いろは唄 | ナノ
学級委員長委員会委員長

>> お


ある晴れた日のこと。魔法みたいな愉快は降ってこなかったけど、幸せだ。

なんたって一等大好きな後輩が俺の膝で猫のように眠っている。

男の腿なんて硬いばかりで寝心地なんてよくないと思うけど、本人は熟睡だからよし。

俺も三郎の膝枕なら硬くっても大歓迎です、一緒にいるだけで幸せだもの。

俺の世界ってこいつ中心で回ってる感じです。


最近は常に慌しかったから、こういう休息は貴重だった。

木陰でふわふわとした鬘を撫でているうちに、こっちまでなんだか眠くなる。

自覚はあったけど、思ってたより睡眠時間が足りてなかったみたいだ。

ふわと欠伸を零す。もういっそ寝てしまおうかな。

まだ暖かいから風邪を引かないとは思うんだ。

学園内だし、何かあったら俺もこいつも起きると思うし。


寝ようと決めたので、だんだんと強くなる睡魔に抗うことなく委ねて……。


「あっ、三郎くんと都竹くんだっ!」


ゆだね、て……? あ?


閉じかけていた瞼をこじ開けて伺い見ると無遠慮に近づいてくる人影。

逆光になっていて顔はよく見えないけど、あの体型や輪郭は天女サマだ。

腰の位置が少し高いし胴が細い。全体的に釣り合いが取れていないように見える。

腹回りが細くって胸が大きく見えるから、少し太って見える。

着物のすそを乱して歩くなんて、あんな不細工な歩き方はまるで子供。

そもそも袴じゃない女子なんて1人しかいない。動きにくそうだ。


足跡を消して歩くようにしているみたいだけど、衣擦れや草を踏む音はしっかり耳に届いている。

俺は第一声の時点で気づいていたから、まったくもって無意味な配慮だ。

むしろそんなことを気にするなら近づかないでくれればいいのに。なんて無作法な。


とりあえず起きてることに気づかれると面倒そうなんで、狸寝入りを決め込んだ。

忍たま6年生舐めんなよ、これだって結構役に立つ演技なんだからな。


至近距離まで来て顔を覗き込んでくる。眉間に皺が寄りそうだった。

一般常識があったら寝てる人間の顔を覗き込んだりとかしないよな、子供じゃあるまいし。

それとも何か? わざとか、嫌がらせなのか。

気持ち悪い。なんて、あぁもう甘ったるい異臭纏って近寄んな、移るだろ!


「都竹くんって寝顔かわいー」


天女サマってうざーい。っていうか目を閉じただけで寝顔とか。

ま、こんなド素人に見破られたら恥ずかしくって首吊れるけど。


「三郎くんこっち見ないかなー?」


いや、あんたはさっさと向こう行ってくれないかなー?


人がのんびり休息とってるときに邪魔しに来んのやめてほしい。

ていうか、声大きいってば。なんで素で独り言?

せっかく久しぶりに寝かしつけたのに、起きちゃったらど うしてくれる?


「……何か用?」

「あっ! 都竹くん! 起きたんだぁ?」


あんたが来たから寝損ねただけだよ。

っていうか、昼寝してた人間が自分が近づいた直後に起きたんだけどなー。

普通なら、邪魔しちゃったかなとか思うよな?

起きたんだ、って何? 起こされたんだっつーの。


「悪いけど、三郎が起きちゃうから静かにしてくれないかな?」

「あ、ごめんねぇ! 都竹くんって寝顔可愛いねっ。あっ、ねぇ、そこから三郎くんの顔見れるかなぁ?」


いやいやいや、静かにしろって言った直後から普通に話すなよ。

寝顔は見れる。けど、あんたにゃ見せません。気を許された人間だけの特権です。

知らない気配が過剰接近すれば誰だって起きるもんだ。

それ以前に俺がそこまで大きく動いた時点でこいつは起きる。


あと寝顔が可愛いっていうのが褒め言葉だと思ってるなら考え直したほうがいい。

可愛いって言われて嬉しい男は少ないし、寝顔を見る時点で非常識。

総評。ばか丸出しのうざいでしゃばり駄目女。これでも控えめです。


「見えないよ。なぁ、頼むからもうちょっと静かにしてくれよ」


俺の声は聞きなれてるから普通に聞き流されるとして。

天女サマの声は異質というか異物として認識されてるから、聞こえただけで起きかねない。

今でさえ、意識はおそらく起きる寸前まで浮上しているだろうに。

俺だって三郎が布団にもぐりこんで来ても気にしないけど、天女サマだったら起きるもの。

女だからとか関係ないよ。男でも女でも異物が紛れ込めば拒否反応が起きて当然のことだ。


感謝として存在を受け入れようかとも思ったけども。

なぁ、それって害さないって意味であって害されたくないって意味でもあって。

だからできれば俺たちのいないところでやってくれないかなー。


馴れ馴れしいのもそれで反感買うのもそっちの勝手なんだろう。

だけどこっちにもそれを求めるのはやめてほしいところ。

はっきり言ってあんたの一挙手一投足が俺にとっては迷惑に等しい。


「……ん、」

「あ、起こしてごめんな? 蝿が飛んでたから払ってたんだ」

「んん……」


珍しく空気を呼んだのか、天女サマは黙っている。

丁度いいのでふわふわと髪を撫でてもう一回眠りの世界に戻ってもらった。


「酷いっ。人に向かって蝿なんて、酷いよ……!」


あ、そのへんの皮肉はわかったんだ。

蝿なんて飛んでる? なんて聞かれるかと普通に思ってた。

ごめーん、さすがにそこまでばかじゃないんだなー。


「せんぱぁい……」

「もうちょっと寝てろ、大丈夫だから……な、んん?」

「ふあ、」

「よーしよし、いー子だなー」

「んー……」


ね、た? 寝た? 大丈夫? ちゃんと寝てるか? ……よし。

でもこう何度も起こされてちゃ、眠りも相当浅くなってるだろうな。


「あのさ、謝るから、もう行ってくんねぇかな? こいつ寝不足でね、寝させてやりたいんだ」


ここは丁重に下手に出て。さっさと離れてもらおう、さっさとな。

どうやら気分を害したようだ。天女サマは剣呑な表情になった。

そうか、天女も怒るのか。なんだか意外だった。


「何よ、男の太ももなんて硬いだけじゃない」

「重ねて頼むけど、静かにしてくれないか」


悪かったね、あんたのぶにょぶにょした腿と違って引き締まってて。


「何それっ、せっかくあたしが膝枕してあげようと思ったのにぃっ!」


だから黙ってったら……!! こいつ学習能力皆無なんじゃねぇの?

あぁ、そんなふうに足音を立てて歩くと三郎が……!


「……先輩、もう行った?」


ほーら、起きちゃったじゃないか……。


「んん、もう行った。俺の部屋においで、布団敷くから、もうちょっと寝よう」

「うん、寝る。都竹先輩も」

「あぁ、そうだな。そうしようか」


今後の昼寝は屋内か、それかあの女の来られない場所でしよう。

たとえば屋根の上とか木の上とかね。

(お静かにどうぞ)


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