何寝てんのよ。



「オリ!」
「オリ君!」

カヅサとエミナが、夕食中の私へ駆けてきた。
いつものように何か企みでもあるのだろうかと思っていたのだが、その思いは一瞬で消えた。
二人の表情が尋常じゃなかったから。

「どうしたの、何かあっ…」
「クラサメ君が、クラサメ君が…」
「何よ、あの変態がどうしたの…?」
「来るんだオリ君!」

ぐいと腕をひかれて走り出す。
途中で何があったのか聞こうと思ったのだが、聞けなかった。














シャッと集中治療室特有の薄いカーテンを開けると、そこにはクラサメ君がいた。
真っ白なクラサメ君。
至るところに白い包帯が巻かれて、まるで屍のように眠るクラサメ君。

ピッ、ピッ、ピッ

私が嫌いとする医療器具の音。
それに混じってクラサメ君が人工呼吸器によって呼吸する音。

真っ白なベッドに真っ白な服を着て横たわる真っ白なクラサメ君。
クラサメ君の腕につながっているチューブと人工呼吸器が彼の命をつなぎとめていると思うと、その線を切りたくなってくる。

「…四天王で生き残ったのはね、クラサメ君だけなの」
「生き残ったと言っても命が辛うじて繋ぎ止めてある状態なんだ。」
「……そっか」


「じゃあ、僕たちはこれで」

そう言ってカヅサとエミナは去って行った。




開く気配のない彼の瞼をずっと見ていると、なんだか悲しくなってきた。
本当に絶命しているように、ただでさえ嫉妬するような真っ白なその肌から更に血を抜いたような色をしている。

クラサメ君の命を繋ぎとめている線に触れないように、彼の柔らかな頬に触れた。
温かい、いっつも私の体を触ってくる変態の体温。

そっと肩を掴んだ。

「…ねぇ、起きてよ」

ゆさ、と少し揺らす。
起きて、起きて、起きて。
ゆさ、ゆさ、ゆさ。

カタカタカタ。
点滴の支柱が揺れたのでクラサメ君の肩をゆするのをいったん止めた。

―――まだ、起きない。

「…起きて、起きてよぉ……」

起きて、目を覚まして、と呟く声がだんだん弱くなる。
ああ、なんでこんなヤツのために、泣きそうになってんの。
泣くんじゃない、18にもなって泣くんじゃない。
そう念じたはずなのに、目頭が熱くなってクラサメ君のほっぺたに何かが零れた。

「何寝てんのよ…、いつもみたく変態になって話かけてよぉ……っ」

ひく、と喉が痙攣してうまく言葉を発せない。

「散々、触っといて…っ、ひっく、このまま放置、とか、馬鹿に、してんの…っ?」

抗菌された床に座り込んで、手を握った。
きゅっと握って、指を絡める。

馬鹿か、私は馬鹿か。
ちがう、こんなに泣いてあげてるのに目を覚まさないクラサメ君のほうが馬鹿に決まってる。

「この馬鹿…!、このまま、安らかに眠れるなんて、おも、ってんじゃないよぉ…!!」

ぎゅうっと指を絡めた手を握った。
このまま、この手を千切ってやろうか。
そんなことも思いながら一人で滑稽に泣いていた。




ぴく

「!」

ぎゅうっと握った手が微かに動いた気がする。
慌てて強く握りすぎた手を離そうとしたら、本当にちっぽけな力で握りなおされた。
本当に、軽く。
わかるかわからないかの強さ。

そんな力にも、私はまた涙を流した。


―――まだ、この世界にいたい。
そんな風に、心の中のクラサメ君が言った。
というか、握った手からその言葉を流された気がする。

「馬鹿、変態、スケコマシのアホ……!」

出てきた言葉はとてもではないけど怪我人に言うような言葉ではなかった。

でも、そのあとに私はこう言った。



「―――生きててくれて、ありがとう」

何にありがとうなんだとか、
何のためにありがとうなんだとか、
よくわからない。

ただ、一人だけでも生きて再び会えたことに感謝したかった。
どんなに変態でも、どんなにイケメンでも、どんなに馬鹿でも、クラサメ君が生きててくれてよかった。

なんか、私わけわかんない。


抗菌された部屋の中に、私は異分子のように佇んでいた。