いろは唄 | ナノ
学級委員長委員会委員長

>> ろ


客観的に現状を把握するに当たって、彼女の人となりを調べるところから始めようと思う。

生徒のことは、同輩なら今日の午後には6年生全体の実技の授業があるし、後輩は委員会から情報を集めればいい。

天女サマは食堂のお手伝い兼事務員。この時間ならきっと食堂でおばちゃんのお手伝いだろ。

つーことでまずは彼女のもうひとつの職場である事務室へ行くとしようかね。吉野先生いらっしゃるかなー。


事務室を覗いたら、いたのは小松田さんだけで、辺りには書類が散乱し、上から墨をこぼしたであろう跡が見受けられた。

ぶっちゃけた話、片付けているのか散らかしているのかよくわからないなぁ。

涙目でひーひー言って走り回ってるあたり、小松田さんなりに真剣なんだろーけどっ。


「小松田さーん、どしたんですか?」

「わわっ、都竹くーんっ! どうしよ、散らかしちゃって、吉野先生にまた怒られちゃうよーっ!!」

「あー、はいはい。手伝いますから、まず小松田さんは手を洗ってきてくださいね」

「はえ?」

「そんな手で片付けたって二度手間ですよ。はい行った行った!」


墨で黒く濡れた手を指差して、井戸に行くようにきっぱり言って事務室を追い出した。

小松田さんったら至るところに手形つけてるよ、まったくもー。

帰ってくる前に出来るだけ片付けとかなきゃな。小松田さん1人に任せてたら吉野先生が大変だもんな。



手を洗いに行ったはずなのに、小松田さんは何故か泥だらけで帰ってきた。

……多分、どこかで転んだんだろう。やれやれ、これだから目を離せないんだよな。

とはいえ、ドジっ子事務員がドジを踏んで手間と時間をかけた分、掃除はほとんど終わっている。


後は床を拭くだけだからと宣言して、小松田さんには座って待っていてもらう。

任せておけば、桶の水を畳に撒いて薄い黒に染めてしまうことは明白だ。

適当に言い含めて、俺は絞った雑巾で畳を拭う。

そんな俺を見て、小松田さんがぽつりと一言零した。


「歌ちゃんも手伝ってくれればいいのにー」


……あ。


ふと思い出す。すっかり忘れてたけど、俺は天女サマとやらの人となりを調べに来たんじゃなかったか?

手を見下ろす。薄く墨で汚れた傷だらけの手。あれ、俺はなんで掃除してるんだ?


「それ、新しい事務員さんですか?」

「あれ? 都竹くんはまだ逢ってないんだっけ? 天女様の名前だよー愛識歌っていうんだって!」

「……あぁ、天女サマね。まだ逢ってないんですよ。ふぅん……どんな子なんですか?」


小松田さんからその話題を振ってくれるとは、ありがたいことだ。


「えっとね、すっごく可愛いんだー」


とつい最近門前で聞いたばっかの美辞麗句を並びたてられそうになったので、慌てて止めた。

どうやら、質問を変えたほうがよかったみたいだ。見目についてばっか教えられても困る。

余計な先入観を植え付けられても、喜べるはずがないっしょ。

ま、多少可愛いからって取り入れられるようなヘマ、俺はしないけどっ。

……あいつらだって、ちょっと可愛いくらいで気を許すはず、ないけど。


「天女サマってどんな仕事をなさってるんですか?」

「事務と食堂のお手伝いかな。僕の後輩なんだよ、都竹くん羨ましいでしょ?」

「俺にだって可愛い後輩くらいいますー男だけど。え、じゃあ今は食堂のお手伝い?」

「うん、多分巳1つ頃に来るんじゃないかなー」


……なんでだよ、なんで昼前に事務室に来るんだよ。どー考えてもおかしいっしょ?

その時間帯は昼飯の準備で忙しいはずだし、それまでの時間は何して過ごしてるんだ?


なんか事件の取調べみたくなっちゃってるな。普段ならこのあたりで切り上げとくところだ。

踏み込みすぎると相手に余計な疑いをもたれてしまうから。

だけど小松田さんは全然警戒してるふうではない。

これが計算だったら相当な策士だけど、小松田さん、これじゃあただの井戸端会議だよ。

もうちょい、詳しく訊けるかなぁ。欲を張りすぎるとよくないんだけど……。

床を拭きながら小松田さんをちらりと見上げて、もう1歩だけ踏み込むことを決めた。


「天女サマってさー……普段、どんな仕事してるんですか?」

「うーん、掃き掃除とか」

「……へぇ、他には?」

「うーん……食堂の配膳とか」

「……それだけ?」

「それしか知らないなぁ。でもね、歌ちゃんすっごく優しいんだよ、僕が失敗しても叱らないし、頑張ったら褒めてくれるし」


ていうか仕事なんだから頑張って当然だし。小松田さんってばどーしちゃったかな?

いつものお仕事熱心な小松田さんはいずこー? ねーぇ、頑張ったら褒められるなんて子供じゃないんだから。


それにさぁ、天女サマのほうね、それ働いてるって言えんの?

その2つで1日過ごすの? 時間あり余ってんじゃないの?

あ、わかった。裏々々々々山あたりまで掃除しに行ってるんだ。え、違う?


それで給料貰ってるんだとしたら、なーんか腹立たしい話だよね。

俺が学費納めるためにどんだけ苦労してると思ってんの? 

世の中平等とは思わないけどさ、流石に割りに合わないでしょ。


床を拭くために下を向いているのをいいことに、眉間にしわを寄せた。


嫌だなぁ……って、いけない。これは忍務だぞ。私情を挟んじゃいけない。


「都竹くん、もしかして天女様に興味あるの?」

「ま、できればお近づきになりたいですねー何か御加護があったりするかもですし」


俺に害さえなきゃ、どーだっていいんだけどね、ほんとは。

危なそうだったら報告をぶっちゃけて許可貰えばいいだけの話だしね。

俺は忍たまで学級委員長委員会委員長だもの、学園を護るために手段は選びません。


「ほら、さりげなくお手伝いとかしたら気に入られちゃったり?」


墨で汚れた雑巾を桶に放り込んで、へらりと軽薄に笑って立ち上がる。


「なーんて、掃除終わりっと! それじゃ、お仕事頑張ってくださいね、小松田さん」


(穀潰し、なんて言いたくないけど)


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