学級委員長委員会委員長 >> て 天女サマを肩に担いだまま、喜八郎の掘った深々とした蛸壺を見下ろした。 名前を聞きそびれてしまったけども、まぁ墓穴の名前なんてどうだっていいか。 穴の上に視線を向ければ、縄を切るだけで大量の土が降ってくるように細工されている。 さすがは作法委員というべきか、自由気侭好き勝手に穴を掘っているだけじゃないようだ。 後は天女サマを入れて穴を塞ぐ。そして日が昇る前に長屋に戻る。それでいい。 どさりと天女サマを落とした。あー、疲れた。 ふるりと長い睫毛が揺れて、天女サマ起きちゃったか……。 気づかないふりで埋めてしまうか思案して、思い直した。 「……う、」 「あぁ……、おはようございます。今日はお早いですね」 言いながら、天女サマの鳩尾を軽く蹴って、墓穴の中に放り込んだ。 軽くというのはつまり、死なない程度という意味だ。 見下ろしてると、えぐえぐと呻きながら天女サマは大層汚らしく吐瀉物を撒き散らした。 自分の吐瀉物に塗れて永劫眠るなんて悲惨な末路だ。 忍者なんて碌な死に方しないのはわかっているけど、俺は嫌だね。 足元からうっすらと饐えた臭いがする。 顔をしかめて一歩下がった。 臭いが移る前に帰らなければいけないな。 「あ、あたしを殺すの……? ここ、どこなの……!」 「天女サマは死なないよ。ここは学園の裏にある山だ」 そう、天女サマは死んではいけない。 天女サマが死ぬときは、俺が死ぬときだから。 俺は学園で得た知識を総動員して、天女サマを死なせはしない。 だから、そうだな。あなたが死んでも天女サマは死なないよ。 安心させるように笑ってやりながら、穴の底を見下ろす。 あの能天気な天女サマでも、さすがに命の危機は感じるらしい。 もう少し早く、せめてあの襲撃の夜にでも感じていたら、もうちょっと長生きできたかもしれないな。 かわいそうに。欠片も思っていないことを、そんな風に思った。 顔から出るもの全部出てる天女サマが、希望を見出したような、汚い笑顔でこちらを見ている。 媚びるような、阿るような、そんな顔だ。 「天女サマは、未来から来たんだよな? いいところだって聞いたけど、どうしてこんなところに来たんだ?」 俺にはよくわからないけれど、遠くでそんな風に話しているのを聞いた。 未来は平和で、人を傷つけたり騙したり殺したり、そういうことはすべて禁止されているらしい。 いいなぁと思いつつ、無理だろと思う。信じたい気持ちと信じられない気持ちだ。 思いついたような顔で聞いてみれば、天女サマは少し表情を輝かせた。 あぁ、話すことを目的に俺があんたを拉致したと思ってるのかな? いやいや、話が長引けば誰か助けに来てくれると思ってるんだな? でもどっちもはずれ! あんたを拉致したのは殺すためで、待っても助けは来ない。 可能性が全くないではないが、いずれにせよ、あんたが生き残ることはない。 誰と刺し違えても絶対に殺す。 「そ、そうよ……未来は平和で、人を傷つけたり殺したりするのを禁止してるの、みんな戦わなくっていいの。 この時代では争ってる、けど、そんなの間違ってるわ……話せば、きっとわかりあえるわ。 だって、未来では平和になってるんだもの!」 話し始めれば、天女サマは次第に落ち着きを取り戻したようだった。 その内容は、落ち着いて聞いても、俺には見当違いに思えた。 腹立たしさも感じたが、不思議と俺は冷静だった。 「俺はそうは思わないから、話し合いに行くなんて怖くてやりたくないな。 武器持って命を奪いあってる連中に、話せばわかるって言えばわかってもらえるのか?」 「ずっとここにいればいいのよ。学園長先生もそうしていいって仰ってるし、大丈夫よ、ここは安全なんだから」 何の邪気もない笑顔で言われた言葉に、思わず舌を打った この女、安全の意味なんかわかっちゃいないんだ。 あんたのいう安全な学園を守るために、俺たちがどれだけの犠牲を払っているか。 あんたがいることが、この学園にとってどれだけ危険なことなのか、なーんにもわかっちゃいないんだ。 わかっててほしかったな。自分の思ってることがただの理想だって。 そんな理想が通用するほど、ここは甘かないって。察してくれりゃ、よかったのにな。 もうとっくに治った左の掌がじくりと痛む。 俺、あんたのせいで死にかけたようなもんなんだけどな。 殺してやる、と思った。 そうだ、白状しよう。俺は天女サマを殺したいとは思っていなかった。 排除すべき対象と判断したのは、忍術学園を思ってのことだった。 くの一でも何でもないただ未来から来たという女人を始末しようとしたのは、害を齎すと思ったからだった。 私心ではなかったはずなのに。忍務という免罪符なしに人を殺すことを、俺は恐れていたはずなのに。 「あんた、何もわかってないんだな」 諦念交じりの吐息とともに出た声音は、常になく低かった。 本当にがっかりした。時間の無駄だった。 こんなやつに、俺は、俺たちは。 「どこが安全なものかよ!! あんたの言う安全は、俺たちが命懸けで守ってるんだよ! あんた狙われてるって、天女は他の城から狙われてるって、あんたわかってないんだろう!?」 「でっでも、みんなが守ってくれるし、」 「みんなって、誰だよ……」 そのみんなとやらは、あんたの安全を守るために命を懸けるんだぜ。 あんたはそのみんなの安全とやらは、考えてくれないのにな。 守ってくれるって、守る側だって無敵じゃないんだ、弱けりゃ殺される。 でもな、今更かもしれないが、俺はあんたのために6人の同輩に死なれたくない。 だって、当たり前だろう? 俺たちは仲間なんだから。 俺たちはそれぞれ夢があってこの学園に来たんだ。俺たちは一緒に卒業しようって約束した。 卒業して、立派な忍者になろうって、いつか互いの敵になることも覚悟して、そうして6年間切磋琢磨してきた。 何人も死んでいった。死んだ理由だって様々だ。 演習中の事故で死ぬやつもいたし、山賊に襲われて死んじまったやつもいた。 実習で死んだやつもいれば、任務で死んだやつもいる、学園を守ろうとして襲撃してきた忍者に殺されたやつもいる。 諦めかけたことだって何度もある。それでも諦めなかった。 友達が死んだのも必死になって涙堪えて、擦り傷切り傷火傷打撲に脱臼骨折、全部耐えてようやく6年になった。 つい昨日まで机並べてたやつがいなくなって、つい昨日の夜枕並べて寝てたやつがいなくなった。 それはつまり、そういうことだ。死が怖くて逃げようとしたことも数え切れないくらいある。 何人も消えていった、やめたやつも死んだやつも、女々しい話だが顔も名前も覚えてる。 そいつらの死肉と骸骨踏み越えてここまで来たんだ。 ふらふらになって、でも支え合って、だから今ここにいる。 死に掛けた、でも助けられた。だから今生きてここにいる。 何度も諦めかけた、何度も逃げようとした、でもここまで辿りついた。 死に物狂いで駆け抜けて、やっとの思いで最終学年にまで辿りついた。 なんでかって? 忍者になる、それだけの理由だ。 俺たちは忍者になるために忍術学園にいる。じゃああんたはここで何してる? 何しに来たんだ? 平和を齎す? 平和なんかいらない、死の危険に背を向けたままじゃなきゃ見れないような平和なら、俺はそんなものいらない。 やめてくれよ。あんたはそうやって笑ってりゃ満足だろう、そうしていたいなら一生そうしていればいいんだ。 でも俺たちは卒業するんだよ、あんたとは違う、ここにずっとはいられない。 俺たちは卒業してそれぞれに道を見つけて、自分の力だけで進まなきゃならない。 でもあんたがいると皆鈍っちまう、鈍った忍者なんざ忍者じゃない。 あんたがあいつらを従えてるだけ、あいつらは鈍っちまう。 あいつらの尻拭いで駆けずり回るだけ、俺もまともな連中も鈍っちまう。 あんた、わかるだろう? もうやめてくれよ。満足だろう? ここで鈍った連中は、卒業できたって鈍ったままなんだ。鈍った忍者は、すぐ殺される。 あんたはいないほうがいい、ここにはいないほうがいい。 だからもう忍術学園から出ていってくれよ。 俺たちの、危険でも平和な学園を返してくれ、頼むよ、なぁ。 「あんたは忍術学園に来ちゃいけなかったんだよ」 うんと言ってさえくれれば、俺は満足なんだけどな。 穴の底に視線を投じれば、天女サマはもはや虫の息で。 俺の声は、もう聞こえていないだろう。少なくとも理解できていない。いや、これは始めっからか。 あぁ、俺はあんたを散々に責めたてたが、別にあんたが悪いことをしたってわけじゃないんだ。 あんたのしたことには何の罪もないよ。仕事はしてなかったけど。 せめてこの時代でなければ、せめてこの場所でなければ、殺されることなどきっとなかった。 いや、あんたが愛される存在でさえなければ、この時代のこの場所でも生きていけたか。 本当は、町にでもやってもよかったんだよ。それをできなかったのは、俺の瑣末な意地だった。 「……あぁ、もう声が出なくなったんだな。気付かなくて悪かった」 白かった肌は赤と青でまだらに染まり、濡れた瞳の焦点は空ろで合わない。 浅い呼吸を何度も繰り返し、額からは脂汗が滴り落ちる。 「それじゃ、せめてもの情けだ、苦しまないようにしてやろう」 いやいやって、そんな首を振ったって駄目だよ。あんたは死ぬんだ。 本当はさ、生き埋めにでもしてやろうと思ってたんだ。 喜八郎がせっかくこーんなにふっかぁい穴を掘ってくれたんだから。 だって、生き埋めって相当苦しそうじゃないか。真っ当な人間を苦しめたんだから、それくらいはね。 俺の大切な後輩を免罪符に、生まれてきたことから後悔させてやりたいと思ってたんだ。 だがそれはやめておこう。まぁそれに、あんたには恨みもあるが恩もある。 俺が欲しかったものを、俺が欲してやまなかったものを、2つとも与えてくれた。 それだけで、俺はあんたを抱きしめて礼を言ってやってもいいくらいなんだ。 でもそれはできないから、もう殺してあげることにするよ。 糸で結んだ苦無を天女サマの胸の真ん中に深々と投げつけて、ひょいと抉るように引き抜いた。 よほど弱っていたのだろう。脈拍にあわせて噴出すべき血は小刻みにあふれ出るだけ。 苦無に付着した血液を懐紙で丁寧に拭い、懐紙を穴の中に放り込む。 ひらりと舞った白が闇に紛れて見えなくなるのを待たず、縄を断ち切った。 仕掛けに使われていた縄は俺が持ち帰らなければ、証拠が残ってしまう。 繰り返して飛び跳ねるようにして柔らかな土を、硬く硬く踏み固めた。 墓は暴くことは、死者への冒涜に等しい。墓は暴かれてはならない。 どちらにせよ、これが白日の下にさらされれば、俺は生きていられない。同輩たちに殺される。 天女サマは死なない。消えるだけだ。 もうすぐ日が昇ってしまう。思ったより長い間、天女サマと話していたようだ。 大急ぎで忍術学園に戻ると、人目を忍んで長屋の部屋に戻った。 冷め切ったお茶と、眠っている俺と滝夜叉丸。湯のみの数は3つ。 俺って言っても、以上すべて鉢屋三郎でしたーとかのたまっちゃえる感じだけどな。 俺でさえなければ誰でもいいので、三郎の顔をちょちょいと変えてやる。 押入れから布団を出して手早く引き、三郎と滝夜叉丸を転がす。 並んで寝る後輩可愛い。ここはどこだ、楽園か。いや、学園だ。 掛け布団を2人にかけてやって、俺は枕を直接床に置いた。 もうすぐ朝日が昇る。長かった夜が明けて、新しい1日が始まる。 起きたときにはすべて終わっている。天女サマはいない。 何の問題もない、すべて滞りなく片付いた。……これで、いい。 俺から仲間を奪った天女サマと仲間から天女サマを奪った俺と、裁かれるのはどっちかな? そんなことを考えて、どっちでもいいかと思って、それから目を閉じた。 前頁 / 次頁 |