いろは唄 | ナノ
学級委員長委員会委員長

>> い


どーも、学級委員長委員会委員長の九十九都竹でっす。

一応6年ろ組所属、将来の夢は忍者になることです、なんちゃって。


ま、俺のことはさておき。おいおいね、わかるから、うん。

突然女の子がやってきた。それも空から降ってきたってさ。

それがまた伊作の上だったらしくって。うん、捻挫だって、相変わらず不運なことに。

もっとも、俺は忍務に出てたから現場は見てないけど……。

そのあたりの詳細は降ってきた本人か降られた本人かに訊いてほしい。


で、その天から降ってきた女の子(略して天女なのかな)は未来の『へいせい』とかいうところから来たとのこと。

そのまま食堂の手伝いとして働くことになったそうで。よくわからない話だ。

出迎えてくれた小松田さんが色々教えてくれたんだけどね、小松田さんもよくわからないんだって。

情報源の小松田さんがわからないことが、俺にわかるはずもないけどね。


怪しいじゃん、それ。何それ、未来? 未来から来たの? 天から来た天女じゃなくって?

うわ、あっやしー。学園の機密を盗みに来たくのいちじゃねーのって思うんだけど、俺だけ? 俺だけなの?


「うーん、僕はよくわからないなぁ」


首を傾げた小松田さんは、天女サマを褒め称える言葉をつらつらと述べ始めた。

曰く、白魚のように傷ひとつない綺麗な手。

曰く、やんわりと蕩けるような甘い微笑み。

曰く、ふわりと周囲に漂う甘く優しい香り。

曰く、曰く、曰く、曰く。


突然空から降ってきた女人を簡単に採用するだなんて、正気の沙汰とは思えない。

適当に見えても聡明な学園長先生のことだから何か腹案があるのだろうけど。

問題が起こらなければいいなぁと思いながら、賛辞の尽きない小松田さんを止めた。


「都竹くんも一度お話してみるといいよ」

「……えぇ、そうします」


入門表に記名して小松田さんと別れ、学園長先生のいるだろう庵を目指した。


そういやぁ、只今って言いそびれたなぁ……。お帰りも言って貰えなかった。ちょっと寂しい。


「6年ろ組、九十九都竹です。首尾よく完了した旨、報告に参じました」

「都竹か、ご苦労じゃった。入りなさい」

忍務のついでにと買ってくるように命じられたまんじゅうを渡した。

このついでがなければ昨夜には帰ってこられたものを……。


「学園長先生、小松田さんに聞きました。天女がどうとか」


小松田さんは困ったことに天女サマの賛美しかしなかったから、どういう人なのかまったくわからない。

教えていただけないかと思って聞いてみると、学園長先生は眉間にしわを寄せた。

学園長の隣に座るヘムヘムも同じように腕を組んで唸っている。

……どうやら、事態はあまりいい方向には向かっていないみたいだなー。


「都竹よ」

「はい」

「……これは先につぶ餡から食べるべきかのう?」


思わず項垂れた。なぁんの話をしていらっしゃるんでしょうね、学園長先生。


「自分は存知ませんので、どうぞ御随意に」

「こし餡が先かつぶ餡が先かは重要なことじゃよ! のう、ヘムヘム?」

「ヘムー……」


相変わらずというか流石か。学園長先生の普段と変わらない調子に俺は額に手を当てる。

まんじゅうの話は、少なくとも今はどうでもいいっしょ。話を振られたヘムヘムも困ってるし。

あ、後子供みたいにまんじゅうを口いっぱいに頬張んないほうが……。


「うぐっ!?」

「あーあ……」


案の定としか言えないけども、自業自得と思わないでもないが、学園長先生はまんじゅうを喉に詰まらせた。

苦しそうに喉元を抑えて呻く学園長に、俺は駆け寄って吐き出させた。


「まったくもう、大丈夫ですか? お年を召しておられるのですから」


気をつけてくださいよー。


「ゲホゲホッ! 誰が、年寄りじゃ、ゲホッ!!」

「あぁ、大丈夫そうですね。お茶をどうぞ」


詰まらせたまんじゅうを上手く吐き出せた学園長は、息も絶え絶えに俺に文句を言う。

舌打ちしかけたけども、気にせずヘムヘムが持ってきたお茶を学園長に差し上げた。


「ふうー、危なかったわい。それで? 何の話じゃったかの?」

「空から降ってきたとか言う女人の話です」

「おお、そうじゃったそうじゃった」


愉快気に笑うと学園長先生は再びまんじゅうに手を伸ばす。

なぁヘムヘム、一旦まんじゅうを取り上げたほうがいいんじゃないか?


さて。噂の天女サマ。名前は愛織歌というらしい。『愛しき歌』とはまた面白い名前だ。

6年生合同の実技の授業中に空から降ってきたそうで、受け止めた伊作を筆頭に授業に出ていた全員が一目惚れ。

愛らしい顔立ちに大きな黒い目、艶やかで長い黒髪、そして傷ひとつない細い手足。

話の通りなら、実に可愛らしい見目をしているが、その彼女に全員が全員夢中だそうで。

んん、どれくらい夢中かって、委員会活動どころか授業さえままならない状況に陥ってるってあたりで察して。


「……恋は盲目とは、先人の言葉は素晴らしいですね」

「そうじゃな。じゃがこれはちと異常過ぎる……」


そう言って学園長は頭を抱える。

ヘムヘムも心配そうにそちらを見やると不安そうに俯いた。かなり深刻な状況のようだ。


「それで、学園長先生のお考えがいかほどか、伺ってもよろしいでしょうか」

「あの女はさっぱりわからん。何で学園に来たのか問いてみても「私は天女なの!」の一点張り。さすがに怪しいと思った。
 わしと先生方で彼女を問い詰めようとしたんじゃが6年生が彼女は悪い人じゃないと庇ってのぅ……。
 終には彼女を保護しなければ学園を出て行くとまで言うたのじゃ」


そりゃそーだ。こんな時期に6年生に退学されては学園の名誉に係わる。

6年生の中には勧誘を受けているものもいれば実質的に内申の決まったものもいる。

学園長として、そして経営者として、それは非常に頭の痛い深刻な問題だろう。

身元不明の女1人と天秤にかければ、どちらが傾くかは考える間でもない。


力なく呟く学園長に、俺はかける言葉を見つけることができなかった。

その代わり、あまりに情けない同輩を殴ってやろうかと思案する。


「都竹よ」

「はい」

「現状を客観的に把握するのじゃ。お主ならできるのぅ」


そんなふうに言われなくても、有害か無害かの判断は自分でもやることだ。

わざわざそれを言うということは、手を出すなということか。

白か黒かがわかるまで、俺は一切手出しせず傍観を貫けと、そういう意味か。


「仰せのままに」

(え、もう次の忍務?)


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