いろは唄 | ナノ
学級委員長委員会委員長

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まず目に飛び込んできたものは、天女サマの鮮やかな朱色の衣。

目を潤ませて顔を真っ赤に染めた乱太郎と、それを羽交い締めにする虎若の姿があった。

その脇ではしんべヱが、泣きながら乱太郎を宥めている。

よくよく見てみれば、そこには一年は組が勢揃いしていた。


「よ、1年は組の諸君、どうした?」


声をかけてやると、代わる代わる泣きそうな声で俺の名を呼んだ。

伊助と兵太夫だけは、こちらに視線をやることもなく天女サマをじぃと睨みつけていた。

2人から視線を外し、憤懣やるかたない様子で天女サマを睨み付けている乱太郎に近付いた。


「乱太郎」


呼び掛けても、乱太郎はこちらを見ようともしない。

温厚な乱太郎をこれ程までに怒りに駆り立てるのだから、余程のことだろう。

天女サマに視線を向けても、ただ困惑と怯えの瞳とぶつかるだけであった。

まったくもって役に立たないものである。


「乱太郎!」

「! 都竹先輩……!」


焦点を結んだ瞬間、乱太郎から憤怒の炎が消えて困惑の表情に変わったかと思えば、途端に泣き出した。

幼子が泣き叫ぶというのは、傍から見ていても酷く痛々しく嘆かわしい光景だ。

釣られたようにしんべヱも泣きだし、あっという間にほとんど全員が泣き始めてしまった。

普段は不思議なまでに冷静な庄左ヱ門まで声を上げて泣くのだから、相当なことだ。


「お前らったら仕方ないなぁ、おいでよ」


困ったような笑顔で乱太郎に手を伸ばそうとする天女サマを視線で制する。

何があったのかわからないけど、天女サマだけが理解できていないのだし、天女サマが悪いのだろう。

しゃがみこんで手招くと、わらわらと集まってしがみついてきた。

なすがままにさせてやろう。まだ10歳だもんなぁ、子供だよなぁ。


小半時も経った頃だろうか、涙を拭い嗚咽を漏らす乱太郎を膝から離した。

この中では俺と一番親しいだろうしっかりものの後輩を見つけて呼び寄せる。


「庄左ヱ門、何があったか教えてよ、どうしたの?」


真っ赤に泣き腫らした目を覗き込んで尋ねると、所々言葉を詰まらせながらも、冷静に話し始めた。

聞けば今日は5年生もいないことであるし、丁度良いから天女サマに逢いに行ったらしい。

そこで未来の話題になり、天女サマは先の世が戦のない平和な世界だと言い、例によって争いはいけないと話した。


「この女、戦は意味のない無駄なものだって言ったんだ」


そう吐き捨てたのは、泣くこともなく、ずっと黙り込んでいた兵太夫だった。

その声は怒りに震え、責めるように突き出した指はまっすぐ天女サマに向けられていた。


「おまけに、きり丸に同意を求めたんです」


あぁ、そりゃあ天女サマが悪ぃや、うん。よりによってそれか、一番やっちゃあいけないことを。

戦災孤児に対して戦が意味のない無駄なものだなんて、瘡蓋を剥いで抉り出すようなもんだ。


思わず睨み付けると、天女サマは相変わらず困ったように眉を寄せ、泣きそうな表情を浮かべている。

泣きたいのはあんたじゃなくってこの子たちのほうじゃないか。あんたにそんな顔する資格があんのかよ。

あぁ、なんと腹立たしい。無知で無思慮で、人を傷つけるなと説きながら人を傷つけている。

身体を傷つけなければ、それでいいのか。心を傷つけるのは、あんたのいう人を傷つけるには含まれないのか。


「あの……あたし、何かきり丸くんを傷つけるようなこと言ったかなぁ? 乱太郎くんはいきなり怒り出すし……」

「ふざけるな!! あれだけきり丸のこと傷つけておいて、どの口がそんなことっ!」

「兵太夫っ、やめろ、落ち着きなさい!」


天女サマに向けられるのは、1年生らしからぬ殺気。その怒りがどれほどのものか窺い知れた。


これ以上1年は組と天女サマを一緒にしていてはいけないと思った。

自業自得とはいえ、このままではただいたずらに敵を増やすばかりだろう。

天女サマの敵が増えるのは勝手だが、天女サマを敵に回すのは得策じゃない。

何しろ、天女サマの御味方様といえば、大半が腑抜けた上級生だかんな。


「庄左ヱ門、皆を連れて教室へ戻りな」


こいつらは土井先生か山田先生がなんとかしてくれるだろう。

そうと決まれば、さっさと教室に帰すに限る。

強く言いつければ、庄左ヱ門が何か言いたげに俺の袖を掴んだ。


「僕、凄く悔しいです」

「そうだな」

「それに、皆も凄く怒ってる」

「わかってるよ」

「だから、だから……都竹先輩、信じてもいいですか?」

「うん、信じてね。お兄さんに任せなったら」


困ったときに頼られなくて、何のための先輩なのよ。

そう言って微笑むと、何も言わず抱きついてきた。

ん、やっぱり1年生はちょっと甘えたなほうが可愛い。


「きり丸は俺が見つけて連れてくから、」


俺からもぎゅっと抱き返して解放すると、全員で帰っていった。

やっぱり1年は組はいい子たちだ。ちょっと危なっかしいけど、みんな素直で。


ぽつんと立ち尽くす天女サマににっこりと笑顔で話しかける。

頑張れ俺の顔面、ちゃんと笑顔を浮かべるんだ!

青筋浮いてない? よし。目と口は弧を描いてる? よし。

目は笑っていないかもしれないが、形としてはちゃんとした笑顔だ。



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