いろは唄 | ナノ
学級委員長委員会委員長

>> ま


ま、ぶっちゃけた話、俺の惨敗ね。勝てっこねーや、これ。

愛用の武器である忍刀はそのあたりに弾かれたし、俺のほうも致命傷はないものの手負いは多い。

いくつか手傷は負わせてやったけれど、ほんっとうに掠り傷みたいなもんばっかだし。

米神のあたりから流れた血が目に入って酷く痛む。これが地味に一番痛いな、……幸いなことに、だ。


あーぁ、ごめんね。俺の一等好きなお前、できれば壊れてくれるなよ。

きっと別の依存対象が見つかるはずだから、そっちで頑張れ。


「白昼に空から舞い降りた天女様。美女に化け男を誑かす雌狐。奇怪な格好をした女。異人の娘。……何が真実かと覗きにきたが、さて」


耳を疑うような噂話と落胆の声音が、まるで唄のように流れ込んできた。

根も葉もない噂も、口さがない連中も、目の前に佇む男も、現状も、この世界の全てに吐き気がする。

自分自身を殺してやりたいとさえ思えば、手にしていた苦無が高い金属音を残して闇へ消えた。

男は軽やかな声で笑っていた。嘲るような声に聞こえて、苛立ちが増す。


「手負いの獣みたい。ねぇ、タソガレドキ城に来ない?」

「どういうつもりだい?」


差し出された手を見据える。どういうつもりだ、何が狙いだ、油断させようってか。

その手には乗らない。乗せられるな、落ち着け。所詮、口先だけのでまかせだ。

揺らぐな、揺らがせられるな。自分を見失えば、思う壺だぞ。

忘れるな、方針は時間を稼いで応援を待つ、だろ。


「君の腕はこんなところで腐らせていいものじゃない」


だけど俺の実力じゃあんたにはまだ勝てない。

今ここでやり合って生き残れないんじゃ、認められたって意味がない。

忍者は生きてなきゃやっていけねぇんだから。死んだら無意味だ。


最後の武器を取り出そうとした手が、不意に止まった。

勝てる方法、ひとつだけあった。肉を切らせて骨を絶つ。

窮鼠だって猫を噛むんだ、逆転劇があるのが普通ってもんだ。


「……俺がタソガレドキについたとして、待遇は」

「最初から何でもとはいわないけど、優遇はするよ」

「あんた、組頭なんだろ。その言葉、信じていいんだな」

「知っての通り、私は雑渡昆奈門、タソガレドキの忍び組頭をやっているよ」

「……どんなもんだって?」

「昆奈門さ」


冗談みたいな名前だな、ざっとこんなもん、って……。

……いや、名前なんて別に、うん、関係ない。少なくとも実力は確かだろ。


「知ってるだろうが、俺は九十九都竹、6年ろ組、学級委員長委員会委員長」


相変わらず、冗談みたいに舌を噛みそうな肩書きだ。

思いながら、手を開いたままに、懐から引っ張り出した。


「学園を捨てる気になった?」

「あぁ、忍術学園はもはや屑だ、尻の軽い女に絆され落ちぶれた。
 己の果たすべきことを果たさず、与えられた仮初の安穏をただただ享受しへらへらと笑うばかり。
 ……こんな場所、本当はもう頼まれたっていたくなかった」


にやりと、酷薄な笑みを浮かべてゆっくりと歩を進める。

差し出された右手を見ずに、相手の顔の辺りを見て視線を定めない。

気付くか気付かないか、緊張を押し隠して歩み寄って。ついに、掴んだ!!


右手に握りつぶさんばかりの力を込めて、左手を相手の顔面に突き出した。

相手が咄嗟に身体を引いているので、目潰しには距離がある。だが狙い通り!

火縄銃の発砲音が暗闇で立て続けに響いて、もうもうと煙が立ち込めた。


俺は右手を離して煙の外まで抜け出ると、白煙に覆われた一画を睨みつけた。

左手から放り投げたのは、火縄のような音と煙で相手を怯ませる逃走用の忍具。

百雷筒は威嚇用の爆竹とはいえ、火薬を使っている。それの炸裂は、凶器となりえる。

火の付いた百雷筒は、俺の掌のすぐ傍で発火した。そしてそれは、呼んでもいない客人の顔のすぐ傍でもあった。


「酷いねぇ、君」

「忍者は、やったもん勝ちだろ」


煙の向こうから聞こえる声に、苛立ちを殺した声でできるだけ静かに返した。


こんだけけたたましい音が出れば、誰か先生が応援に駆けつけるだろう。

それまでの間に俺は殺されるかもしれないが、それは仕方ないのだ。

力量不足。これまで磨いてきた技術が、足りなかっただけのこと。

これで退いてくんないってんなら、そりゃもう死に物狂いで戦いますけどね。


正真正銘、今度こそ本当に最後となる武器を手にした。


「君さ、卒業したらウチにこない?」

「……騙し討ち食らったくせに、懲りないのかよ」

「だから卒業したらって言ったでしょ?」


変なヤツ。こいつの実力なら、今の俺を殺すくらい容易だろうに。

相手が殺気も放たないもんだから、こっちも毒気がぬかれるっつーか。

どっちにせよ、やりにくいことこの上ない。


「あんたに教えてやろうか、どの噂が真実か」

「教えてくれるの? 優しいねぇ」

「あんたの言ってた4つ、全部当たってる」

「日のないところに煙は立たないって言うからねぇ」

「俺からすりゃ、ただ薄汚いばかりの売女さ。春売りの女より尚汚らわしい」


侮蔑交じりにはき捨てた言葉に返事はなく、俺は近づく気配を感じた。

やがて煙は消え、視界は晴れた。敵はいない。俺は生き延びたのだ。


「九十九!! 大丈夫か!?」

「はい、先生」

「酷いもんだった。寄せ集めのフリー忍者か、あるいは指揮が余程悪いか」

「タソガレドキの襲撃じゃ、ないんですか?」


あっれ。タソガレドキの組頭っつってたけどな。騙されたか? それもありうる。

容姿や外見、身体的特徴については何も知らないから、騙されたということもありえる。

直前まで対峙していた忍者の姿を思い出して、口にした。

つっても全身包帯巻いてて、不気味だったって印象がめちゃ強いが。


「そうか……」

「天女サマに関する愚にもつかない噂を確かめに来たと」


どこの誰が流した噂とも知れないが、全部掠っていたあたりはちょっと怖いな。

ほーんと、どこの誰が、一体どーんな目的でこーんな噂流してるんだろーな。


「わかった。もう医務室に行きなさい」


頭がずきずきと痛むのは、もしかして血が足りないからなんだろうか。

不意に視界に入った忍刀を回収して、そんなことを思いながら笑みを作った。


「大丈夫ですよ。ただでさえ戦闘要員が少ないんです、戦える人間が抜けることはないでしょう」

「浅い傷ではないだろう? 出血も少なくないし、後に障る」

「深くはないですし、出血も多くはありません。ね、小さい子供も多いんです、怖い鬼さんには早く帰っていただかないと」


忍術学園は平和な場所でなければならない。少なくとも下級生にとっては。

でなければ、安心してのびのびと育ってくれないから。

そのための尽力は当然で、そのための努力は惜しまない。

護るための上級生。俺は6年生で、学級委員長委員会委員長だもの。


「しかしな、」

「出血も、ほとんど止まっているので」


大丈夫ですともう一度強く言いきって、息を整えた。

(大丈夫大丈夫、俺は大丈夫)


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