一対 | ナノ
「ふっ、副長ォォオオォ!!」
「うるせぇぞ、山崎ィ!!」
「スイマセン!! けど大変なんですよ!!」
「あぁ!?」
「悠助さんがいなくなりました!!」
あ……?
流石の俺も意味わかんねェぞ。
「ったく、どうせサボりだろ、」
ていうか、そうであってほしい。
あいつが、悠助がもし脱走してたら、……俺たちはあいつを斬らなきゃならねェ。
だが山崎は、心臓が止まるような言葉を付け足した。
「大刀を置いて、ですか?」
「なっ……」
武士の魂である刀を、それも大刀を置いて……?
いくら悠助がふざけた野郎でも、例え目的がただのサボりでも。
そんな大事なモンを置いて出掛けるわけがねェ。
「どーしたトシ」
近藤さんが後ろからそう言ってきた。
山崎に手短に説明するように言い、俺は悠助の部屋に向かった。
「こいつァ……」
障子を開けると悠助に与えてあった部屋はもぬけの空だった。
しかも山崎の言った通り、枕元には無造作に大刀が放置されていた。
らしくもなくドッキリを期待して襖を開けたが、そこに隠れてたわけでもなかった。
正真正銘、本当の行方不明だった。
「トシ! いたか!?」
「……いや、いねェ」
「そうか……」
「どうする、近藤さん。今日の夜には……」
「わかってる。……午前一杯は隊士総出で悠助を探そう、午後は夜に備えてその疲れをとる」
その言葉はつまり、昼までに見付からなければ、悠助は諦めろということ。
「幸先悪ィな」
いや、そんなに簡単な問題じゃねェ。
悠助は総悟同様にサボり癖こそあるが、1番隊の副隊長を努めあげてきた。
その悠助の脱走は隊士の士気に大きく関わる。
その上、あいつは隊内の重要事項にも詳しい。
機密漏洩なんざ、洒落になんねェぞ。
「山崎、隊士全員に伝えてこい!」
「はっ、ハイ!」
こうして、真選組総出で悠助を捜すことになった。
「チッ、何処に行きやがった……」
もし脱走したのなら、そう簡単に見付かるはずもねェ。
わかってんだが、それでも気が急く。
苛々をまぎらわそうとすれば自然に煙草に手が伸びた。
今日だけでどれだけ吸ったかもわからねェが、とにかく短くなった煙草を灰皿に投げ捨てる。
「あいつの行きそうなとこなんざ、知るかよ……」
いや、そういやあいつ……あの銀髪と親しかったよな?
銀髪の家で遊んでんのか、そうでなくても手掛りになる可能性は高い。
あの男の手を借りるのは気に食わねェが、こうなったら仕方ねェ。
それしか、もう策は残ってねェんだからよ。
「んで、朝っぱらから何なわけ?」
「うるせェエェエエ!! まともな人間はもうとっくに活動始めてんだよ!!」
万事屋のドアを叩けば、寝起きなのかパジャマ姿の銀髪が出てきた。
相変わらず死んだ魚みてェな目ェしてやがる……。
「で、何なんだよ。用がねーなら帰れ」
俺は眠いんだよ、とばかりの態度。
銀髪はめんどくさそうに眉を寄せて、直ぐに解いた。
多分だが、ただ寄せてる労力も惜しんでるだけだろ……。
すげー腹立つんだけど!
「……チッ、悠助探してんだよ」
「は? いやいや、意味わかんないよ」
「大刀置いて消えやがったから探してんだよ!!」
銀髪は少し驚いて、それからへらへらと笑った。
「でもさぁ、探しても無駄だと思うよ?」
「っ、どーいう意味だ」
「だからさ、お宅らが全力で探してるのにここまで見付からないのは、もう探せる範囲から出てったからじゃないの?」
それは、まったく考えなかったわけじゃねェ。
むしろありえるとも思う。
「諦めたほうがいいぜ? あいつが本気で行方くらましたら、簡単に見付かりっこないんだからな」
「てめぇは何も知らねェから呑気に言ってられんだよ!!」
「あ?」
銀髪が不思議そうに首を傾げた。
心底意味がわからなさそうだ。
「どーゆうことよ?」
「今江戸に高杉一派が来てんだよ」
「高杉……?」
銀髪は、目を見開いた。
その直後に、後悔のような影が見えた。
「てめェ、……何か知ってんのか?」
「……俺からは何も言えねェ。真実は自分で見付けるんだな」
「どーいう──
「ただ半端な覚悟でこれ以上悠助を捜すんじゃねェよ」
「俺たちのどこが半端だってんだ!?」
「半端な覚悟で手出しすると、獣に喉笛食い千切られても知らねーぞ」
そう言ったとき、銀髪の無気力な瞳は鋭い光を宿した。
それは悠助と同じ、一途に強い信念を宿した光。
飲み込まれそうになるほどの、重い引力を感じる。
だがそれはすぐに掻き消え、元の気だるげな死んだ魚のような瞳に戻った。
正直、少し安心した。
まだ聞きたいことは色々あったが、もう話を続けたくなかった。
「そうか……邪魔して悪かったな」
銀髪に背を向け階段を降り始めると、銀髪はふと思い出したようにつけたした。
「双牙には気ィ付けろよ」
その言葉は一応記憶の片隅に留めておいて、俺は一旦屯所に帰った。