一対 | ナノ
「鎖国解禁20周年祭典、ですか」
「そうだ」
どうやらそんな祭りがあるそうです。
どうなることやら……。
でも祭りなんて初めてです。
楽しい……のでしょうか?
とは言いましても祭り自体は夕方から始まるらしいです。
それまで暫くは暇なのですよ。
「ちょっと散歩にでも行きましょうか」
打ち合わせも終わりましたし、もういいですよねー。
最近買ったお気に入りの煙管を懐に入れ、大刀を腰に差して屯所を抜け出しました。
銀時に昔話でもしてもらおうと思ったのですが。
「アイツらなら今はいないよ」
と、一階のお登勢さんに言われてしまいました。
まぁ連絡もなしに訪れた僕も悪いわけですがね。
「そうですか。何処に出掛けたかわかりますか?」
「さァね、もしかしたら川原にでも行ったかもしれないよ」
「わかりました、ありがとうございます」
それじゃあ川原まで足をのばすとしましょうかね。
どうせ暇をしているのですから。
「相手は誰よ!? さち子ね! 新築祝の時に来てたあのブサイクな部下!」
……休日の河川敷はほら、親子連れが遊んだりするのではないでしょうか。
そういう平和な場所だとばかり思っていたのですが……。
的外れな期待だったと、そういうことなのでしょうか。
正直止めてほしいです。
とか思いつつも好奇心というものはなかなか、強敵でしたね。
うっかり下を覗き込んでしまいます。
な、なにやら河川敷から物騒な言葉が聞えてきました。
「止めろって! なんてドロドロなままごとやってんだ!!」
「アナタにとってはままごとでも私にとっては世界の全てだった!」
……。
昼ドラ並みのストーリーですよ。
「あ……」
身丈以上のカラクリを持ち上げている神楽ちゃんの姿があります。
さらに向こうでは大量のカラクリの前で立ち働いている銀時と眼鏡くんもいます。
何をしているのでしょう。
そんなことを考えながら煙管に手を伸ばします。
暫く見ていますとどうやらままごとを止めたらしい神楽ちゃんが、こちらに気付いたようです。
「悠助ー、そこで何やってるアル?」
「ちょっと待っていてください、そっちに行きます」
欄干を乗り越えて川原のほうに飛び下ります。
「僕は暇潰しをしていたのです。神楽ちゃんは?」
「私も暇潰しネ、サブと遊んでたアル」
どうもサブで、遊んでいたように見受けられましたが。
「サブとは、何ですか?」
「サブは三郎ネ、だけど長いからサブアル」
「三郎……、ですか」
三郎と言えば……攘夷戦争のときです。
鬼兵隊にいた機械いじりの好きな男の名前でもありましたね。
確か、親子喧嘩をしにきたという変わり者……。
「悠助じゃねーか」
「悠助さん、お久しぶりです」
「お久しぶりです、銀時、新八くんも」
「あれ、お前……また煙管吸い出した?」
あぁ……、やはり昔も吸っていたのですね……。
どうりで、懐かしいと感じるわけですよ。
「なんか笑いかたもそうだけどよ、全体的に垢抜けたよな」
「そうかもしれませんね、少しずつですが……記憶も戻っていますし」
「口調も、時々素に戻ってるっつーか、変わってるって自覚ある?」
「どうやら昔はこうではなかったようですね、程度には感じています」
記憶のなかの僕はもっと粗雑な感じで話していますからね。
一人称も違いますし。
「銀さんとしては口調はそのままでいてくれたほうが嬉しいような……」
「君の意思は介入不可能です」
僕の口調にまで指図を受けるのは不愉快です。
なんて、まぁ冗談ですよ。
「でも何か、そっちのほうがらしいよな、お前は」
「そうでしょうか?」
当人としてはあまり自覚のないところですが。
まぁ、当時を知っている銀時が言うことです。
そうかもしれませんね。
「でも記憶が戻りかけてること土方に言ってんのか?」
「いいえ……流石に少し、言い難い……でしょう?」
それに、僕が利用されて晋助が捕まるなんて嫌ですよ。
「まぁ、な……ぎゃっ」
銀時と話し込んでいますと突然スパナが飛んで来て、銀時の後頭部にクリーンヒットしました。
弱くなりましたか、銀時?
「ダベってねーで仕事しろ仕事!」
「ったく、……わーったよ!」
渋々といったふうな様子で銀時は作業に戻りました。
すると今度はお爺さんのほうがこちらに来ました。
「色々と大変ですね」
「お前さん……」
「はい?」
「いや、なんでもねぇ」
「……そうですか」
お爺さんは何かを言いたげに僕を見ていますが……。
そんな遮りかたをされると僕が気になってしまいますね……。
少し気になりますね、あの人……。
直感と言うには、まだ頼りないものですが。
どちらにしても、今日の祭りは何事もなくと言うわけにはいきそうにありませんね。
……残念ですが。
「さて、屯所に……戻りますか」
屯所に戻った僕を待っていたのは。
「てめーは何処ほっつき歩いてやがった!?」
土方副長の怒声でした。
やれやれ、やはり気付かれてしまいましたか……。
「すみませんでした」
「仕事なめんなよコラ!」
「僕が舐めているのは土方副長だけです」
だから大丈夫ですよ。
「よーし上等だ!! 表出ろや! 叩き斬ンぞ!!」
「わかりました。じゃあその間に、僕は裏口から逃げますので悪しからず」
「意味ねぇだろうが!!」
「近所迷惑ですよ?」
……あれ、少し前にも同じような会話を交した気がしますね。
「それでは土方副長、僕は準備して来ます」
そろそろ夕方ですから……。
あまりのんびりするわけにはいきませんよね。
「おい、悠助」
「はい、何でしょうか?」
「煙草吸ってやがんのか?」
「……時折、ですよ」
「そーか」
匂いでわかるものですかね、同じ喫煙者には。
祭りが始まってそろそろ、1時間が過ぎたころでしょうか。
使い走りに行っていた山崎が帰って来ました。
「おせーぞ! マヨネーズもちゃんと付けてもらったろーな!?」
と、山崎が買ってきたたこ焼きのパックを開けました。
するとなかには申し訳程度に残されたたこ焼き……。
「……オイ、これ……」
「実は急いでたもんで途中すっ転んでぶちまけちまいました。すみません、山崎退一生の不覚」
「そーか、俺は口元の青のりのほうが一生の不覚だと思うがな」
「ふっ副長、これは違います。途中で食ったお好み焼きの青のりです!!」
「どっちでもいいわっ! オイどーするよ!?」
「すみませんが副長、近藤局長が」
土方副長が山崎に制裁を加えている間に。
近藤局長によって残っていたたこ焼きは完食されてしまいました。
「じゃあ僕が買って来ます。たこ焼き1パックでしたよね?」
「あぁ、頼むぜ」
土方副長のツケでいいのでしょうか。
僕が、将軍様にたこ焼きを奢る義理はありませんから。
「行って来ます」
一旦は人混みのなかに駆け込み、そのあとはゆっくり歩きます。
顔も見たことのない将軍様のために走るなんて馬鹿げていますよ。
まったく……。
初めての祭りがこんなにも慌ただしいものになろうとは思いませんでしたよ。
「あ? よぅ悠助。何だよ、仕事か?」
「はい、将軍様の護衛です。銀時は祭りですか?」
「そ。肝心の櫓はあっちだぜ?」
「使い走りですよ、なんでもたこ焼きを所望なされたそうです」
「ふぅん、でもさっきジミーが走っていったような……」
「大丈夫ですよ」
ジミーって山崎のことですか?
将軍様の御元にはお届けできませんでしたから。
「にしても将軍の護衛ねぇ、憎くないのか?」
「将軍様を、ですか? 元攘夷志士としては否定しがたいところですが……。
今は、恩義がありますから」
「まぁいいけどな……。お前のことだけどさ、自分の出身地、覚えてるか?」
「いいえ、それがどうかしましたか?」
「長州だ、今度行ってみろよ」
「そう……ですね」
僕が、長州の出身ですか……。
ということは、銀時やヅラの出身も長州……ということですよね……。
「じゃあ僕はそろそろ戻ります、たこ焼きが冷めるとよくないと思いますので」
「そうか、じゃあ気ィつけて帰れよー」
「はい、銀時も祭りを楽しんでくださいね……なんだか嫌な予感がします」
早く戻ったほうが、よさそうですよね。
ドォオン──
「花火まで始まってしまいましたか」
平賀源外と言いましたかね、あのお爺さん。
確かこれはその人の見せ物でしたね。
妙なことをしなければよいのですが……。
「悠助! おせーぞ」
「すみません、っと……」
ガッシャ ウィー ガシャンッ──
「え……」
背後からそんな機械音が聞こえてきました。
振り返ってそちらを見ると。
バサッ──
たこ焼きを落としてしまいました。
だって、これは。
「てめっ、何してやがんだ!」
「ひ、土方副長。カラクリが……」
「あ……?」
見覚えのあるカラクリが、群れをなしていました。
これは、昼間に河川敷で見たカラクリ……ですよね。
「何ッじゃこりゃー!?」
「狙うは将軍の首よ!!」
土方副長の叫び声と平賀源外の怒鳴り声。
どちらが早かったのかは別としておきましょう。
カラクリは一挙に押し寄せて来ました。
「っ、櫓にはネズミ一匹寄せつけるな!!」
「はいっ!」
「大したことをしてくれましたね、平賀さん」
「真撰組か……わしを捕まえるのか? フン、好きにしろ」
「僕の名は悠助と言います」
「それがどうした」
「三郎という僕の知人は、いつも父親の話ばかり……でしたよ」
「……てめーも戦争に参加してたのか?」
「そんなに大したものじゃありません。
僕たちのいた頃はもう、細々とした活動だけだった……そうですから」
「あん?」
「記憶喪失なのですよ、最近少し思い出してきたところなのです」
「そうか、……てめーも大変だったな」
「どうでしょうね」
記憶のない僕に、そこまでを判断する術はありませんから。
「それでは失礼します。御安心ください、貴方のことは誰にも言いませんから」
一度浅く頭を下げ、その場を離れましたが。
「見事に擦れ違ったようだな、悠助」
背後から呼ばれ足を止めます。
そこにいたのは、やはりと言うべきでしょうね。
変装でしょうか。
僧衣を着ていますが……、その長髪ではただの生臭坊主にしか見えませんよ。
その艶やかな黒髪を利用して、いっそのこと女装でもしてみては如何でしょう。
「ヅラ、」
「ヅラじゃない桂だ。先程までここには高杉晋助がいた」
「……そんな感じはしていましたよ。だからこそ時間をずらしたのですから」
「何故だ。お前たちは常に互いを求め一緒にいただろう。逢う気はなかったのか?」
「逢いたくないと言えば嘘ですけどね、まだ……駄目です。今はまだ逢えません」
「何時になったら、逢うつもりだ?」
「高杉晋助という人間を思い出したときには逢いに行くつもりです。
今はまだその存在しか思い出せていないのです」
「そうか……」
本当に、僕は幸せなのだと思います。
信頼できる仲間がいて、僕を気遣ってくれるのですから。
「彼にもう一度逢ったとしたら、伝えてください。いつか必ず、逢いに行きますと。
彼ももう、僕が江戸で生きていることには気付いているはずですから」
ヅラが真剣に僕たちのことを想っていることは、十分にわかっています。
その心は本当にありがたく感じています。
「お前にとってあいつは何だ、高杉悠助」
ですが、今の僕に必要なのは真摯な表情でも優しい想いでもないのです。
「……俺にとって高杉晋助は空気だ。在ることが当然で、なくてはならねーもンだからなァ」
ククッ。
僕は知っているのですよ、桂小太郎。
貴方が仲間内に甘いことを。
だから、ごめんなさい。
今はその甘さを利用されていてください。
「副長、平賀源外のことですが。その息子さんはどうやら攘夷戦争に参加していたようです」
「それがどーしたよ」
「なんでも、攘夷派だったそうです」
「てめー……」
「詳しいことは知りませんよ、出先で耳にしただけですので」
「……」
「それでは失礼します」
僕もこれでも元は攘夷志士でしたから。
あっさりと切り捨てられた側の憎しみも怒りも、我が身のことなのです。
これくらいの優しい仕返しは、気にしないでいただけましょう?