一対 | ナノ




「おい悠助、近藤さん迎えに行くぜィ」


「え、あ……はい」




迎えに行くって……何処にでしょうか。


言われるがままに連れてこられたのは歌舞伎町。


のキャバクラです。キャバレークラブです。


最近帰りが遅いとは思っていましたが……、まさかキャバクラ通いとは。


予想外ですよ。




「姉御ーゴリラの引き取りに来やしたぜィ」




そして未成年の筈の沖田隊長がここまで慣れているということはですね……。


もしかしてもしかしなくても長期間通い詰めでしたね。




近藤局長……。


今初めて、貴方の人間性を疑いましたよ。




「ようやく来たのね、はいゴリラ」


「確かに受け取ったでさァ近藤さん……じゃねェや、ゴリラ」



あれ? 今近藤さんって言ってからゴリラって言い直しました?


改めてこの人たちの関係性を考える今日この頃です。







「あら? 悠助さん……だったかしら? 妙です、初めまして」


「あ……はい、悠助です、初めまして。何時ぞやの花見の際には見苦しいものをお見せしました」




あれはちょっとした例外です。


僕は基本的に温厚なのですよ。




「凄かったわね〜。

 あ、ついでにこのバカも引き取っていってくれない? さっきからおりょうちゃんに絡んでしつこいのよ」


「え……」




お妙ちゃんの指さす方向にはモジャモジャ頭が気絶しています。


引き取ってあげるのは個人的には構いませんが……。


僕の権限ではどうにもなりません。




「いいですぜィ」




……沖田隊長の安請け合いであっさり連れて帰ることになりました。


あとで土方副長に怒られないといいのですが。




「じゃあよろしくね」




そう言って微笑む姿は確かに可愛いのですが……。


その笑顔に一体何人が痛い目を見たことでしょう。










そして数刻後、違う意味で見事に痛い目を見る僕です。




「ガハハハハハ!」


「アッハッハッ!」




何なのでしょうか、これは。


……思わず倒置法まで使ってしまいました。




そんなことより、今の状況ですが。


坂本さんと近藤局長はすっかり酔いどれています。


気持悪いくらい爽やかに笑って、土方副長が退室したのは10分ほど前です。


彼らを連れて来ることを決めた沖田隊長は自分は関係ないとばかりに早々に寝てしまいました。


残されたのは本当に関係のない僕です。


何故部下が上司の尻拭いなどをしなければならないのでしょうか……。


普通は逆でしょう?


普通なら上司が部下の尻拭いをするものでしょう?


あ、本当は自分で責任は取るものですけど。




……明日は絶対に非番を奪い取りましょう。


働いてなるものですか。


一人ストライキですよ。




「んー、どうした悠助?」


「憂いちょるのー」




誰のせいだと思っているのでしょうか。


……どうにかなりませんかね。


何が楽しくて酔っ払い2人を相手に晩酌なぞをしているのでしょうか。


酔っ払いの相手は僕の趣味ではありません。


ムサ苦しい野郎共を見ながらの晩酌も、当然ながら趣味ではありません。


晩酌よりも僕は寝たいのです。




とにかく。


ここは話題を就寝に持っていって、解散の空気をつくりましょう。


そうでもしないといつまで続くかわかりません。




「……近藤局長、坂本さんの寝床は何処に用意しましょうか?」


「いらないって! 今日は呑み明かすんだから! ねーさかもっちゃん!」


「んぐ……おりょーちゃーん……」




……。


振り返った先では坂本さんは寝こけていました。


はぁ、漸く寝ましたか……。


今何時だと思っているのでしょう。草木も眠るという丑3ツ時ですよ。




「さて、近藤局長。後は僕がどうにかしますから、局長ももう寝てください」


「えー、でもさァー」


「局長が二日酔いでは隊士に示しがつきません」




そう言いくるめて近藤局長を追い立てます。




ちらりと振り返って、転がされている酒瓶を見ました。


やはり、これの片付けは僕の仕事ですよね……。


放っておけば明朝に支障をきたすかもしれませんし……。


仕方ありません、片付けてしまいましょう。


それとも、嫌がらせのつもりで近藤局長の部屋の前にでも並び立てておきましょうか。


それこそ土方副長に殺されそうですね……。


やめておきましょう。




資源回収はまだですから、とりあえず裏に出しておけばいいのですよね?


と言うのは簡単ですが、一息に運べる量は軽く超えています。




……なるほど、そういうことですか。


土方副長はまだしも沖田隊長はこれを予想していたわけですか。


その後始末の責任をすべて僕に押し付けて寝たというわけですか。




坂本さんを見ると「おりょうちゃーん……」とか言っていますし。


叩き起こしましょうか。


……いえ、冗談ですよ。


蹴り起こしたほうが早いに決まっています。




さて、片付けですが。


やはり面倒なのでよろしくお願いします。




坂本さんに布団をかけ、僕も寝床につきました。




そういえば。


今度、沖田隊長に人の呪いかたでも訊いてみましょうかねぇ。


案外思ってもみないところで、役に立つかもしれませんから。


……沖田隊長で試してみようなんて考えていませんよ!


滅相もないです。とんでもないです。


……試すなら、原田隊長あたりですよね。










「アッハッハッ! いやー昨日は世話になったのー」


「……いえ、どうかお気遣いなさらないでください」




何故か僕は坂本さんと街を歩いています。


せっかくの非番なのですが……。


何故僕は男との買い物で終らせなければならないのでしょうか。


……あぁ、もったいないです。




「あのですね、坂本さん」


「辰馬でいいぜよ」


「では辰馬、お礼なんて別にいいですよ」


「おんしゃあ特に世話になったみたいじゃけの」


「別に構いませんが」


「実はな、わしは快援隊ちゅー会社の社長なんじゃ」




……、人の話を聞かない人ですね……。




辰馬は気にするなとばかりに笑っています。


まず気にしてほしいのは対話相手の意思です。




社会人としては銀時より余程素晴らしいのですが、人間としては一言疑問を挟めますね。


あぁ、それは銀時も同じでしたね。


むしろ銀時には二言三言言っても言い足りないものがありますがね。




僕の周囲には他者の話を聞くという概念が欠如しています。


類は友を呼ぶとは云いますが、……友のなかに僕が含まれていないことを望みます。


もちろん僕自身が類でないこともですがね。




「……じゃあ、喫茶店でも入りますか?」




渋々といった調子で言ってみましたが、あまり効果はないようです……。


能天気で明るい無邪気な笑みが、琴線に引っ掛かります。


この笑顔の持ち主を、坂本辰馬を僕は知っている、のでしょうか。




「すみません、コーヒーを、……2つお願いします」


「かしこまりました」


「何故にコーヒーを選んだぜよ?」


「……おや、嫌いでしたか?」




僕の直感では、嫌いではないかのように思いましたが。


やがて辰馬は首を横に振って否定しました。




「おんし、今は真撰組におったんか? てっきり高杉とおると思っとったぜよ」




少しだけ、真剣味を増した声で言います。


さてここの場合、どう答えたものでしょうかね。




「では、そうですね……隠し立てすることでもありませんから、短刀直入に言いましょう。

 僕は今記憶を喪失しています」


「んー、ん!?」


「記憶喪失です。

 坂本辰馬、僕はあなたの知り合いですね?」


「ちゅーことは高杉のヤツはおんしのことを知らんがか?」


「いいえ。おそらく……晋助は僕が銀時と一緒にいると思っているはずです」


「んー、……おんしもなかなかややこしいことになっとるようじゃな。難しいけー」


「そうでしょうかね。……話してもいいですか」




僕が思い出した範囲のことをすべて。


これでも、僕は君を信用しているのですから。


一切の私見もなく、僅かなりともの偽義を通さずに。


偽りひとつもなく、淡々と事実だけを述べましょう。


主観を一切交えず、客観的事実だけを一定の調子で。




「そう慌てるもんじゃないぜよ。記憶ちゅうもんはな複雑で単純、単純で複雑なもんじゃ」




それが辰馬の出した結論でした。




……複雑で単純、単純で複雑。


まぁ、そうですけどね。


まったく。




「相変わらず……、馬鹿ですね」


「アッハッハッ、泣いていい?」


「でも、変わらずにいてくれて嬉しいですよ?」




昔の友人が変わらずにいるということも存外悪くないものです。




それに、難しく考え過ぎていたようです。


そうですね、そう考えれば難しいことでもありませんでしたね。




「おんし、その原因はわかっちゅーか?」


「記憶喪失の原因? 考えたこともありません」


「わしの記憶ではな、おんしは高杉と離れた程度で記憶を失くす肝もっとらんかったんじゃ」


「それは……、そんなことは」


「……おんし、その腰の刀奪われちゅーとき、どうするぜよ?」


「全力をもって奪い返しますよ」




刀は武士の魂です。


そんな簡単に諦めることはできません。


そういうものでしょう、辰馬? 君もわかっているはずですよ。




「ちゅーことぜよ」


「もっともではありますね。

 ……では、少し心辺りを洗ってみます」




ただひとつ言えること。


それは、おそらく高杉悠助にとって高杉晋助は魂程度の存在ではなかったことだけです。


それではどの程度かと問われても、今の僕に答えようはありませんが。








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