いろは唄 | ナノ
学級委員長委員会委員長

>> や


「何か違和感がありますね」


ぽつりと聞こえてきた呟きの意味を取ることは出来ず、俺は黙って三郎を見た。


「この時間は、忍者にとっては働き時でしょう?」

「あぁ……寂しいもんだよなー」


一部の4年生や3年生以下は鍛錬に勤しんでいるにせよ、確かに静かだ。

騒々しい連中が連日怠けてるし、俺だって今は書類に追われてるし。


「身体動かすなら、行ってもいいんだぞ」

「私も学級委員長ですから、先輩に付き合います」

「それを天下の鬼会計委員長様に聞かせてやりたい」

「潮江先輩は、今頃天女のところでしょうか?」

「さーな、もう興味ねぇや」


興味はないが、ま、天女サマと遊んでっか自分の部屋で寝てっかだろ。

会計の書類は俺が部屋に持ちこんじまってる以上、委員会の仕事はないな。

ま、本人は書類がないことすら気付いてないだろうけど。


「先輩だって寂しいくせに」



同じ傷を負ったものが傷を舐めあって癒着して、は、あほらし。

寂しかねーよ、ガキじゃあるまいし。んなことはない、断じて認めない。

あんな連中がいなくったって、別にそんな、いや、ないないないない。


そうだ。この状況は別に馴れ合った結果じゃない。

これはただ、俺が望んで仕掛けた謀略の結果であっ、て……?


「あ……!」


忍者の働き時か。言い得て妙だな。噂をすれば影だ。


「先輩?」

「4年のまともな連中起こして下級生の長屋に向かわせろ」

「!」

「呼んでもない客が来た」


あと数日で新月。今照らす光は細い月明かりだけ。

目を閉じれば漆黒の闇、目を開けても墨を流した様な黒い世界が広がっていた。


「あーいやだいやだ、曲者を1匹見たら30匹はいると思えってやつかねー」


って違うか。あーぁ、突っ込んでくれるやつがいないってのは寂しい話だなー。

俺の勘じゃあこっから来るはずなんだが、人っ子一人いない。っかしいな。

こっちに応援なぞ期待できるような状況でないことは確かだが、さてどうしたもんか。


忍たま長屋の屋根から臨む眼下には、いつもと何ら変わらない夜の闇が広がっているように見えた。

しかし耳を澄ませば、ざわざわと木々が風に揺らされる音に混じり白壁の向こう側から無数の金属音が飛び交う音が聞こえる。

闇の中で蠢くいくつもの影が、何かに襲い掛かり、また倒れていく。その繰り返し。

時折闇を切り裂くように閃くのは火縄銃の弾丸だろうか。

火薬の臭い、鮮血の閃き、絶命の叫び、疾駆跳躍する足音。


「それは微妙に違うんじゃないかな、九十九都竹くん」

「っ、」


いつの間に。声に出さないまま、唇の形で呟いた。

気配を感じなかった。それなのに、完全に気取られている。名前まで知られて。

力量は、確実に向こうの方が格段に上だろう。

気配の消し方と探り方だけでもわかった。真っ向からやれば、自分が殺される。


時間を稼いで先生方の応援を待つ。素早く方針を決め、即座に瓦を蹴った。


一気に攻勢をかけて反撃の隙を与えない。それが駄目ならば防御に転じて隙を見出す。

基本的な戦術を基本方策に据え、武器を振るった。

(生きるために。)


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