学級委員長委員会委員長 >> 2 「……んで?」 あー何から言やぁいいんだ、これ? 俺だって忍たま6年生で、それなりの経験があって、しかも話術には自信がある。 そりゃあ俺とは違う考え方をする人間とも話してきたさ。 だがその根幹には、結局のところ共通する認識みたいなもんがある。 そりゃそうだよな、同じ時代に生きてるんだもの。常識は同じだ。 ところが、天女サマの常識とは俺とは違う。それこそ、俺からすりゃあ常軌を逸してる。 「あ、あのぉ……どうして、乱太郎くんたちは、あんなに怒ったり、泣いたりしたのかなぁ……?」 「わからないの?」 「わ、わからないから訊いてるのにぃ……!」 あれ、ちょっと怒ってる。なーんだ、常識はないけど普通ではあるのか。 天女サマーなんて言われて祭り上げられてるから、気狂いかと思ってたなぁ。 色狂いでもなきゃ、あんなふうに男に囲まれてらんないと思ったんだけど。 違ったのか。なーんだ。反省反省、っと。 「知らないって可哀相だな、いっそのこと。じゃあ俺から訊くけど、自分が誰に何を言ったかわかってるか?」 その問いには、戸惑ったようだけど、さすがにゆっくりと頷いた。 天女サマの言うことは基本的に意味不明だけど、天女サマは基本的に素直だ。 言い方を変えると非常にわかりやすい。とってもとっても単純。 まぁ、彼女の場合は素直と考えなしの違いなんてあってないようなものだけど。 「じゃあ、なんできり丸に同意を求めたりしたんだ?」 他の生徒ならまだしも、どうしてよりによってきり丸に訊いたりするんだ。 「だ、だって……あたし、知ってるの、きり丸くんが、その、孤児だって……だから、きり丸くんなら、戦いなんて無駄だって、わかってくれるって、そう思ってぇ……」 「戦は、確かに生産性なんてほとんどねーよ、一部の商人が喜ぶだけさな。だけど、あんたがそんなこと言ってどうするんだ?」 「え……? でも、だって! だってそうじゃない! 戦いがなければ、きり丸くんの両親だって……!」 「じゃあきり丸の今はどうなる? 戦がなくってきり丸の両親が生きてて、だったら何だ? そんな仮定考えてどうするってんだ?」 結局、あんたは何もわかってないんだな、天女サマ。あんたの言葉は優しい。優しいけど、ただの夢幻。 何よりも優しい言葉。だからこそ、何よりも残酷な言葉だってこともある。 戦はあった、きり丸の両親は死んだ。それが現実。天女サマが何を言ったってそれは変わらない。 個人の過去になんて、赤の他人が口出しするもんじゃねーよ。 昨日今日のことなら慰めにもなるだろうが、何年も前の話じゃねーか。引き摺っちゃいねーよ。 生きてる人間は今日を生き抜くことに必死で、遠い昔のことをいつまでも嘆く余裕はない。 頼られもしてないくせに人の傷を抉っといて、だっても何もあるかよ。 つーか、なんであんたが、きり丸は戦災孤児だなんて知ってんだ? おかしいだろうよ。 あんたにそんなことを言ったどこぞの誰かさんの口を今からでも縫い付けてやりたい。 俺ってこう見えて裁縫は得意だし、いっそ聞き出して本当に縫ってやろうかなー。 でもそうしたらまたこの人は非難轟々で、同輩が苛々するだけかな……。 「そんな同情されてどうしろってんだ?」 「でも、きり丸くんが可哀相だよぉ! 同情でも、ないより、ましだもん……!」 ないよりマシってさぁ……、同情じゃ、腹は膨れねーよ。 んなに言うなら、あんたがきり丸を養ってやりゃあいいじゃねぇか。 それもできないくせに、口先で可哀相だの何だのって、一体何様のつもりだよ。 「天女サマはさぞ恵まれたようで。別にね、きり丸のような境遇は珍しくもない。 親がいないったって、生きて働けりゃあうまいもんも食える。 それ以上を求めるとバチが当たるよ」 いや、これはほんと。俺だって、あー、今は別として、割と幸せな方と思う。 だって第一俺は生きてるし、友達いるし。真面目に学んで働けば、食べ物にも困らないし、屋根と壁のあるところで眠れるし。 これでも十分だってのにさ、これ以上を求めるなんて贅沢だと思わないか? 「でも、そんなの、可哀相だもん」 「……はぁ、」 「都竹くんには親がいるんでしょぉ? それじゃあわからないよぅ!」 あぁ、そういうこと。あんたはきり丸と同じ境遇で、哀れまれると嬉しいと。 ごめんよ、俺も親がいないけど、そんなこと言われたいと思ったことなかったから。 同情するなら金をくれ、金がないなら飯をくれ。それもないなら構わないでくれ。 だってさ、哀れみじゃあ腹は膨れないんだぜ? 食わなきゃ生きていけねーよ。 「ごめんな、あんたも親がいなかったんだね、悪いこと言ったよ」 「人のパパとママを勝手に殺すなんて酷いよぉ!」 ぱぱとまま……って、何? ひとつの単語、じゃなさそうだ。 音の切れかたや発声からして、ぱぱ、と、まま、だろうけど。 まぁいいや、未来では父母のことをそう呼ぶのだろう、きっと。 え、じゃあなんでお前はきり丸の気持ちをわかった気でいんの? どっち? 親がいたらわかんない? じゃああんたは? 「天女サマ、悪いけど何を言いたいかわからない」 きり丸の気持ちを考えて言ったのか? だったら愚鈍だ。 それとも何も考えないで言ったのか? だったら残酷だ。 「駄目だな。あんたの言うとおり、話せばわかるかとも思ったけど、やっぱりわからない。 あんたも俺の言ってる意味がわからないみたいだし。時代が違うと、考え方も違うみたいだ」 別にわかりあいたいとも思ってなかったけどさ。 興味はあったんだよな、平和な時代から来た天女サマの頭ん中。 ざーんねん、やっぱり俺には理解できなかったなぁ。 でも別にいいんだ、俺は忍者になるんだし、あんたは穢れを知らない天女サマなんだから。 汚れ仕事をやろうっていうのに、綺麗な世界なんて知ったって辛いだけだもの。 ひらりと手を振ってきり丸を探すべく向かおうとした。 あぁ、そうだ。忘れるところだった。 「そろそろおばちゃんが夕飯の支度始める頃じゃねーの?」 「あっ! 今何時!?」 「鐘の音聞いてねーの? もうすぐ八つ時だろ」 「3時ね! んもう、そう言ってくれればいいのにっ!」 ……そう言ってくれって、『さんじ』ってむしろいつだよ? 時間なんか、自分で把握できて当然だろ。何週間ここにいるんだよ。 いつまでも甘ったれてんなよ、うっぜーな。 ちっ、あー面倒くさ。 「……あんた、自分が学園の世話になってるって自覚した方がいい」 「え……?」 「誰もがあんたを歓迎してるわけじゃない。あんたのせいで泣いてるやつがいるってこと、忘れないでね」 恩を受けるばかりじゃなくて少しは返したほうがいい。 じゃないと、殺されても知らないよ。 驚いたように目を見開いている天女サマの、目玉を抉りたいなんて俺だけの秘密だ。 変な趣味じゃねーよ、ただただ殺したいと思ってるのは俺もそうだってだけで。 なぁ天女サマ、あんたは知ってるかい? 忍術学園ってのは箱庭なんだよ。 学年が進むごとに生徒の数が減っていくもんだから、先輩は後輩を一等大切にするんだ。 4年生に上がる前と5年生に上がった直後は殊更だから、最上級生は後輩全部を慈しむ。 だから、できることなら1人でも多くの後輩を生かしてやりたいと俺は常に思っている。 後輩たちが、せめて小さな幸せを積み重ねていってくれたらと願っている。 んん、あぁそうだね、俺は後輩たちを全身全霊をもって全力で愛してるよ。 あんなに可愛い子たちを愛さないのは、人生丸損に違いないと思うほどに。 愛しい子供たちに泣いて欲しくないと、誰だってそう思うものじゃないか。 ではここで天女サマに問題を3つ提示しようと思います。 あ、言っておくけど早いうちに答えないと保障しないよ。 え、何の保障かだって? そこも自分で考えてください。 問1、そんなところに意味のわからない異物が紛れ込んだらどうなるでしょーか。 問2、上級生たちが揃いも揃ってその異物に惚れこんだ場合どうなるでしょーか。 問3、そんな状況下で上級生1人がその異物を嫌っていればどうするでしょーか。 「行かねーの?」 「あ、う、うんっ、行かなきゃ! じゃあね都竹くんっ!」 くのたまにも好評な爽やかな笑顔を浮かべれば、不思議そうに首を傾げていた。 うっかり向けた殺気を気のせいだとか思ったのかな? やれやれ、やっぱりくのいちではないね。 促すと、食堂の方に天女サマはどたばたと駆けていってしまった。 あぁいう駆けかたが可愛らしく見えるのはもっと幼い子だけなのに。 あぁ、お淑やかの欠片もない。あれで年頃の娘だとは思えない。 くのたまの1年生のほうが余程愛らしいし、躾もなっている。 一度くのいち教室に放り込んでみたらどうなんだろう。 どうして、誰も彼もがあんなはしたない女子を好いているんだろうな? 我が同輩と後輩ながら、趣味が悪いとしか思えないよなぁ。 前頁 / 次頁 |