愛しい



愛しい。愛しいから次を求める。
それは自然なこと。

求めないのは―――不自然なこと。












今日も講義がすべて終わり、日課とでもいうように隊長のもとへ行く。まだ6時、ということもあるのか人も多い。



見なれたドアをノックすると、中から『入れ』と愛しい声が聞こえる。

So.

だから入る。





いつもと同じ、彼の性格を表すかのような部屋。





その一角に彼はいた。



「…隊長!会いたかったです…」

「…さっきも会っただろ?」



ふ、と笑みをこぼしてくれる。眉目秀麗という言葉がピッタリな彼の顔をいつも隠すマスクは無く、マスクの代わりに口の横にある傷が目につく。



隊長に背後から抱きつき、首に腕を回す。
拒むことなく優しく受け入れ、まわされた私の手の甲にキスをする。




こんな時の隊長は砂を吐くほど甘い。





膝の上にくるように促され、乗せられる。




「ん……」


優しく甘いキスの雨。
柔らかくて温かい彼の唇と安心できる腕の温もりに酔いしれながら、ひと時を過ごす。

ちゅ、ちゅ、と何度もキスを落とされるものの、そこまで激しいキスはしない。



温かくて逞しい体に包まれながら、今宵も甘いひと時を過ごした。











1時間くらいそんなことを続けていた。




付き合い始めてから、月を4つ数えるほどになった。
時がたてばたつほど、彼への思いは一層強くなる。



その思いと一緒に、もっと愛してほしい、とも思うようになった。





というのも、繋がり合ったことがまだ一度もないのだ。彼も十分私を愛していると思うのだが、そういった行為に走ろうとしたことが無い。




だから、


「…ねぇ、もっと欲しい…」


そう訴えるのだけれども。


「……そろそろ遅い。自分の部屋に戻りなさい」



いつも、そうかわされる。


いつもいつもいつも、同じことの繰り返し。



「イヤ。私、隊長に触れてほしい。」

「駄目だ。明日も早いだろう…?」




頑なに拒む隊長。


こんなに拒まれ続けると不安になる。



私を本当に愛しているのか。
もしかしたら彼は、私を必要としていないのではないか。



そう思った。



「…っ、ぅ…」



途端に涙があふれてくる。
なんで泣くの。隊長に迷惑がかかるでしょう。


だけど、涙が止まらない。




「…オリ?」

「ねぇ、本当に隊長は私の事、好き、なの…?」



どんどん目の前がふやけてくる


「好きだっ、たら、なんで触れ、てくれないの…。」



「オリ、違う。私は――」









「もういい!隊長なんか嫌い!」




遂に言ってしまった。



もうその場にいることが耐えられず、部屋を飛び出す。



「おい!オリ!」




私を呼びとめようとする彼の声に立ち止まれなくなった。



そのまま私は一番静かな場所、クリスタリウムに向かう。













「う…っ、たいちょ…、…ひっく」



奥の本棚の陰で泣く。


涙は止まることを知らず、とめどなく溢れる。




どうしてかな

私に魅力がないから?

"女"じゃないから?


私の初恋は今。

だから当然のごとく、処女ということになる。




隊長はやはり、その歳に見合った大人の"女"のほうが好きなのだろうか。





どんどんマイナス思考が溢れてくるところに、声がかかった。



「……オリ君?」



カヅサの声だった。










不覚にも隠れていた本棚の隣に研究所への入り口があったらしく、見つけられてしまった。

とりあえず、薄暗い研究所へ案内された。


「…オリ君、何かあったのかい?」


いつもだったら"誰がこんなやつに"とか思うのだけど、マイナス思考でいっぱいな私には優しすぎる問いかけだった。


だから、話した。




付き合って4カ月にもなるのに、繋がり合ったことがないこと。
毎度毎度上手くかわされること。
まだ私は処女だということ。
もしかしたら彼は小娘より"女"のほうがすきなのかということ。

とにかくなんでも話した。



こういうときのカヅサはとても優しいんだな、と思った。

文句も言わず、だまって聞いてくれているから。




すべて話し終えると同時に私の心も幾分か落ち着いていた。




「……クラサメ君もひどいなぁ…。オリ君を…ましてや自分の彼女を放っておくなんて。」

別に放っておかれているわけではないのだが。



辛かったね、といって頭をなでてくれた。


こんなにこの男は優しかっただろうか。













ふと、思った。


隊長は本当に"女"が好きなのだろうか。

もしそうだったなら―――。



私が"女"になれば、触れてくれるのだろうか。

今よりずっと、愛してくれるのだろうか。




だったら、だったら。




私が"女"になるしかないのだろうか。







まだ子供の私は、言ってはいけないことを思いついた。

言ってはいけない。

だけど、もうそれしかないんじゃないか。


そんな気持ちに押され、吐いた言葉は―――









「カヅサさん…私を―――"女"にして下さい」



私と隊長の関係を知っているのはカヅサだけ。そんなカヅサにしか頼めない、子供の願い。




「オリ……。」


目を見開いて驚いているカヅサ。



「もう、こうするしかないです…。そうしないと、彼に愛してもらえないから…!」






少し、カヅサは考えるそぶりを見せた。


そして眼鏡を外す。

それから真剣な眼差しでこう答えた。




「…そんなに言うんなら仕方ないね。でもね、これだけは約束して?―――絶対に泣かないこと。泣いたらやめる。この条件でだったら、君を"女"にしてやってもいい。」






絶対にやってはいけないこと。


分かっていても、私は首を縦に振った。














「ん…ッ」


はじめて、隊長以外の人に口づけられた。

しかも、隊長とは全然違う激しい口付け。



怖い、怖いけど。

我慢しなきゃ。




なんども啄ばむようなキス。

唇を割って、熱いものが入ってくる。



「…んッ、…ふ…ぅ」



目をぎゅっと瞑り、集中する。

舌が絡まってはなれない。

何度も何度も角度を変えられて。


はじめての感覚に力が抜け、冷たい床に押し倒される。



「ん、…ひぁ!」


唇が離れ、耳が甘噛みされて、何とも言えない声がでる。

耳を舌でなぶられ、その間に衣服に手がかけられた。


カチ、カチ、と留め具が外されていく。


ひゅう、と冷たい外気が肌に触れてゾクゾクする。



そのままカヅサは首筋に顔を埋める。



熱いものが首筋から鎖骨まで這いあがって。

開いた衣服の間から手が入りこんで。


下着越しに胸を弄られる。




「……ひぁ、…ん…っ」


耐えられない快感。


甘い声がそれほど広くない研究室に反響するが、なぜか、その声が自分でも震えていると分かった。




違う。

違う。

この手は、この指は、この口は。


彼のじゃない―――。



私が欲しいのは―――。





その声に気付いたカヅサは顔をあげた。




そして、悲しそうな笑い顔をした。




「…泣いちゃったね?」




気づけば、頬を伝う涙。

心が、駄目駄目、隊長じゃないと駄目、と泣いている。




「ゲームオーバー。君は、僕なんかに抱かれるべきじゃない。」


「ふ、…ぅ、…カヅサさ…っ」




私の背中に腕をまわし、そっと起こしてくれる。

そんなカヅサにまた、涙が出そうになる。



ああ、私はなんて事をしてしまったんだ。



「ごめ…っ、ごめんな、さ…ッ…!」



「君には、クラサメ君がいるだろう?」




他の男にこんなことお願いしちゃダメだよ、と言われ、わたしはコクコクと首を縦に振った。



背中をさするカヅサの手は暖かかった。








カツカツカツ




不意に、誰かの足音が聞こえた。

その足音は近付いてきて、私たちの前で止まった。



「やぁ、クラサメ君。」

「カヅサ、お前……!」



洗われたのはほかでもない、クラサメ隊長だった。

すごい形相でカヅサの襟をつかんだ。


「オリになんて事を…ッ!」



隊長が物凄いオーラを出しているにもかかわらず、カヅサは至って普通の顔。それどころか、非情さを見せるように口が歪曲していた。



「クラサメ君こそ…オリ君の精神状態をよくもズタズタにしておいて、よくそんなことが言えるよね。」



隊長が目を見開く。


至極、普段のカヅサからはあり得ないくらいの非情さを含ませた声で続けた。





「オリ君がどうして泣いて逃げたのか、分かる?君に愛されていないんじゃないかと思ったからだよ。…ていうか、それくらいはわかるよね。」

「……」

隊長は黙っていたが、明らかに目が動揺していた。



「オリ君はね、自分がまだ処女だから愛されないんだとか、クラサメ君は"女"が好きなんだとか、そんな風に思っちゃってね。終いには、僕に懇願してきたよ。私を女にしてと。君じゃなくて僕にね。」


「……!!」



「意味わかる?そこまでするくらい追いつめられていたんだ。そこまでオリ君の心は傷ついていたんだ。いくら彼女が大切だからって、優しすぎるのもどうかしてると思うよ。」




私は乱れた上着も直さず、ただ、泣いていた。



「僕は用事があるからここで失敬するよ。オリ君を泣かせるか、或いは鳴かせるかは君の自由だから。」




カヅサはそれだけ言うと、研究室から出て行った。

去り際に、私にウインクしたような気がした。











少しだけ沈黙が流れる。



あれから隊長は、立ったまま動かない。








最初に口を開いたのは、私だった。



「……ごめんなさい、隊長…」



私自身も驚いた。
素直に謝罪の言葉が出てきたからだ。



「わがまま言って、迷惑かけました。……でも、私は―――っ!?」



いきなり、抱き締められて言葉がなくなる。

ぎゅうっと強く、強く。

やっぱり迷惑をかけても、彼は優しすぎるのだ。




「……すまない、私の所為だ。」


耳元でささやかれる。



「私だってお前の全てが欲しかった。だが、自分の感情のままに抱いてしまえば傷つくのはお前だとおもったんだ。だからそういった行為はしないと決めていたんだ。しかも今のご時世だからな。」


「……うそ、隊長…っ」


「ああ、私はオリを愛している。だけど、傷つけるのだけは嫌だったんだ。―――これじゃ理由にならないか?」



顔をあげ、額をくっつけて。

すでにとられているマスクがなく、彼の自重気味な笑みが見える。



「たいちょ…っ、ごめんな、さい……!」

「…私も済まなかった。」



そのまま、いつもの優しい口付けを施される。

やっぱり、隊長の優しいキスがほしかったんだ。


それを象徴するように涙が止まらない。




「帰ろう」




その言葉にうなずき、涙をぬぐって立ち上がった。