一対 | ナノ
「おい悠助、カツ丼3つつくりやがれ」
まだ深夜のはずですが、副長に叩き起こされました。
ふざけないでください、副長。
3つも食べるのはどうかと思います。
太っても知りませんよ、三十路。
「マヨネーズでも舐めていればいいじゃあないですか。それでコレステロール上がりすぎで死んでください」
「てめぇ! 大人しそうな面の下で何考えてやがる!! つーか食うのは俺じゃねぇ!」
「それじゃあ犬ですか。犬の餌だけに犬にあげるのですか。生肉でも食べさせておけばいいじゃあないですか」
「犬の餌ってなんだ! 土方スペシャルのことか!! 上等だ!! 表出ろや! 叩き斬るぞ!!」
「どうぞ、その間に僕は寝ます」
「意味ねぇだろうが!!」
「近所迷惑ですよ副長」
と言った風に起こされたぶんの意趣返しはしておきます。
そうでもないと胃に穴のひとつやふたつやみっつやよっつや……。
開いても不自然じゃあありませんから。
「ところで副長、用件はなんでしょうか?」
「カツ丼3つ」
あぁ、そうでした。
そういえば何時間か前に連れてこられたのも3人でしたね。
あぁ、そういうことですか。
「わかりました、取り調べ室ですね」
出前でも取ればいいものを。
僕は女中の類じゃあありませんけど。
あとで料金請求してやりましょう。
僕に只働きさせようなんて、とんでもないでしょう?
なんと言っても僕は……。
記憶なき僕に、その問いは愚問……ですかね。
カツ丼を作って取調室に行くと、なにやらそろそろ取り調べも終了しそうです。
これ、カツ丼いらなかったんじゃないですか? 追い返せばよかったのに。
「はい、カツ丼3つで¥840になります」
「只じゃないアルカ!?」
「僕に只働きさせようとは。死にますか」
「何言ってやがんだてめぇ!!」
耳元で叫ばないでくださいよ、副長。
鼓膜破れたらどうするんですか。
「嫌ですね、副長。本気に決まっているじゃあないですか」
「尚更質悪ぃんだよ!!」
軽いノリで、副長と騒ぎあう。
ここに沖田隊長が入ったり入らなかったり。
それが僕らの日常でした。
「悠助……?」
「はい?」
銀髪のクルクルパーマに呼ばれました。
こんな人知り合いにいましたかね?
「悠助なのか!?」
「……そう、ですよ」
答えると同時に、何時でも剣を抜けるよう左足を軽く引きます。
なのに、男は無防備に抱き締めてきました。
こうなったら利き手も何もありません。
剣すら抜けなくなります。
副長まで、殺気だっています。
「おい銀髪! てめぇ、こいつの知り合いなのか?」
「知り合いも何も、俺の幼馴染みだし」
新事実発覚です。なんと、僕には幼馴染みがいた模様です。
「なぁ、なんで悠助がこんなとこにいるわけぇ?」
「実はですね、かくかくしかじかというわけでして」
「なるほど……って今のでわかるか!!」
そう言われましてもですね。
要するにノリと流れですよ、成り行きは。
「そいつ、俺たちが拾うまでの記憶がねぇんだ」
副長が呟きました。
銀髪が呆然として、僕の頭を撫でます。
とりあえず腹が立って仕方がなかったので、鳩尾に一発入れてみました。
咳き込む銀髪を見て、一笑。ざまぁ。
「てめ、相変わらず性格悪ぃ……つか記憶喪失かよ……。あいつ、攘夷なんざやってる場合じゃ……」
「はい?」
「や、なんでもねぇよ」
聞き返してもはぐらかされてしまいました。
なんだか腹が立ったのでもう一発と思いましたが、かわされてしまいました。
とりあえず、僕はこの銀髪とは気が合わないようです。
ですが、彼奴って言いましたよね。
誰のことですか?
僕の過去に関わることですか? そうなのでしょう?
僕には、言えないことですか? 都合が悪いとでも?
「俺、坂田銀時っつって、歌舞伎町で万事屋やってんだ。幼馴染みだし、銀時って呼んでくれ」
「あ……はい」
幼馴染み……ゲットです?
「さって、悠助が作ってくれたカツ丼でも食うかなァ」
「ごちそうさまアル」
「ちょっと神楽ちゃんンンン!! 銀さんのカツ丼食べちゃったのぉ!?」
「何言ってるネ、銀ちゃんさっき自分で食べてたアルヨ」
銀時がカツ丼を食べようと振り返ったとき、そこには空の丼が置かれていました。
食っただの食ってないだの、ギャーギャーと騒がしくなる取り調べ室。
副長が溜め息をついて、山崎に釈放を命じました。
「悠助、行くぞ」
「はい」
「今度遊びに来いよ。ウチはいつでもヒマしてっから、昔話でもしてやらぁ」
背後からのその申し出は嬉しくて。
「まぁ、いずれは」
僕は笑いました。