いろは唄 | ナノ
学級委員長委員会委員長

>> ら


尾浜と天女サマを委員会室から追い出したのはいいけれど、さて。

ぴしゃりと障子を閉めて、外から開けられないようにつっかえ棒を立てた。

定位置に戻って、三郎の様子を伺う。……なんか、また悪いことを考えている気がする。


尾浜勘右衛門。5年い組、学級委員長。

さて、どうしたものか。……仕方ないな。


「よーし三郎、ちょっと休憩すっかー」


一旦は手に取った筆を、硯に浸すことなく再び置いた。

両腕を上げて背中を伸ばす簡単な動作とともに、さりげなく視線を移す。


「お茶菓子は?」

「んー、とっておき出してやんよ。代わりにお茶は頼んだ」

「頼まれました。先輩のとっておきは本当にとっておきですもんね、おいしいの淹れますよ」

「とーぜん、まずかったらお前の頭にひっくり返すし」

「そしてあわや大惨事。私可哀相。でも大丈夫、私天才。おいしいお茶しか淹れられない」

「ばーか」


お前は天才じゃないよ。ばかだな、お前が天才だったら、俺も他の誰もいらないもの。

もしお前が本当に天才だとしたら、そのときは俺が引き摺り下ろしてやる。

だって俺には耐えられない。お前が1人きりで生きているなんて、そんなこと。


「先輩酷いです!」

「ごめーん」

「棒読みだなんてっ」


そうだねぇ、酷いね、俺は凄く酷いね。

でも多分、俺の言う俺が酷い理由と、お前の思う俺が酷い理由は違うんだろうね。

俺は狡いよ。多分、お前が思っているよりも、俺自身が思っているよりも。

最近さ、時々思うんだ。お前が幸せでいられればいいって、それはただの建前なんじゃないかって。

本当は、お前が俺の傍にいない限り、俺はお前を幸せだと認められないのかもしれないって。

お前を手に入れたい。それが本音じゃないかって。でもそれには気付かないふり。


狡いだの酷いだの、話を聞いてだの。

俺ほどお前の言葉を気にかけてるやつもいないのにな。

もっと? はいはい、もっとたくさんね。わかった、あげる。

キーキーと文句たらたらな三郎に目を細めて笑った。

ほんと、この子はばかな子。可愛いね。

そうして我儘を言うたびに、結局は俺への依存を深めていくだけなのに。

わかってるんだか、わかってないんだか。ほーんと、可愛いったら。


「ほら、早くお茶淹れないと休憩なしにするぞ」

「やだ都竹先輩ったら冗談きつい!」


割と本気で言ったのを感じ取ったのか、三郎が慌ててお茶の用意を始める。

俺も隠しておいたとっておきの饅頭を引っ張り出した。

貰ったのはいいけど、後輩みんなと分けるだけの数なかったし。

その頃には同輩と決別してたしで行き場のなかった饅頭だ。

1つ食べてうまかったから置いておいたんだが、三郎と食うなら置いておいて正解だった。


「わぁおいしそー」

「棒読みしないように」

「仕返しでーす」


はいはい、大層可愛らしい仕返しだこと。

苦笑してからお茶を一口。


「んんっ、やっぱお茶はお前のが一等うまいなー」

「ふふん、そうでしょうそうでしょう。だから私、先輩のお茶係に立候補して差し上げますよ」

「お、いーね。ちなみにそれは期限いつまで?」

「私よりおいしいお茶を淹れられる人が見つかるまでですが?」

「あー、じゃあお前一生俺について来い」

「先輩かっこいい! 惚れます! 娶ってください!」


娶ってやるのはいいが、ちょっと自重しろ。

そういうのは冗談だとわかっていても嬉しくなるからやめてくれ。

後で冗談でしたーなんて言っても通用しないようにしてやろうか?

なーんて、それこそ冗談だけどさー。

いいよ、大丈夫。お前が逃げ道を欲しがったときは逃げ道をあげる。

いつものことだけどさ、うん。お前が辛くなるものなんかいらないよな。

 
「よーし、んじゃあ娶ってやるからお前白無垢着ろよ? 素顔で」

「素顔の君が一番さ、ってか! 先輩かっこいい!」

「そこまでは言ってないけどなー。まーいっか」


あえて言うなら、素顔じゃなくてもお前が一等だよ。


のんびりと飲むはずのお茶もいつの間にか冷め切って、それでもわいわいと喚くのだ。

人数は少ないけど俺は楽しい。三郎も楽しそう。だからこれでいい。

結構簡単に完結するのが、少数での相互依存関係な世界のいいところ。


「お、これうまい」


あ、三郎が食いついた。甘党め。

(その代わりの条件はひとつだけ)


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