いろは唄 | ナノ
学級委員長委員会委員長

>> か


久しぶりに忍術学園に来たのはいいけれど、最近の忍術学園はおかしい、らしい。

父上や他の教員たちの表情から察するに、相当深刻な事態に陥っているようだ。


どういうことだ?


「お前も、忍術学園を少し見回れば次期にわかる」

「はぁ……」

「都竹の様子を見てやってくれんか? 切羽詰っているようだ」


あの飄々とした都竹が切羽詰るなんて、よほど深刻だ。

都竹を探すついでに学園を見回ってみようと思い立つんじゃなかった……。


「あーっ、利吉さんだー」

「今日はどのようなご用事なんですかー?」

「一緒に食堂行きましょうよー」

「手裏剣の投げ方教えてくださーい!」

「遊びましょうよー」


そうだった……私はなぜかここの1年生に懐かれていたんだった……!

何故のんびりと歩き回ってたのだろうか、私は!


「利吉さんは知ってますかー? 忍術学園に天女様が降りてきたんです」

「は、天女様?」

「はい! とっても優しくて綺麗で食堂の手伝いとか事務員の仕事とかしてるんです」

「でも私たちはあんまり好きじゃないんです」

「天女様が来てから、先輩たちが委員会にも来なくなっちゃったんです」

「うちの都竹先輩がずっとてんてこ舞いなんです」


都竹は多忙で切羽詰っているのか?

学級委員長委員会委員長、だったか……学園の円滑な委員会活動を統括する。

以前聞いたとき、平時は暇で暇で仕方ないつまらない肩書きだけの役職だと愚痴っていたな……。

今忙しいということは、平時の逆……つまり有事だということか?


「都竹くんは、そんなに忙しいのかい?」


試しに問いかけてみると、顔を見合わせたかと思えば、いっせいに喋り始めた。

私は土井先生ではないので同時に話されても聞き分けることはできないが。

誰が何を言ったかはわからないが、都竹がよほど忙しくしていることはわかった。


「他の上級生の分まで、都竹先輩は頑張ってますから」

「少し前、門番やってなかった?」

「そっか、小松田さんの代わりもやってるんだっけ」
「でもそれはいつものことだよねー」

「小松田くん……?」


……ん? そういえば、私がここへ来たのに小松田くんはサインやら何やら来てなかったんだ?

入出門表へのサインに執着している小松田くんが、私が構内にいるのに追ってこないのはおかしい。

まぁ、他の仕事を吉田先生に頼まれて来れなかったのだろう、そうしておこう。

そしてその間に都竹が代理を勤めているだけ。1年生たちが言っているのはそういうことのはずだ。


「あっあの! あなたが山田先生の息子さんですか……?」

「! え、えぇそうです。……なぜそうだと?」


私としたことが、背後に立てれていたことに気づかなかったなんて……。

そんなに考え込んでいたのだろうか。


「えっあっ、山田先生がいるって言ってたんで! それと1年生たちがさっき利吉さんって言ってたから……」

「あぁ、そうですか……疑ってしまって、すみません」

「あっあたしが悪いんです! 急に話しかけてごめんなさいっ」


それにしても、この女性は一体誰なのだろうか。初めて見かける。

第一印象は、とにかく愛らしい人だった。

外見といい喋り方といい、これは男受けしそうだ。

あ、この女性が天女様と呼ばれている人なのか?

さすがに天女様と呼べるほどの容姿ではないようだが……。


「あたし、愛識歌っていいます!」

「あぁ、先に名前を女性から言わせてすいません。山田伝蔵の息子で、利吉といいます」

「あたしのことは好きに呼んでくださいね、利吉さんっ」


……初対面の男に対して、いきなり名前呼びか。


都竹は嫌がるだろうな。女性というものの基準が元くのいちの母上だから。

現実主義のくせして、女性に夢を見ているところがある。

すべからく、女性というものはしなやかで淑やかで美しく麗しく、そして強か。

女性が本当にそういうものなのだと、あれにはそう信じている節がある。


「わかりました。では愛識さんと呼ばせてもらいます」

「え、えーっと、名前で呼んでも構わないですよ?」


そう言えば名前で呼んでくれるとでも思ったのだろうか。

都竹のことを考えていると、目の前にいる女の言動ひとつひとつに苛立ってきた。

どういうことだろう? 所詮は私も都竹と同じだということか?

女の基準がくのいち、だと? ちょっと待て、それはないだろう。


「あのぉ、ひとつ聞いてもらってもいいですかぁ?」


いや、普通に言えばいいだろう。ところでとか何とかで話題を変えればいいだけじゃないか。

聞きたくなかったが、あからさまに拒否するのも心象が悪いだろう。

黙っていると、よほど聞かせたかったらしく、とんでもないことを言い出した。


「あたし、実は未来から来たんです。……あっあの、信じてくれなくてもいいんですよっ。
 忍たまたちも、あたしが嘘をついてるって思ってるって、ちゃんと知ってますからぁ。
 でも、ほんとなんです……少しでも信じてくれたら嬉しいなぁって……」


は? 未来? 嘘、本当? なんだその作り話は。

ひとつためるくらいだからよほど重要な用件だと思ったのに。

何だ、その与太話は。そんな話を信じるものがいると思っているのか? 正気で?


そもそも忍術学園はこんな狂った女を雇っているんだ?

学園長先生は何を考えておられるのだ? とうとう痴呆が始まったのか?


「学園長先生は本当に優しい方なんですねっ……あたしを採用してくれた時、学園長先生が神様に見えましたぁっ」


くのいちか? しかし突飛過ぎるのでは?

こんな雑かつ派手な手口で潜入すれば、噂にでもなりそうだが。

そんな妙な噂を聞いたことはない。

新人か? 私と年はそう変わらないようだが。


「だからあたしっ先生方の期待を裏切らないように一生懸命働きます! あっごめんなさいっ、喋りすぎちゃいました!
 でも、こんなに自分自身のことを人に話したの初めてかも……利吉さんだったからかなぁ?」


気持ちが悪いし鬱陶しい!! 何なんだこの女は!?


ただでさえ忙しいというのに、無駄な時間をすごしてしまった。

私はただ、都竹の様子を見たいだけなのに!


さて、どうして脱出してやろうか。


「利吉さん!」


いっそ本音をぶちまけてしまおうか、そう思ったときだった。

息せき切って駆けて来たようなふりをしている都竹が、廊下からこちらを見下ろしていた。

6年生にもなって息を乱すこともそうないだろうに、あんな演技をするなんて。いや、演技そのものは立派だけどね。

その証拠に、前髪を揺らして小首を傾げる姿が、いっそ清々しいほどにわざとらしい。


「探しましたよ、こんなところにいらしたんですね。先生がお呼びです、ご案内しますので、こちらへ」


まっすぐに伸びた艶やかな髪がふらりと揺れた。

表情に笑みこそ浮かべてはいるが、あれは相当機嫌が悪い。

こちらとしても丁度いいことだし、都竹の企みに乗せてもらうとしようか。


「ありがとう、都竹くん。それじゃあ、愛識さん、私はこれで」

「えっ、あ……!」


反駁の余地は与えず、すたすたと歩き始めている都竹の背を追った。



「都竹くん」

「はい?」

「彼女が、天女かい?」

「……」


3歩先を進む都竹が振り返って私を見上げた。疑心暗鬼を生じているようだ。

伺うような、あるいは疑うような眼差しは、触れれば切れるほどに冷ややかで鋭い。

切羽詰っているという父上の判断は、この様子を見るに正しかったようだ。


誰が味方で誰が敵か、休む間もなく延々と判断し続ければ、追い詰められて当然か。

気丈な都竹は他者に、特に年下のものに弱みを見せることを嫌う。

父上にも何も言わなかったようだし、最上級生である以上誰にも何も話していないのだろう。


努めて毅然と振舞う都竹が無言のまま、私を案内したのは都竹の部屋だった。


「何もありませんけど、どうぞ」

「誰か先生が呼んでいたんじゃなかったのかい?」

「……意地が悪いですよ。あんなの嘘です」


頬を膨らませて私を睨んだかと思うと、すぐに笑みを浮かべる。

この件に関しても信用にたると判断されたらしい。

まぁ、都竹が私を疑うと言うのもなかったことだ。成長したということにしておこう。

子供が成長するというのは時として寂しいものだ。父上がそう仰っていた。


文机の前の座布団を私に押しやって、都竹は畳に直接正座した。


「薄汚い売女でさえも、見目麗しければ天女と呼べるのなら、彼女が天女でしょう。興味をお持ちですか、あの雌狐に」

「酷い言葉だな。確かに可愛らしいけど、都竹くんは彼女が嫌いなのかい?」

「嫌い? いいえ、まさか。強いて言うなら、恨めしいといったところですか」


あっさりした気質の都竹が、人を嫌うでなく恨むとはまた珍しい。


「天に還らないというなら、地に還してやりたいものです。しかしながら、」


許可が下りないんだよなーとしみじみと呟いた都竹は、深々と溜息をついて見せた。


(その影で嘘をついた)


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