはぁ」 そこにいたのは見慣れた食堂のおばちゃんではなく、見知らぬ女子だった。 高く結い上げた艶やかなみどりの黒髪に、長い睫と大きな瞳、透き通るような白い肌、心なしか甘い香りまで漂ってくるかのようだ。 華奢な唇から紡ぎだされるのは甘く濡れた声。誰が買い与えたものか、傍目にも高価な品とわかる朱色の着物を纏っている。 ……ふむ、同輩が一目惚れするのもわからなくはない。確かに愛らしく、庇護欲をそそる見目をしている。 んー、鍛錬を疎かにしてまで執着したいほどではない、ような……あ、でもやっぱり愛らしいか。 でもやっぱり俺はもうちょっと体つきのしっかりしたほうがいいなぁ。彼女は細すぎてなんだか頼りない。 ま、胸の形が綺麗っぽいところだけはちょっと好みかもしれないけど。それだけじゃあなー。 遊びで付き合うならいいけど、添うにはちょっとな。身元が定かでないのもいただけない。 「こんにちは、定食まだあるかい?」 「もちろん、土井先生のためにとっておきましたぁ」 「じゃあ最後の一つってことか」 「はい! あ、安心して下さいねぇ。蒲鉾入ってませんから」 媚びたような甘えた話し方をする天女サマの周りには、忍たまが群がっていた。 全員が全員、熱の籠もった目でころころと愛くるしく表情を変える彼女を見ている。 知った顔がいくつも見えるので、俺としては何とも言えない気持ちであります。 「都竹、定食1つ余ってるそうだが、食べるか?」 「え、あーっと……」 土井先生に呼ばれたので天女サマ観察は一時中断します。 ……あ、やべ、ばっちし目が合っちゃった。 ぱちくりと瞬きを繰り返し、首を傾げてきょとんとしている。 わざとらしいと俺が引き気味になれば、外野から悶えるような呻き声が聞こえた。 ……6年間一緒だったやつもいたけど、ここまで価値観が違うとは思わなかったな。 6年目にして新しい発見。ここまで嬉しくない発見もめったにないよな。 しっかし、男ばっかに見事に囲まれちゃって。 年の頃は俺たちと同じか、ちょっと上かだろうに。 もう数年でいきおくれなんじゃないだろうか、彼女。 こんなところで働いていないで、嫁ぎ先でも探せばいいのに。 まぁ、俺が案じるようなことでもないし、余計なお世話か。 「えっとぉ……6年生?」 装束の色から判断したのか、甘ったるい声でそう言われた。 俺のほうから自己紹介をしなければならないみたいだ。 ……普通さ、新入りさんからするもんじゃねーの? や、いいけどね。俺のほうが年下らしいし。どっちでも。 ほんとは初対面の人ってあんま得意じゃないんだけどっ。 仕方ない。情報収集のため、ここは頑張りまーす。 人好きのする、それでいて頼りなくない笑顔を心がけて。 合言葉はきりっと凛々しく爽やかに、だ。 「はじめまして、天女サマ。6年ろ組の九十九都竹でっす」 ちなみによろしくはしませーん。だって客観的に判断するよう言われてんだもん。 あんま深入りはしないから、そこんとこ承知しといてね。 ま、死にそうになってたら助けるくらいはしてあげてもいいけどさ。 「え、え?」 「んん?」 「都竹、知り合いかい?」 「んなまさか。先生は俺の記憶力知ってるでしょ?」 一度知り合った人間の顔と名前は忘れないよー。結構便利っしょ? 「ご、ごめんなさい。よく聞き取れなかったみたいなの……もう一回言ってもらってもいいかなぁ?」 ……俺の声はそんな聞き取りにくくないし、はっきり言ったつもりなんだけどな。 何だろね、その信じられなぁいみたいな顔と雰囲気。何? 「6年ろ組、九十九都竹っす」 「え……っ」 「何ですか?」 「う、嘘でしょ!?」 「疑われても困ります」 嘘じゃないし。逆に訊きたいんだけど、何を疑ってんの? この子変な子。思わず土井先生を振り返って見上げてしまった。 いっつもこんな感じの子なんですかね。え、違うの? 「失礼ですが、どこかでお会いしましたでしょうか?」 「あ、え……ご、ごめんねぇ、知らなくってぇ」 俺も知んねーよと吐き捨てたくなったけどそこは耐えた。よくやった俺。 てゆーか何、何なのこの子! もう意味わかんないんだけど!! 何かぶつぶつ言ってる、何かぶつぶつ言ってるのちょー怖い! あっ、鳥肌立ってる! ほら、見てよこの二の腕! 聞きたくねーとか思っても聞こえてくるものは聞こえてくる。 なんでこんなかっこいいのにモブなのよ、とかなんとか。 ……なんでみんなこんなよくわかんない女子に惚れ込んでるんだろう……? ってゆーか、モブ? って何? 俺のこと言ってんの? 何それ、俺の名前はそんなんじゃないんだけどなぁ。 愛称? いや、なんで? 初対面で馴れ馴れしすぎでしょ。 「都竹いいなー、歌ちゃんに愛称貰ってー」 やってきた小平太が羨ましそうに俺を見ていた。 歌ちゃん、ねぇ……。へぇ、疑問に思わないわけだ、俺がいつ帰ってきたのかとか。 それとも出かけてたことさえ忘れられてんのかな。なんと情けのない。 天女サマは愛称っつーわりにゃあ親しみの欠片もない目で俺を見ていたが、すぐに目をそらした。 そろそろお腹空いたので、小平太を構い始めた天女サマは放置しようと思う。 本音をぶっちゃけると、一切興味がないのでどこか俺のいないところへ行って欲しい。 だって天女サマったら随分と甘ったるい匂いを撒き散らしてるんだ。移っちゃったら大変じゃないか。 そんなこと言ったら夜討ちに遭いそうだから、俺が撤退するけどね。 定食は土井先生に譲っておこう。天女サマは土井先生に置いておいたって言ってたし。 うん、他人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて死んじまえってね。 もっとも、天女サマが土井先生に恋しているかは別の問題だけどさぁ。 「おばちゃーん、うどんちょうだい!」 「はいよー。あら、都竹くん、帰ってきてたのね? お帰りなさい」 「ただいまでーす。もー疲れちゃいました」 「あら、じゃあ蒲鉾とお揚げオマケしといてあげるわね」 「わーい、ありがとうございまーす」 俺が席に着こうと土井先生の隣を通り過ぎようとしたとき、おばちゃんが天女サマを叱っていた。 「またあんたはおしゃべりばっかりして! 洗い物はどうしたの!?」 ……俺、しーらねっ! だって小平太に話しかけたのは天女サマのほうだもの。 前頁 / 次頁 |