いろは唄 | ナノ
学級委員長委員会委員長

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腹の中のもやもやが何かわからないまま食堂に赴くと、あーまたなにやら不穏な空気。

ってかおばちゃんのいる食堂で暴れるとか、お前らは学習しないな。前も飯抜きにされたろ?

飯時にわざわざ元気なこった。俺なんか考えすぎで頭痛いんだけど。


なんだか久しぶりに見かけた気のする同輩たちは、人だかりの中央にいた。

武闘派と名高い留三郎が誰かを威嚇している。上級生がそれを囲み、下級生が遠巻きに怯えている。

異常なまでに……いやいや、過剰なまでに下級生を思いやるあいつにしては、下級生のいる食堂でなんて珍しいこった。

また文次郎とくだらない喧嘩してるかと思えば、どうもそうではないようだった。

ってかそもそも文次郎いないし。仙蔵と医務室に行ってる頃だろう。

……あれ、なんでくのたまと睨みあってんだ? おいおい、くのたまと敵対するとか、無謀にも程があるだろ。

やめとけやめとけ。一旦は腕力で勝てても、口にするのも恐ろしいほどのえげつない仕打ちが待ってるから。


「あ、おい! あれどーなってんの?」

「都竹先輩っ! それが……」


遠巻きに見ていた委員会の後輩を見つけて、声をかけて事情を聞いてみた。

要約すると、留三郎に睨まれているくのたまが、天女サマを非難したらしい。

それが6年生の耳に入って、謝れよと怒鳴りつけた、と。


「……あほらし」

「そんなこと言わないで、止めてくださいよ!」

「あー、うん」


放っておいてもくのたまが自分でやり返すと思うけどな。ま、万が一ってこともあるし。

ほら、留三郎に限ってありえないだろうけど、実力行使だったら腕力でくのたまが敵うはずない。

そうなんだよね、忍たまはくのたまを恐れてるけど、それって下級生当時の刷り込みだし。

実際に戦闘になれば、短期決戦で忍たまが勝つのは当然のこと。くのたまが自滅覚悟で特攻しない限りは。


戦々恐々とする1年生の頭を手当たり次第に軽く撫でて、気が進まないけども俺は騒ぎの中心に向かった。

よくよく見ると、そのくのたまはどうも見覚えがある。名前は何だったかな。

あれ、3年生の気が強いんで有名な娘だ。あーあぁ、泣きそうな顔しちゃって。


「もう1回だけ言ってやる、……歌に謝れ」

「っ、謝りません。だって、天女様が先輩がたとずっとお話していて、お仕事をなさっていないのは本当のことじゃないですか!」

「てめぇっ、この!!」


……んのばか。


「いてぇ、つーの」


顔面入った。生ぬるい液体が顔を伝って装束に滴り落ちる。あー鼻血出てる、最悪。

念のため鼻に触れてみたけど、触った感じは折れてないな。痛いけど。

あとで保健委員に見てもらおう。腕の傷も、ついでに。


この威力、男じゃなかったら吹っ飛んでるな。これを女子にやるつもりだったのか、お前。

そりゃさすがにねーよ、お前、いくら腹が立ったからって、男が私情で女子を殴るのは最低だろ。


「九十九先輩っ、大丈夫ですか!?」

「んん、俺はへーきだからさぁ、下がってな、危ないよ」

「でも、私のせいで、九十九先輩がお怪我を……!!」

「庇ったのは俺の勝手だから、気にすんな。年頃の女子が顔に傷つけたら大変だろ」


好いた人がいるかは知らねーが、今はよくってもいつか困るだろ、たとえば嫁に行くときとか。

そうでなくったって女子が顔に傷つけてて得することなんか何もないよな。

涙を浮かべるくのたまを後ろに押しやって、声を荒げる同輩を睨む。

こんな乱闘沙汰は男がやってりゃあいーんだよ、女子は大人しく守られてな。


「そこを退け、都竹。その女は歌に謂れのねぇ言いがかりをつけたんだぞ!」

「知ったこっちゃねぇよ、その現場を俺は知らねぇ。俺が見たのはな、ばかがくのたまに手ぇあげようとしてるとこだけだ」


んでもって、見ず知らずの女なぞより、後輩のほうが大切なんでね。


「誰がばかだとてめぇ!!」

「くだらないことしか言えねぇならもう黙れよ。どんな理由があろうと、女に手ぇあげる野郎は最低の屑野郎だ」

「もう1回言ってみろ! ぶん殴ってやる!!」

「おうよわぁった、何度でも言ってやらぁ! お前はさいっていの屑野郎だってなぁ!!」


屑屑屑! お前、女子に手ぇあげる男じゃなかっただろ。

気持ち悪いくらい下級生大切にしてたはずだろ、違ったのかよ。

それが惚れた女をちょっと非難されたからって、なんでだよ。お前らはそんなやつらだったか?

俺が勝手に思い込んでただけかな? いいやつだって、俺が思ってたのが間違ってたのか?


あぁ、頭に血が上ってる。俺もまだまだガキだな。

だがそんなこと構うものか!


「はんっ、お前みてーな屑野郎にゃあその薄汚い売女がお似合いだろーよ!」


言いすぎ? あぁ、ごめんよ。全部の女が薄汚いとか俺は思っちゃいない。それだけは信じてくれ。

だけどな、男に囲まれてる女が、自分の義務も果たさず遊び呆けてるんじゃ、間違っちゃいないだろう。

見目だけはいいんだから、せめて若い性欲の矛先にでもなってくれりゃ、ちょっとはましだろうに。

そうするわけでもない。複数の男の間を、ふわふわと彷徨っているだけ。

いっそ相手を決めてくれれば、この状況も少しはよくなってくれるのだろうか。


俺と留三郎、相手の胸倉を掴むのはどちらが早かったか。

お互い我慢の限界って状態だったんだろうな、それぞれ利き手を強く握り締めて振り上げていた。

そこで止めるつもりは、お互いに皆無。お前が上から来るなら俺は下から狙うまで。こんまま全力でぶっ飛ばす。


「あんたたち全員、いい加減にしなさいっ!!」

「「「!!」」」

「いつまでやってんの!? 手を離しなさい!!」


……食堂のおばちゃんだった。いつものようにしゃもじ片手に、大層お冠だ。

ここが食堂だってこと、すっかり忘れてた。

留三郎もそうだったか、唖然としたままおばちゃんに視線をやっている。

視線があった。睨みあうよりも早く、お互い突き放すように手を払った。


「6年生にもなって下級生を怯えさせて、恥ずかしくないのかい!?」

「……すみませんでした」

「ほら、あんたも謝んなさい!」

「……すいません」


仲直りとは程遠い。わかってるよ、自分の笑顔が引きつってることくらいはね。

お前らが誰を庇おうが、誰を信じようが、俺には関係ねぇよ。俺は自分の信じるものを信じる。

お前らだって譲れねぇよなぁ。だから譲れとは言わねぇよ。だが俺も譲らねぇ。


「もうお前を友達とは思わない」

「あ、そう。ご自由にどーぞ?」


そんなこと、俺が知ったことか。


矢羽根で飛んできた言葉には、俺も含めてこの場の6年生全員が同意した。


仙蔵や文次郎とも、ついさっき対立してきたばかりだ。

この瞬間に、俺が学年で孤立することが確定した。


「変わっちまったねぇ、食満」


感情的に震える掌を宥めて、乱れた襟元を整えた。

勢いをつけて踵を返す。出入り口に向かって歩き始めた。


ごめんな、しくじって拗らせちまった。


(悔いてはいない、けれど)


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