学級委員長委員会委員長 >> け 「あのぉ、都竹くんが怪我したって聞いてぇ、お見舞いにぃ」 「都竹先輩は寝ておられますから」 天女サマの甘ったるい臭いと声がして、滝夜叉丸の制止の声が続いた。 喜八郎は俺のすぐ傍にべったりなので、柔らかな髪に指を絡めてみた。 衝立の向こうの気配は騒々しく、声からすると上級生が何人かいるようだった。 これは滝夜叉丸1人に任せてしまうのは酷だろうと思って身体を起こす。 数が多いだけで、傷のひとつひとつは大したものじゃない。 重傷であるかのように扱われるのは、ちょーっとばかりむず痒い。 昨日負った傷で一番ひどいのは、百雷筒での火傷と裂傷だった。 あれは本気ではなかったのだと思うと、腹の底が重くなる。 それにも到底敵わなかったと思うと、なおのこと。 もっと気の重くなるものが、衝立ひとつ隔てた先にあるけど。 「いいよ、滝夜叉丸。俺は大丈夫、通して差し上げな。 喜八郎、お前も部屋に戻るといい」 「いやです、先輩」 「……そう、わかった。 それで、えーっと、わざわざ汗臭い部屋までご足労頂きまして」 「都竹くんが怪我したって聞いてぇ、どーしても様子を見たかったのぉ」 皮肉ってみたのは完全スルー、同輩を苛立たせるだけに終わった。 言わなきゃよかったかと一瞬思ったけど、後悔はない。 「忍び込んできた忍者にやられたって、都竹くんかわいそぉ。傷痛いんでしょ? 我慢しなくっていいのよ?」 俺は見世物じゃないんですけどねーとは思うものの、言ったら言っただけ面倒なことになる。 痛いんでしょ、なんて反論する気も失せるような、ばかばかしい質問。 致命傷を負わされたならまだしも、この程度の傷で痛むだなんて言っていられない。 それ以前に、なんで相手が忍び込んできたかわかってないな。 狙われてるって自覚あったら、町に買い物に行こうとかできないし。 こちらが何も言わないのをいいことに、自分勝手な言葉を投げかけてくる。 聞き流していれば、調子に乗ってぺらぺらと話してくる。 これなら、まだ滝夜叉丸の自慢話を延々と聞いているほうがましだな。 自分の言いたいことだけ言って満足するというのは、まぁどっちもどっちだ。 だけど、俺のことを勝手に決め付けて話されるよりはよっぽどいい。 滝夜叉丸のを自己主張とするなら、天女サマは自己満足といったところかな。 喜八郎の髪をくるくると指に巻きつけながら、視線を動かした。 衝立のすぐ近くで、滝夜叉丸が至極心配そうに俺を見ていた。うわー、身じろぎひとつしてねぇや……。 あぁ、それにしても、天女サマの話はまだ終わらないんだろうか。 「酷いよねぇ、こんな平和なとこに、どうして攻め込んでなんか来れるのかなぁ」 ……。落ち着け。冷静になれよ、九十九都竹。 こないだ、天女サマと話しても理解できないことはわかってただろ。 一々腹立ててたって無駄だし、睨まれて余計に苛々するだけだ。 気にするな俺。流せ、なかったことにしろ、聞かなかったことにしておけ。 もう15歳だろう? 大人になるんだ。 「人の痛みをわからない人って、あたし嫌いだなぁ」 俺もあんたのこと嫌いだなぁ。あぁ、頭いてぇ。 つい掌で額を押さえると、天女サマは何を思ったのか甘えるように抱きついてきた。 その瞬間、ふわりと甘ったるい臭いが鼻につく。 頭痛が頂きまで上り詰め、とっさに天女サマを突き飛ばした。 「きゃっ……!」 「貴様、何をしとるんだ!?」 「文次郎くん止めて! いいの、あたしは大丈夫だから……」 あんたが大丈夫でも俺が大丈夫じゃない。妙な臭い纏いつかせたまま抱きつきやがって。 臭いが移ったらどうしてくれるんだ。忍者に体臭は禁物なんだぞ。 いじらしい天女サマを守るように、同輩が俺の前に立ちふさがって威嚇する。 やっちゃったなぁと思う反面、もうどうにでもなってしまえと投げ捨てたくなる。 「何とか言ったらどうだ!!」 「別に。突然抱きつかれて嫌がって、なんかおかしいか?」 嫌がってと言った途端、天女サマの表情は曇り、同輩の表情はこれ異常ないほど剣呑になった。 心なしか殺気まで感じるが、落ちぶれた同輩の殺気に怯えるほど俺だって落ちぶれちゃあいない。 後輩もいる前で殺気を飛ばしてることは、ちょーっとばかし許しがたいけどなー。 「喜八郎、大丈夫か? お前らちょっと離れてろ」 そっと押すと、喜八郎は今度こそ大人しく立ち上がり、部屋の隅に寄った。 滝夜叉丸もその隣に移動して、あぁそっちの顔色もちょっと悪いな。 さすがに、弱くなったとはいえ6年生の殺気は4年生にはきつかったんだろう。 ほーんと腹立つよなぁ。こいつら、殺してやろうか。 今の俺なら、今のこいつらなら、俺が全員敵に回しても、不意討てば、殺せる。 「今の言葉は訂正しろ」 「……」 立花が詰め寄り、中在家が無言で威圧してくる。 でもま、同輩の俺はこんな些細な揉め事にはとーっくに慣れちゃってる。 どうすれば宥められるかわかっていれば、どうすれば逆上するかもわかっている。 謝罪せず煽れば、簡単に頭に血が上る。もはや欠点としか評価できないよねー。 「あぁ、ごめんよ。お前らは気にしないんだっけ? でも俺はそういうの嫌なんだよね」 「てめぇっ!!」 にやりと目を細めて強気に笑えば、食満に胸倉と掴まれた。 全身を痛みが駆けたが、耐えられないようなものとは程遠い。 強いて言えば、手の甲に走るじくじくとした後を引く痛みは酷いが。 「んだよ、お前らはよくても俺は嫌ってだけ。そもそも、恋仲でも何でもない男相手に抱きつくって、ありえないだろ。 もうお見舞いすんだっしょ、出てってくんない?」 「歌がわざわざ見舞いに来てやってるってのに何つう言い草だ!?」 「あーはいはい、どうもありがとう」 「都竹!!」 「やめてっ、2人とも喧嘩しないで! みんなが喧嘩してるの、あたし見たくないっ!」 その途端に食満は俺から手を離し、七松たちも殺気を収めてしまった。 なんて情けないんだろう。お前たち、それでも忍たまなのか? 喧嘩したくないって、争いごとが嫌ならさっさと学園から出て行けばいいのに。 いっそのこと、天女サマと天女サマを好きなやつ全員で出て行っちゃってくんねーかな。 そうしたほうがむしろ平和じゃね、とか俺は思ったりするんだけど。俺だけ? ここでごめんなとさえ言えば、この場に限り円満に解決するんだろう。 だけど、俺はこっちを見た天女サマの、あたしはわかってるわ的な笑顔が、本当に気に食わないので。 この態度が照れ隠しであるかのように思い込んでいるその微笑ましげな笑顔が、心底から気に食わないので。 天女サマの思うような展開を献上しようとは思えなかった。つーことなので。 にっこりと笑って、嫌味ったらしく吐き捨ててやろう。 「っせーな、んじゃ出てけよ」 「都竹くんもどうしてそんな言い方するの!? あたし、みんなと仲よくしたいの、都竹くんも仲よくしようよ!」 仲よくしようよったってさぁ、俺たちは元々仲よかったんだぜ? そりゃあ喧嘩はしょっちゅうだったけどさ、お互い嫌ってたわけじゃないし。 むしろ同じ釜の飯食って、それなりに親しくやってたわけ。 いつからこうやって仲違いしてっかって、あんたが来てからだよ。 何もかも滅茶苦茶にしたあんたに仲よくしてなんて言われたってさ、真っ平ごめんだね。 十人十色とはよく言うよね、大なり小なり考え方が違う以上、誰とでも仲よくなれるわけないし。 俺は吐き気を抑えてまでお前たちと仲良くしたいとは思わないし、思いたくもない。 「天女サマ」 「え、なぁに?」 わかってくれたのとばかりに満面の笑みを浮かべた天女サマに、俺もにっこりと笑い返した。 鏡見てないからわかんないけど、多分目は笑ってないんだろうなぁ。 「あんたが何考えてるとかどうでもいいけどさ、もう構わないでくれないか?」 「ど、どうしてそんなこと言うの!?」 そりゃ、どう話そうと相いれないからとしか言いようがない。 見舞いに行こうって考えは否定しないけど、相手に嫌がられるとか考えたことないんだろうなぁ。 ちらりと伺うと、天女サマは俯いてこちらをうかがっている。 周りの同輩たちは今にも殴りかかってきそうな顔をしている。 このあたりが潮時だろう、これ以上煽れば乱闘沙汰になる。 「俺、もう休みたいから、お引き取りいただける?」 「歌ちゃん、こんなやつにはもう構わない方がいいよ」 「伊作くん……でも、あたしは都竹くんとも仲良くしたいし……」 俺は別に仲良くしたくないけど。 「それに、こんな痛々しい都竹くんを1人にしておけないよ……!」 ちょっとよく見てほしい。その目は節穴かな? かわいい後輩たちが俺の世話焼いてくれてるの、もしかして見えてない? あー、俺の後輩が今日もかわいい。 「あんたに構われるくらいなら1人のがよっぽどいいけどね!」 今度こそ、こいつらは殴りかかってくるんだろうか。 来るならいつだって来いよ。隠し持った苦無で返り討ちにしてやっから。 ムカつくんだろう? 来いよ、その喉元掻っ捌いてやんよ。 せせら笑いながら見上げていると、凶悪な顔つきで睨まれていた。 天女サマはその後ろで立花に庇われておろおろしていた。 別に庇ってやんなくったって、俺だってわざわざ天女サマを襲ったりしないのにな。 俺は基本的に女性に対しておおらかで優しいんだぜ? 喧嘩腰なのは天女サマに対してだけだ。 しかも、だからって実力行使には出ないさ。そんなことすんのは食満くらいだよ。 「ね、ねっ、もうやめよう? 仲良くしようよ……!」 睨む5人と笑う1人、そこに部外者1人を慰める1人。 こんな状況になって、何をトチ狂ったか、天女サマはそんなことを仰っていた。 そんな天女様を見て、何をトチ狂ったか、立花はそれはもう大層綺麗に笑った。 「お前は優しすぎるな、歌」 お前らは間抜けすぎるがな、大ばか野郎ども。 本当に優しいのなら、泣いている生徒にだって気付くはずだろう? 本当に優しいのなら、学園を出て行ってくれてもいいじゃないか。 そんなばかなことしか言えないのなら、いっそのこと永遠に黙っていてくれないか? しかし困ったな。俺もそうだが、こいつらも持論を撤回する気はないようだ。 このまま行くと誰かが来るまで睨みあう羽目になりそうだ。 先生とまでは言わないから、せめて下級生でも来てくれれば状況も心境も軟化するかもしれないのになー。 前頁 / 次頁 |