学級委員長委員会委員長 >> そ あぁ遅かったと、俺が思うのはそれこそ遅かったのだろう。 気付いていた、わかっていた。なのに何の手を打つこともなかった。その結果がこれか。 なんで俺を睨むんだよ、俺が何をしたって言うんだ? 俺にどうしろと。 恨むな恨むな、俺を恨むな。恨まないでくれよ。 恨むなら他の、お前を忘れた同級生かその元凶を恨んでくれ。 俺には何もできなかった。俺は何をすればいいのかわからないんだ。 「お帰り、三郎。戻ってたって知ってたら迎えに行ったんだけど、悪いね」 できれば、三郎が現状を知る前に逢っておきたかったんだけど……なぁんて、うそ。 お前が学園に戻ってきたのが先週だってことくらい、俺はちゃんと把握してた。 だってお前の入門を受け付けたのは俺だもの。小松田さんの変装をしていたけど。 お前は気づいていなかったけれど。まぁ、俺も化物の術は得意だから。 ここまで追い詰められるまで、俺はじぃっと待ち続けていた、だけ。 顔を合わせて気づかないのはありえないから、うまく鉢合わせないように見計らって。 でもそろそろ、な。お前の心が壊れてしまうのは、俺の本意ではないもの。 じゃあどうして、俺はずっと放っておいたんだと思う? 覚えているかな、いつだったか1度言ってたよな。寂しいのが何よりも嫌いだって。 それだけだ。その言葉を頼りにして、俺はずっと待ち続けていたんだよ。 お前の精神が支えを失って均衡を保てなくなるまで、ずぅっと待ち続けていたんだよ。 「……ここ、私の部屋です」 「まぁ、そうっちゃそうだな」 押入れを部屋と言ってしまっていいのかはこの際忘れよう。 三郎と不破の部屋の押入れを覗き込みながら返す。 几帳面な三郎が片付けていた部屋は、大雑把な不破が腐海にしてしまっていた。 普段なら、ここで三郎は小言を言いつつも全部片付けてあげるんだろうね。 でも不破はいない。多分、同じろ組の竹谷の部屋にでもいるんだろう。 そして誰も戻らない部屋の押入れに、お前はずっと隠れて泣いていた。 厚ぼったく腫れた目蓋、赤くなった鼻先、鼻に掛かった涙声。 顔中の穴という穴から出せる液体を出して、すっかり変装も剥がれている。 きったないぶっちゃいくな顔しちゃってさー。ほーんと、かわいいよ、お前は。 不破雷蔵なんて不実な男、やめておけばよかったのに。 あんな優柔不断な男が誠実であるはずないじゃないか。 優しい? 違う、あれは単に捨てる覚悟がないだけさ。 あんなやつに騙されて心許してしまうなんてばかだな。 何かを捨てることができなくて全部を抱え込もうとするやつだ。 忍者としてなら、一番初めに死んでいく人間があぁいう類の半端もの。 相手の一等であることを求めるお前が、満足できると思うかい? 「どうしてここに?」 「お前が呼んだんだろ?」 「私、呼んでません」 「嘘。呼ばれたよ、助けてって聞こえたぞ」 こいつ含め5人組は相互依存状態だったから、上級生以外にも頼れる下級生とは違う。 鉢屋三郎の直属の先輩は俺1人だけ。5年生であるからこそ、可哀相なやつ。 たった1人にしか頼れる人間がいない状況で、もとより依存性の強いこいつに俺が寄り添うことでどうなることか。 きっと俺と同じ状況に陥ってしまう。誰か1人から離れられない人間になってしまう。 適度に突き放した方がいいよな。それが、きっとこいつ自身のためになる。理性ではわかっているんだ。 1つ下で同じ委員会のこいつに一等情があるのは仕方ないことだ。自分自身に言い訳。 「三郎、落ち着け、殺気を出すのはやめなさい」 「……」 「お前が怒っているのは、天女サマのことだろう?」 酷いもんだ。飄々としていてこそのお前だろうにな。 悲嘆困惑焦燥嫌悪に嫉妬といったところか、ぐちゃぐちゃに混ざって整理がつかないのか。 んでもってどーすりゃいーもんかわかんなくなって泣けてきちゃったんだな。 数日前の俺を見るかのような気分だ。きっと利吉さんは今の俺と同じような気持ちだった。 違うのは、利吉さんは優しくって、俺が優しくないということだけ。 でもな、大丈夫だ。俺に任せておけば、お前にとって悪いようにはしないから。 「……あいつらが、」 「うん」 不破を模した大振りの髷が揺れた。 「あいつら、みんなあの女のところに行くんです。ハチも兵助も勘右衛門も、雷蔵も! 違う世界から来たって、天女だって、どう考えても怪しいじゃないですか!!」 ぼとりと何かが落ちた。袴の腿の辺りに染みができる。何が落ちたんだろう。 じんわりと伝わった熱が、するりと解けるように冷めていく。 ぼたりぼたりと落ちていく色のない雫が、袴の色をぽつりぽつりと変えていく。 「あいつらも先輩がたも、みんなみんなおかしい! でも、一番おかしいのはあの女なんだ!! それなのに、どうして、」 本当はこれが待ち望んだ好機だと知っていたけど、気付いていないふり。 知らないうちは無垢に振舞えるから。だから、ほら、縋りつかれたから受け入れるよ。 俺はさ、頼れる先輩だろう? いつだってお前の求めには応じてきた。 優しい優しい都竹先輩は、いつだって鉢屋三郎の味方だっただろう? ね、俺はあいつらと違ってお前を捨てたりなんてしないよ。 最初にお前を受け入れたのだって、よく考えてごらん、誰だった? 影に日向に、常にお前の味方でいたのは、一体誰だったんだっけ? もうちょっとだけ待ってあげるから。ちゃぁんと全部思い出すんだよ。 うん、いい子だな。俺はにこりと笑ってまた頭を撫でて慰めてあげた。 前頁 / 次頁 |