一対 | ナノ





僕は武州多摩で拾われたそうですが……。


僕たち……、いえ、鬼兵隊が拠点にしていたのは長州で……。


鬼兵隊が敗れたのは確か、芸州だったそうです。


その距離は大体でも800キロはあるはず……。


その間を独力で行くというのはいくらなんでも無理があります。


しかも気絶するほどの出血でありながら、ですよ?




では何者かが僕を多摩まで運んだとでもいうのでしょうか。


そのほうがまだ現実味はありますが……。


あのご時世、血だらけの攘夷志士を運ぶような酔狂は滅多にいません。


それならまだ幕府や天人の仕業だと言われたほうがまだ納得できます。




……。




「まさか、本当に幕府や天人じゃないでしょうね?」




いやいや、何の目的が……。目的……あるじゃないですか。


高杉悠助は鬼兵隊副総督で、さらには高杉晋助の唯一の血縁ですよ?


鬼兵隊総督の数少ない弱点として数えられていても不自然はありません。


そこまでありえない仮説でもありませんが……、普通そこまでしますか。




……幕府にも天人にも、俺たちが思うような道義はない、のに?


そう考えればやはり……やはり、ありえない話では……ありませんよね。


いえ……、そこまで遠回しに言う必要はもはやないでしょう。


ありえると、そうはっきり言ってしまいましょう。




そんなことを連々と考えつつ、真選組の屯所に向かいます。


ちょうど次の角を曲がれば、というところで、門の前に黒塗りの高級そうな車が1台止まっていました。


その車を見た途端、何故でしょうか。足が動きを止めて立ち止まってしまいました。




「ん……?」




車の乗り主らしい天人が屯所から出てきました。


高級そうな服を身に付けて、その後ろに近藤局長を従えています。


これは……、どういったことでしょうか。


その天人も近藤局長も僕に気付いた様子はありません。




幕府から、でしょうか? まぁそうでしょうね。誰でしょうか?


顔は見えるだろうかと見つめていると、車に乗り込む際、ちらりと顔が見えました。




「え……」




あんな高級官僚に会ったことはないのですが、どうも知っている顔ですね……。










『そやつは《双牙》ではないか、何故殺さぬのだ?』


『フフッ、こやつには私の実験台になってもらおうと思いましてな』


『おぉ、あの記憶を操作する機械カラクリか』










抗がえない俺を、天人が囲んでいた……。










『あぁああああぁああっ!!』


『これが《双牙》が片割れというのか』


『貴様が悶え苦しむ姿が見られようとはな』


『ちくっしょぉっ、てっめぇら……ぜってェに、殺してっやるっ……!!』


『恐ろしいものよな、人間どもの執念というのは』




四肢の拘束具が軋みをあげる。










実験。




記憶。




天人。




幕府。










まさか・……。




「……、僕の記憶喪失は、人為的なもの……?」




思い付きを口にすれば、それが真実だと気づいてしまった。




「おっ、悠助!」


「っ、……」




駄目です……信じてはなりません。


信じていいのは、俺たちだけ……。


それでも、悟らせてはなりません。


僕はまだ記憶喪失なのです、装わないといけません。


取り繕え、僕はまだ……。


言うべき言葉は、応ずるべき態度は。




「……近藤局長。只今戻りました」




声はかすれていませんか?


顔は引き攣っていませんか?


大丈夫、完璧……です。




「今の車は、幕府からですか?」


「ん? ぁ、あぁ……」


「そうですか」




ほらね、信じてはいけないのですよ。


だってこんなにも短い受け答えのなかで近藤局長はかなり目線を泳がせています。


これは局長の癖といったものでしょう。そう、なにかやましい嘘を吐くときの。




「どうした、顔色が悪いぞ?」


「……長旅で、少し疲れました。今日一日はまだ非番ですから、もう寝ます」


「そ、そうか……しっかり休むんだぞー」


「はい、」




なんとか、といった体ですが自室に戻り、布団も出さずに畳に臥せました。


日焼けしたいぐさの香りは鼻に馴染んでいます。




思い出しました。


僕の……いや、もう猫被りに意味はねーか。




俺が記憶を失った理由。


俺が武州に倒れてた理由。


手元に『組曲』がない理由。




全て。


全ては。










『ふむ、失敗か』


『あれだけの時間を費やしながら……』


『……松平のヤツが芋侍を寄せ集めた武装警察を作るそうだな』


『それがどうした、』


『話によれば芋侍の大将は大層なお人好しらしい』


『フン、その芋侍どもに《双牙》の片割れの面倒を見させるというわけか……』










天人と。










『風の便りによれば桂や白夜叉、双牙の片割れまでもが生きておるということだ』


『ふむ、いざというときの切札にはなるか』


『あぁ、こやつは高杉晋助の唯一の肉親らしいからな』


『まだ利用価値はある』










幕府に。










『『高杉悠助はまだ捨てるには惜しい』』










仕組まれていたこと。




「くく、ククク……」




はっ、そーゆうことかよ。なるほどなァ。


全てはてめェらの掌の上だったってことかよ。


俺はただ踊らされていただけで、利用されていただけで。


……いー度胸してやがるぜ。




俺たちを引き裂いたんだ。


てめェら全員、覚悟はできてんだろーなァ?




双牙。


眠っていた俺の黒い獣。


悪ィがそろそろ起きてもらうぜェ?




恩義だなんだはただの偽善でしかねェ。


いー子ぶるのはもうしめェにしようや。


クククッ、腐った世界だ。


俺が、……俺たちが全部破壊してやる。




俺と、シンでなァ。




「そろそろ、頃合いかァ……」










記憶が全て戻ってからも俺は普通通り、つまり何も覚えていないように過ごしていた。


だが、ひとつ、歯車が動いた。




その夜、俺たち真選組幹部は会議室に呼び集められた。




「よし、全員揃ったな……」




真剣な顔つきの近藤局長と、硬い空気を纏った土方副長。


それらを見た刹那、話の内容に気付いた。




「先ほど、山崎からの報告でとあることがわかった」


「なんですかィ? もったいぶってねーでさっさと言えよ土方コノヤロー」


「うっせーぞ総悟!!」




話に茶々を入れてそれに反応する土方さんを宥めて近藤さんが口を開いた。




「また、高杉一派が江戸に来てるらしい」




その一言で広間はざわついた。




シンが、江戸になァ……。


どうりでずっと懐かしい気配がすると思ってたぜ。




「港に見慣れねェ船があってな。調べてみた所、鬼兵隊の船だと言うことがわかったんだ」


「あっちにはまだ動きはねェ。次の満月の夜、先手を打ち高杉一派をひっ捕らえる!」




ってことは、3日後かァ。


時期を見て、適当に離れるか。


普段からサボリ魔だったし、門限破っても問題はねェ。


特に異常と捉えられることはねェ。




「こりゃ、楽しい祭りになりそうだぜィ。なぁ、悠助」


「えぇ、楽しみですね」




もうすぐシンに逢えると、な。


すぐに俺が裏切ろうとしてンのに、気付かねェんだな。


甘っちょろい連中だぜ。




「俺と悠助が揃えば一番隊は恐いモン無しでさァ」




俺はお前の実力なんざ見たことねーけどな。


それはお前も一緒だよなァ。


お前らが見てきた俺の本気は、鈍刀使ってる本気だぜェ?


安心しやがれ、きっちり組曲で本領発揮してやらァ。




「ふふっ、今から楽しみですよ」




シン……。


そろそろ、逢えそうだぜェ?


もうちょっと待っててくれよ? すぐ、逢いにいく。


もうすぐ、シンのところに帰るから。




俺の中で黒い獣が低い呻きをあげる。


もうちっと待ってろよ、解放してやっからよォ。







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