一対 | ナノ




「久々に非番だと買い込んじゃいますね」




ついつい買いすぎてしまいましたよ。


CDやら小説やら雑誌やら。


持てないってほどじゃ、ありませんけどね。




ふと目に入った楽器屋に入ろうかと、思い至ります。


見るくらい、いいですよね。




 ドン──




「っ、」


「す、すまぬ!」




腕の中から、紙袋がいくつか落ちました。


あぁ、よかったです。落ちたのが本や雑誌だけで。


CDは割れると悲惨ですからね。




「お気遣いなく、前を見ていなかったので」


「いや、俺のほうこそ考え事をしていてな」


「ほら、荷物はこれで全部か?」


「はい、態々ありがとうございます」




視線をあげると、少し驚いた様子の男。


僧形に、有髪……? 妙な取り合わせ。


さて、なんでしょう?




「失礼だが、名はなんと言う?」


「悠助、ですが」


「っ、あの《双牙》の高杉悠助か!」


「え……?」




ツキ、ン。頭が痛む。


トク、ン。脈が揺れる。




「あなた、は?」


「……桂小太郎だ」










『ヅラじゃない、桂だ!!』










「ヅ、ラ……?」


「ヅラじゃない、桂だ!!」










『ずっと考えてたんだが、なんででめーらは小太郎をヅラって呼んでンんだ?』


『桂よりヅラの方が短くて呼びやすいだろーが』


『それにな? あいつの頭、実はヅラなんだぜ』


『俺が引っ張ったときは取れなかったぜ?』










……試したんですか、試したんですね。


思い出した内容に、うんざりして泣きたくなりました。




「オーィ、ヅラァ」


「ヅラじゃない桂だ!!」




遠方からの呼び掛けに、条件反射のように桂は怒鳴り返しました。


きっと色々な人からヅラ呼びされているんですね。




「なんなんだ、貴様は。用があるといって人を呼び出しておいて、遅刻とは何のつもりだ!」


「ネチネチ言うんじゃねぇよ、京都の女か!」


「何を言う! 女子は皆ネチネチしている」




……ていうか、何の話ですか?




「桂、小太郎……て、攘夷浪士の……」




あれ、それって……真撰組の敵ですか?


でも、この人は、僕の敵じゃ、ないです。


多分、ここにいるのは得策じゃありません、よね。




「あの、僕はもう行きますね」


「ん? あぁ、悠助いたのか」


「はい、それでは失礼します」




僕はその場を離れて、楽器屋に入りました。







前頁 / 次頁