一対 | ナノ





沖田隊長がスピーカで触れ回っていました。


曰く、近藤局長が女を取り合った挙句決闘に負けたそうです。


男として取り合われた女のほうも気になりますが。


侍として、あの近藤局長を負かす相手の実力も気になります。




まぁそんなことより今は目先の問題に注視しましょう。


土方副長、改めマヨラーが食糧庫のマヨネーズを全部使いきったそうです。


つまり今の真撰組屯所には副長専用のマヨネーズがまったくない状態です。


それだけなら放っておくのが得策というものですが。


どうやら調理用のマヨネーズもやられたらしく……。




それなら僕が行きますよと、引き続き非番の僕は引き受けてしまいました。


大した貧乏くじですよ。




「おーい、悠助じゃないか! 何してるんだ?」


「買い出しですよ、近藤局長。何処かのマヨラーが屯所のマヨネーズを浪費しやがっちゃったようです。とんでもない税金泥棒ですよね」


「あ、あれ? 今なんか物凄くイイ笑顔でとんでもないこと言っちゃった!?」


「気のせいですよ? そんなことよりその頬は一体……」


「ん? これか、ちょっと決闘で負けてな」




大したことじゃないさ、と局長は豪快に笑います。


あの、色々な意味で大したことになっていますけど?




「それより一人で買い出しなんて大変だろ? 俺が荷物持ちについていってやろう」


「あ、ありがとうございます」




歩きながら、近藤局長は決闘の理由を教えてくれました。




「俺の惚れた女に許嫁がいてな、その男と女──お妙さんを賭けて決闘したんだ」




今時、女を賭けて決闘ですか……。


流行りませんよ、そんなの。




「内部でもう噂になっていますよ」


「お妙さんのことか?」


「いえ、女を賭けた決闘に負けたということです」




しかも相手は卑怯な手を使っただの、相手の男は銀髪の武士だの。


そのうちとんでもない尾びれがつきますよ。


っていうかもうとんでもないことになっちゃってますよ。




「個人的なことに口出ししたくはありまませんでしたが、一つ言わせてください。

 真撰組を背負う大将なのですから、それを忘れないでくださいね」




それでなくても僕たちの評判が悪いのは知っていますよね?


どん底から更に穴掘って下に落ちてどうするんですか。




「そうだなァ……」


「……負けた割に、楽しそうですね」


「悠助にはわかっちまうかァ。それがな、……総悟ー!」




いきなり、大声をあげて手をふります。


その先には隊服姿の沖田隊長がいました。




「あれ、近藤さんと悠助じゃないですかィ。何してんでィ?」


「僕は買い出しです」


「俺は荷物持ちだ。総悟、トシはどうした? 一緒じゃないのか?」


「土方さんならこの上でさァ」




この上って……、民家の屋根しか見えませんけど。




「なんだってそんなとこに……」


「偶然見付けちまったんでさァ、銀髪の侍」




 キィン──




「金属音、ですね……」




刀と刀のぶつかりあう音。


いえ、これは……刀と、鞘?




「悠助、ちょっと見物していかないか?」




と、近藤局長が指差すのはその向かいの屋根。


丁度梯も架っている。




「……いいですね」




僕も気になっていたわけですし。




家の主に一言断って、僕たちは屋根に上りました。


屋根の高さはほぼ同じ、よく見えますね。


土方副長と刀を合わせている銀髪の侍。


なんか見覚えがあるのは僕だけですか?




「……銀時?」


「なんだ、知り合いか?」


「らしいですよ。なんでも幼馴染みなんだそうですけど」


「えぇっ!! マジなの!?」


「嘘でなければ、ですよ」




 ガッチャァアン──




「……向こうの屋根、修理中ですよね」


「多分な」


「ぶっ壊れましたねィ」




集英建設、と銀時の来ている半纏には書かれていますから。


自分で修理した屋根を自分で破壊しているってことですか?


報われないですよ、それ。




「まぁ今は観戦に集中しよう」


「はい」




近藤局長を負かしたという銀時の実力が、わかるかもしれませんしね。


銀時は副長の頭に蹴りを入れます。


が、土方副長はその崩れた体制から銀時の左肩を斬りました。


銀時の左手には、おそらく沖田隊長のものだと思われる刀が握られています。


が、何故抜かないのでしょう? あんなに強いのに。




あんなに?


何故あんなに強いとわかるのですか?




鞘走りの音。


銀時がゆっくりと刀を抜きました。




手慣れて、いますね。


先程の怪我にしてもそうです、慣れているように痛がるそぶりもありません。


どうやら彼を普通のなんでも屋と思うのはやめておいたほうがよさそうです。




「うらぁあっ!!」




副長が銀時に斬りかかります。


しかし斬れたのは先程まで銀時が止血に使っていたタオルだけ。


刀を振りきった直後というのは、誰にとっても隙のある姿勢です。


斬ろうと思えば斬れない筈がありません。


なのに。




 ガゥン──


 カラ ン──




銀時は刀を叩き折って、それでおしまい。


当然、副長が納得できる筈がありません。




「てめぇ、情けでもかけたつもりか?」


「情けだぁ? そんなもん他人にかけるぐれぇならご飯にかけるわ」




それはまぁ理論的に不可能ですが。




「喧嘩ってのはよォ、何かを護るためにするもんだろが。お前が真撰組護ろうとしたようによ」


「護るって……。お前は何か護ったってんだ?」










『銀時は何のために戦ってンだ?』


『んなもん決まってんじゃねぇか』










「俺の武士道ルールだ」










『お前は何のために戦ってんだ? あいつが戦うからか?』


『俺?』


『先生も言ってただろ? 人を斬るからには何らかの理由が必要だって』


『あぁ……彼奴のためだよ、  を護るため。  がいないと俺は壊れるだろうなァ』


『壊れるって……、』


『  がいるから俺がいる。俺がいるから  がいる。

 俺は自分たちの居場所を護るために戦うんだ。

 俺たちは二人でいて漸く、存在の意味をなすからなァ』










そういえば今朝の夢でも、同じことを言っていましたね……。










『俺とお前は二人でいて、初めて存在の意味をなすからよォ』










「どうかしたのかィ?」


「え……あ、いえ」


「面白ェ人だ、俺も一戦交えたくなりましたぜ」


「やめとけ。お前でもキツいぞ、総悟。

 アイツは目の前で刃合わせていても、全然別のところで勝手に戦ってるよーなやつなんだよ」




勝ちも負けも浄も不浄も、何もかもを越えた場所で。




「そろそろ、買い物に戻りたいのですが」


「ん? そうだな。……じゃあ総悟、後は頼むぞ」


「了解でさァ」




武士道だなんて、今更そんなもの。


幕府は堕落し天人の言いなり、そんな時代になってもはや久しい。


今時武士道なぞ気にする武士なんて、いないと思っていましたが。




「なぁ悠助、負けて尚俺が楽しそうだった理由はわかったか?」


「なんとなく、ですけど。……まるで漣のような奴です……掴みどころのない、」




だけれど、個人的にはどうも気に食わない。


見ているだけで、なんとなくなぶり殺したくなる。


こういうのを、いけ好かないとでも言えばいいのでしょうか。




「……悠助、あいつのこと何か思い出したのかい?」


「え?」


「いや、何かあの銀髪を昔から知ってるみたいな口振りだったからさ」


「そう、ですね……。断片的に、彼を思い出しているといったところでしょうか」


「そうか……」


「霧を掴むようなものですよ、そこにあることはわかりますが、なのに手を伸ばしても何も掴み取れません」




知っているのに、思い出せてはいない。


そう言えば適切でしょうか……。


もどかしい、というのが今の気分ですね。




「何、急ぐ必要はないさ。思い出せるときに思い出せばいい」


「そう、ですよね」




焦っても何も思い出せませんよね。


今できることを確実にすれば……。




僕と近藤局長はとりとめなく話をしながら屯所に向かいました。







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