一対 | ナノ





何もない、夢を見ました。


白紙の空間に、ただ一つ、古い屋敷が建っていました。




「これ……あのときの寺子屋……?」




ヅラ、改め桂小太郎と逢う前夜に見た、寺子屋。


夢、なのですからと思いきって入ってみます。


大分古いらしく、一本踏み出すごとにギィギィと床が鳴る。




縁側から入って一番手前の部屋。


文机が整然と並んでいました。




「やはり、寺子屋ですよね……」




またの名を学問教習所とも云いますが。




『よォ』




その更に向こう、本来の出入口あたりに男が一人、笑っていました。




「何方ですか?」


『やっぱり試してみるもんだなァ』


「誰だと訊いています、名乗りなさい」




鋭く問いかければ、男は切なげに笑いました。


なぜだか、胸の奥がずきりと痛んだ。




どうして。




どうして、痛む?


どうして、そんな顔をする?




『俺を、覚えてねェのか……』


「……僕の、知り合いですか?」


『俺とお前はずっと一緒にいた、生まれる前から、ずっとなァ』


「生まれる、前……?」


『俺とお前は二人でいて、初めて存在の意味をなすからよォ』




男は僕の頬を撫でて、目を伏せます。


そこで初めて、男が左目に包帯を巻いていることに気付きました。




自らの左目が、眼帯に覆われていることを思い出した。




『チッ、時間のようだな……』


「何を……」


『直ぐに見付けてやる。それまで、大人しく待ってろよ……ユウ』




男は一度、僕の頭を撫でた。


意識が急速に遠ざかっていく。




「あなたは」


『何だよ?』


「誰なんですか?」


『俺か……晋助だ』


「しん、すけ……」




呟いたのを最後に、意識は溶明していく。




目が覚めると、そこはやはり真撰組屯所の自室でした。




「また、夢ですか……」




あの男を忘れられません。


というより、忘れちゃいけない気がします。


これを逃せば、もう二度と手に入れられない気がして……。










『ユウ……』










「晋助……」




すとん、とその音は胸の底に落ちました。


懐かしい響きを伴って、落ち着きます。








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