一対 | ナノ

笠を浅く被って、右目の眼帯を外そうか否か考えてやめた。


これだけで、印象は随分変わったはずだ。


難点はシンと似すぎて、むしろ高杉晋助として捕まっちまいそうなことか。


まァそんな馬鹿はしねーけどな。


さて、行くか。




「何処行くんだよ」


「あ……」




まァこんなことは想定済みだったがよォ。


シンと鉢合わせしちまった。


どうするか迷って、だが考えねーようにする。


下手に考え込んでると、読まれかねーしよォ。




「町、歩いてくらァ」


「……そーか」




信用はされてねーみてーだな。


まァ、俺から見ても怪しいからなァ。


特に俺とシンじゃぁ、繋がってるわけだしなァ。


致し方ねェ。




「あれだ、銀時ンとこ」




テキトーに嘘だけついて俺は鬼兵隊のアジトを出た。


目指す先は、元の職場。


つまり真選組、ってなわけだが。


まさかシンにンなこと正直に言うわけにもいくめェ。


どーせこのへんの嘘も看破されてンだろーけどなァ。










「よォ、元気にしてたか?」

「っ、てめぇっ……!!」


「っと、構えるんじゃねーよ、今日は血生臭ェ用で来たわけじゃねェ」


「……なら、何の用だってんだ」


「忘れ物しちまったから、取りに来ただけだ」




大事な大事な、思い出の品をなァ。


俺としたことが、いくら苛々してたからって大事な物忘れちまった。




「なんだよ、それ」


「知らねーのか? 俺が攘夷戦争時代にしてた鉢巻だ」




そう言えば、土方は少し考えるような表情になった。


覚えてンだとしたら大した記憶力だがなァ。


つーか拾われたときにしてたかすらもわかんねーけどな。


なにしろ俺にさえいつまでしてたかわからねーんだ。


あの忌々しい天人どもの実験のときにはどうしてたか。




「……あの血染めのやつか」




すげェな、覚えてやがったか。


賞賛もの、ってことにしといてやらァ。




「残ってンのか、あれ」


「残ってるぜ、俺が押入れの中に保管してる」


「そいつァ何よりだ」


「返すなんざ言ってねェ」




ごもっともだなァ。


取り返すのは多少難儀しそうだな……。


まァ、そのときはそのときだ。




「クククッ、返さねーってンなら、力ずくで奪い返すまでだがな」




ちぃっとばかし無茶ではあるが、土方と雑魚隊士どもに引けをとるつもりはねェ。


ついでに真選組の戦力を少しでも削っておけば、後で何らかの役に立ちえるしな。






「……チッ、そこで待ってやがれ」


「あァ?」


「取ってきてやるっつってんだよ」




あ……? なんつーか、そんなんでいーのかよ。


色々と言うべきことがねーわけでもなかったが、恩に着とくぜ。




「ったく、どいつもこいつも……」




底抜けのお人よしばかりじゃねーか。


沖田もそうだったが、土方も近藤のことは言えめーな。


クククッ、変な連中だ、ご苦労なこった。




懐から煙管を取り出して、吸うか否かわずかに迷った。


結局はやめて、煙管はそのまま懐へ戻した。




「おい、悠助! 何ボサっとしてんだ!?」


「あ……? 悪ィ」


「おら、もう来んなよ」


「誰も好き好んで来てねェよ」







土方から元は白かった鉢巻きを受け取った後、その足で俺はかぶき町に来た。


かぶき町と言えば、知り合いは彼奴一人しかいねェ。

万事屋銀ちゃんの看板を見上げて気配を探る。


尾けられていないことを確認して、俺は2階に続く階段を上った。




 ピンポーン──




「……」



……いねェのか?



 ピンポーン──




「勧誘なら間に合ってまーす」




……。


アホか、てめェ。


せめて万事屋の客じゃねーかぐれェは疑えや。


この調子で客も追い払ってんじゃねーだろーなァ?


ただでさえいかがわしい仕事だってのに、数少ない依頼人追い返すなよ。


生活かかってんじゃねーのかよ?




「違ェよ! ったくよォ、とっとと開けろや」




 ズルッ ガタンッ バタ──


 バタ バタ バタ──


 ガラ ガラ ガラ──




うるせェ……、ちったァ静かに出て来いよなァ。


相も変わらず騒々しいヤローだな……。




「……悠助?」


「よォ、銀時ィ」




やっと出て来やがったか、遅ェんだよ。


俺が玄関先うろついてて困るのは俺じゃなくててめェだろ。


過激派攘夷志士との繋がりを狗に嗅ぎつけられたら、自分の人生危ういのわかってねーのか?


てめーだって元とは言え攘夷志士なんだぜェ?


その腹探られて、痛くねーわけじゃねーだろ?


ましてや万事屋なんざ、法に背いたこともあんだろーが。


廃刀令に真正面から歯向かって木刀なんざ持ち歩いてるしよォ。


ちったァ気ィつけろや。……俺の言えることでもねーか。


銀時が俺の面をみて、途端に嫌そうになる。


喧嘩売ってんのかァ? 厄介なもんが来たみてーな面すんじゃねーよ。


ま、事実だろーけどなァ。


攘夷から離れて生活してるお前からすればよォ。




「……誰かと思えば、……真選組を脱走した高杉悠助くんじゃないですかコノヤロー。

 てゆーか銀さんってば誰かさんのせいで事情聴取されちゃったんですけどー。

 どーしてくれんの? 食いたくもねー、いや食いたかったけど! いやいや食いたかなかったね!

 カツ丼食べちゃったじゃねーか、有料だぞコノヤロー。高かったぞオイ!」




取り調べでカツ丼って、どれだけベタなんだよ。


いいじゃねーか、普段食えねーカツ丼を思い切って食えたんだからよォ。


そーいやァ俺が真選組にいたときもこいつにカツ丼作った覚えがあんだがよォ。


いや、あんときのカツ丼は従業員に食われたんだったかァ?




「……そーかよ」


「で、俺に何の用だよ? 悪ィけど、新聞の勧誘は間に合ってまーす」


「違ェってんだろ! ……ま、てめェにゃ迷惑かけちまったしな」


「あ? ンだよ、らしくねーな。お前らはアレだ、アレ! あれ? アレってなんだっけ?」


「知らねーよ、てめェが言い出したんだろーが」




アレアレって何なんだ。


ボケた爺さんじゃねーんだ、しゃきっと話しやがれ。




「あー、ぁそう、思い出した! ほら自分が完全に悪くても謝らねーやつだろ? らしくねーことすんなって」




散々引っ張っといてそれか。


ぶった斬るぞ、てめェ。遺言考えとけよ。


伝えねーけどな。




つーかなァ、俺たちだって自分が悪ィと思ったときには謝ンだぞ。


……滅多に悪ィなんざ思わねーだけだ。




まぁいーか。


今日はンなくだらねー用で来たわけでもねーからな。




「銀時ィ。俺ァな、攘夷だ倒幕だっても思想があってそうするわけじゃねェ。獣が呻くから、破壊してンだ」


「……ンなもん、高杉も同じじゃねーのかよ?」


「クククッ、そーいやァそーだ。違いねェ」


「なぁ、悠助よぉ。……どーしても、行くんだな?」




死んだ魚のよーな瞳が、いつの間にか僅かな輝きを帯びていた。


なかなかどーして、こいつはキレーな目ェしてやがんのかねェ。


こんなキレーな瞳してやがんのに、なんで……。




「なんでてめェは、幕府に復讐しよーとさえしねェ?」




自然と声が低くなる。


こいつは強ェ、ンなこたァ知ってんだ。


それがわかっているからこそ、戦わねー理由がわからねェ。




「あ?」


「憎くねェってわけじゃ、あるめェよ」




幕府は松陽先生を殺したんだぜェ?


なんで戦わねェ、なんで傍観してンだ、なんでこいつァ……。




「なんで木刀なんざ握ってンだ? 真剣はどーした、武士の魂は何処に行った、天人との戦いで折られちまったってのかァ?

 違ェだろ? てめェはまだてめェの武士道ルール守ってんだからよォ?

 失われたはずがあるめェよ。てめェの魂は、まだてめェのなかにあるままだ……。

 銀時ィ……てめェ、なんで白夜叉として敵からも味方からも畏れられた力を使おうとしねェ?」


「……ンなもん、しょーがねェだろ。あの人だって、還ってくるわけじゃねェんだぜ?

 そこんとこわかってる? 今時敵討ちなんて流行んないって」


「還って来るなんざ思ってねーよ、敵だってもう討っただろーが。流行なんざ興味の欠片もねェ、どーだっていい。

 俺はな、どーしてか赦せねェ。まだ憎いんだよ、松陽先生を殺し、俺とシンを引き裂いた幕府と天人がなァ。

 ……それを許容する世界が赦せねェ、憎い。だから、ぶっ壊す……!」




それ以上に崇高な理由なんざねーんだよ。


そんなおキレイな理由はいらねーんだよ。


俺はそんなふうにお高くとまってる高嶺の華じゃねーからよォ。


地べた這いずりまわって血泥にまみれた薄汚ェ狂った獣でいい。


あいつさえ、シンさえいれば……それだけで俺は。


俺はそれだけでもよかったんだぜェ? それを。




「あのさァ悠助──


「話に来たわけじゃねェ」




てめーは口でどーこー言ったところで、納得するタマじゃねーからなァ。


ンなこたァ、嫌ってほどわかりきってんだからよォ。


俺たちが何年の付き合いだと思ってやがるんだァ?




「ただなァ、お前や小太郎とはこの辺でお別れだぜェ?」


「……そーか、」


「餞別だけ届けに来た、使っとけ。

 一応先に言っとくけどよォ、それは俺が正当に稼いだ金だからな? 安心して使えるもんだ」




俺は別にお高い聖人君子ってわけでもねーが……。


まぁ強奪したもんを他人に贈るほど、落ちぶれちゃいねェからなァ。


そのへんの人間として最低の理性くらいは持ってるからよォ。




「銀時ィ、次に逢ったときにはてめェの首……貰ってくぜェ? 

 覚悟しとけや、なァ白夜叉ァ」




その言葉に、銀時は面倒そうに「わぁーったよ」と言った。


明らかに欠伸噛み殺しつつ言うんじゃねェよ、白髪天然パーマネント。


マジでダメダメなおっさん、略してマダオがよォ。




ったくよォ、別離だってのになんでンなにグダグダなんだよ。


……ま、らしいっちゃらしいけどなァ。






前頁 / 次頁