いろは唄 | ナノ
学級委員長委員会委員長

>> む


火薬委員会は地味ながら重要な役割を担っている。火薬は高価だし、火薬の種類や量は重要な情報だ。

だから上級生の誰か(私か都竹先輩しかいないけど)が搬入の場や整理に立ち会う必要があった。

本来なら火薬委員会委員長代理の兵助がいるべきなのだろうけど、今はきっと出てこない。

都竹先輩も、おそらくそういう意図で私をここに送り出したのだと思う。

私だって、部屋に篭って帳簿を延々と書き続けるよりは、限りのある火薬を整理する方がいい。

細々した事務作業も嫌いではないけれど、今はどちらかというと身体を動かしたい気分だ。


部外者の都竹先輩が部外者の私をこんな重要な場所に派遣してしまえるほど、忍術学園はおかしくなっていた。

思い至った事実に危機感を掻き立てられながら、さてどうしたものか、私は内心首を捻る。


繰り返して言うとしつこいけど、火薬は高級品で、その種類や量は超重要な情報だ。

つまり、硝煙蔵は本来ならば部外者が立ち入っていい場所じゃないということで。

結局は私も部外者だって言い始めると、堂々巡りになるからもう言わないけれども。


あぁ、また話がそれた! 


だから、たかだが食堂のお手伝いごときが硝煙蔵に立ち入っていいはずがない。

上級生の大多数に受け入れられているだけの客観的に判断すれば怪しい人間が。

衣食住の引き換えに与えられている仕事でさえ真っ当できない無責任な人間が。

学園に立ち入りを許されたわけでも、火薬について精通しているわけでもない。


都竹先輩だって、下級生だけじゃあ万が一の出来事に対応できないからといって私を送り出したというのに!

部外者とはいえ、任された以上は最年長の私にすべての責任がある。……私も、あまり責任感が強いわけじゃないけど。

でも都竹先輩にお前も天女と一緒だなとか言われたら、やっぱり落ち込むなぁ。

下手したら死んでしまう気さえする。でも都竹先輩は私にはそんなこと言わないはず。

結果主義な都竹先輩は、意外や意外、他人に対しては案外過程も買ってくださる。


「鉢屋先輩、言わないんですか?」


火薬委員会にとっては所詮部外者でしかない私に向けられる視線は暖かくない。

都竹先輩が頑張ってることはほとんどの下級生が知ってるけど、私はずっと引きずりまわされてるからな。

私だって、あんな女に現を抜かさないで頑張ってるんだぞ! もっと尊敬しろ!

……って、そんなことは至極当たり前のことか。


誰か1人くらいは歓迎してくれると思っていたけど、予想以上に現実は厳しい。

1年生にまで睨まれるなんて、今の上級生はどれだけ信用を失っているんだろうか。

帰ってきたばかりの私でさえこうなら、きっと、もう。あぁ。


「あ、あの……都竹先輩呼んできましょうか?」

「いや、私だって5年ろ組の学級委員長だぞ」

「別に学級委員長は関係ないんじゃ……」


だ、だって都竹先輩を呼んだら絶対に怒る! なーんだ、お前も役に立たないなって言われる!

先輩は下級生には滅多に怒らないけど、上級生には相当厳しいんだぞ!

特に私たち5年生に怒るときはほんっとうに怖いんだからな!


「待ってろ、今言ってくる!」


頑張れ、私。大丈夫、都竹先輩がいるもの。

私は大丈夫だ。そう、大丈夫、大丈夫なんだ。


深呼吸を2つして。


「へっ兵助! ここは、硝煙蔵だし、歌さんには危ないからっ」


違うっ! 歌さんには危ないとかどうでもいいだろう!

むしろ天女なんか大怪我したって万々歳だ。……むしろ死んでしまえばいいのに。


「お前……部外者の癖に、何言ってるんだ、鉢屋」

「わ、私は、都竹先輩経由で、土井先生に許可を貰ってる! じゃ、なくて……! だから、」


私をそんな目で見ないでくれ兵助!


お前は忘れたのか、私はこう見えて繊細なんだ。

一度心許した人間に睨まれただけで三日三晩寝込めるくらいには、私は繊細なんだぞ。


「どっちにせよ、火薬委員会委員長代理の俺が許可してるんだからいいだろ。ほら、あっち行けよ」

「いや、だが都竹先輩は、部外者を入れるなと……!」

「都竹先輩都竹先輩ってしつこいな! 都竹先輩だって結局は部外者だろ」

っ、都竹先輩は学園のために必死になって働いているんだぞ!! 


兵助は一体何を考えているのだろう。

デレデレと嬉しそうに笑ったりなんかして、優しいんですねだなんて。

しまりがないのも、忍者の三禁を破るのも、色に溺れるのも自己責任だ。

でもこれは違うだろう? これは学園の安全に関することで、重要なことなのに。

そんな風に、ましてや火薬委員であるお前が招きいれていいわけがない。

委員長代理だからって、だからこそ、そんなことは許されるはずがない。


どうして、どうして? 兵助、お前間違ってるんじゃないか?

自分がやらなきゃいけないことも、自分がやっちゃいけないことも。

お前、全部間違えているよ。駄目だ、お前、そうじゃない。

先輩が呆れている。先生方が呆れている。どうしようもないなと、諦めている。


いつも笑顔の都竹先輩でさえ、私以外の5年生に笑いかけようとしない。

お前たちを見て笑っていても、目の奥が笑っていない。冷たい目でお前たちを見ているよ。

大変だぞ兵助、お前、先輩に見捨てられたかもしれないぞ。

個性豊かな6年生の中で食満先輩に次いで後輩に甘々な都竹先輩にさえ、愛想を尽かされてるんだぞ。

賑やかな6年生の中で善法寺先輩に次いで温厚で優しい都竹先輩にまで、見捨てられるって、相当だ。

おかしいよ、お前おかしい。間違ってる。兵助、兵助。気付いて。

お前、都竹先輩を尊敬していたんだろう?

優しく厳しい先輩のことを、お前は尊敬しているはずだろう?

間違っても、その名前を聞いてしつこいなんて、そんなこと言うはずがないだろう?

部外者だなんて、そんな。都竹先輩が学園のためにどれだけ心砕いているか、知っているだろう?

思い出せ、兵助、お前が本当に慕っているのは誰だ?


私は覚えているよ、お前が2年生の冬に都竹先輩に助けてもらったことを。

お前、自慢してたじゃないか。それに腹を立てて都竹先輩に絡みに行ったもの、私は。


あぁ、怖い怖い。兵助の冷たい視線が酷く恐ろしいものに感じる。

結局私は何も言えず、兵助から目をそらした。

下級生からの視線が少し柔らかくなって、それでなお痛くなる。


痛い、痛い。全部痛い。もう嫌だ、こんなのいや。

どうして、どうしてどうしてどうして?


下級生の手前、あまり感情的な姿は見せたくなかった。

天才たる鉢屋三郎は泰然自若余裕綽綽の存在でなければならない。

私はこんなに弱くちゃ駄目なんだ。そうでないと意味がない。


後で都竹先輩のところに行こう。

先輩は私に優しいから、きっと丁寧に抱きしめて安穏と慰めてくれる。

そうして私は都竹先輩によりいっそう依存するのだろう。わかっていた。

それでもいい。私が一番嫌いなのは寂しいこと。

私が手を伸ばす限り、都竹先輩は絶対に拒まないでくれるから。


寂しいのは、死にたくなるほど嫌いなんだ。


天女は手伝うと言って火薬壺をひっくり返した。

水桶1つでふらふらになる弱い女が、火薬壺を持てると思う時点でおかしい。

ちょっと前に学級委員長委員会に来て二度と来るなと放り出されたのはもう忘れたか。

自分のできないことに手を出すな、自分に関係のないことに首を突っ込むな。


おかげで高価で貴重な火薬が壺1つ分おじゃんだ。

流石に兵助もまずいと思ったか、手伝いは急遽中止。

帰ればいいのにと思ったが、結局ごめんねと謝ってその後も見学。

大切なことなので2回言ってみよう。帰ればいいのに。

かーえーれー。あ、3回目だ。


大体、謝罪がごめんねってどういうことなんだ。

本気で反省しているなら普通はごめんなさいだろう。

あのドジっ子属性の小松田さんだって、情けなくごめんなさぁいだぞ。

あの伸びる語調にいらっとくるが、それでもちゃんと反省してるんだぞ。

お前、全然反省してないじゃないか。自分が悪いってわかってないくせに。


「鉢屋先輩、わざわざありがとうございました」


頭を下げる後輩に、私はゆるゆると頭を振って答えた。


「至らなくて悪いな」


都竹先輩なら、きっとこう答えるのだから。


(気づいてないのとわかってないのと)


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