螺旋交差アンジェフラル 嗚呼、なぜこんなにも愛してしまったのか。 消えないクレバスほど、罪深きものは無い。 ―――クラサメ視点 ああ、まただ。 気づけば候補生オリを目で追う私がいる。 こんなにも1人の生徒に執着したことがあっただろうか。 オリを見る度、心臓が莫迦なくらい音を立て始める。 オリが声を発する度、鼓膜がしびれそうになる。 多分、私はオリの事が好きなんだろう。 それどころか愛してしまっているかもしれない。 「オイオリ!訓練の相手になれやコラァ!」 「もちろん。私でよければ。」 「オリ、ケーキ作ったんだが食べるか?」 「ありがとうセブン!」 日々、オリはいろいろな表情をする。 笑ったり、泣いたり、怒ったり。 0組のクラスメートの前ではの話だが。 これが私の前になると、淡々とした無駄のない話し方に変わり、完全に目上の者に対する態度になる。 本来ならばこれが望ましい態度なのだろうが、私はどうも気に入らない。 どうして他の0組の者にはいろんな表情を見せ、私の前だと無機質になるのか。 それだけが、彼女への不満だった。 * 講義がすべて終わり、0組の者はすべて自室に戻って行った。 だが私は課題の採点をするため、教室に残っていた。 はじめの10分くらいは黙々と作業していたものの、それからというものの、いつものごとく彼女が頭の中に浮かぶ。 (オリ……) いったい私はどれほどオリに溺れているのであろう。 ふと隣を通り過ぎたときに香った髪の香り。雪のように白い肌。時折見せる可愛らしい笑顔。 ひとつひとつ頭の中のスペースが彼女で埋められていき、鼓動も早くなる。 (―――まるで初恋の少年のようだ) 内心、自分を莫迦にしてみてもまったく鼓動が収まる気配がない。 それにしても―――。 毎日の何気ない仕草が、いつも私を翻弄させている。 髪を耳にかける仕草、マントを直す仕草、疑問が浮かんだときに首を少し傾げる仕草。 ちょっとしたことが、私を乱すのだ。 そんな。 そんな可愛い、愛しい彼女が自分のものになったらどうなるのか。 採点のためだけに動かしていた羽根ペンを置き、物思いに耽る。 今よりもっと、愛しい姿を見せてくれるのだろうか。 0組の生徒に見せるような、たくさんの表情をみせてくれるのだろうか。 そして、どんな可愛い声で喘いでくれるのだろうか。 (……まるで変態だな) そう思いながらも、少しだけ、少しだけ想像してみたのが莫迦だった。 『クラサメ隊長……好き…』 『ねぇ、今日は泊まってもいい、ですか?』 『…ん、っあ…クラサメさ…っん』 浮かんだ言葉が卑猥で、頭を横に振ってそれを流す。 『ぁ、ぁ、だめ、そこ……やっ、ん』 『なん、で……やめるの…?』 『っ、あ!くら…さ…め、さ…ぁ…っ!』 どれもこれも、近頃の欲望の果てばかりだ。 浮かぶ台詞にならい、頭の中のオリも卑猥な姿になる。 そう大きくない胸を露出させて喘ぐ姿、早くイかせてと懇願する姿、そして快楽におぼれながら私の名を呼ぶ姿。 いろんな姿を想像していたら、あることに気が付いた。 (嘘、だろう……?) ベルトの多いボトムに隠された、自身の雄。 それがボトムの下でも分かるくらい主張していた。 自分の身体は素直に『オリが欲しい』と訴えている。その事実に顔が熱くなった。 「っ……、」 認識した途端に酷く疼き始める身体は本当に素直だった。 とりあえず教壇に寄りかかりベルトを解いて雄を取り出す。 既に大きく硬くなっていたソレ。触れもしていなかったのに僅かながら先走りがこぼれていた。 きゅ、と自身を握ってみると、無意識に腰が震えた。 (すごく、熱い……) 性行為の経験はあるが、自慰をしたことがない。 自慰をすることに抵抗があったが、今はそれどころではなかった。 早く鎮めなければ。 「……っ、…」 ゆっくり握った手を上下させて自身を擦れば、ぞくぞくと背を這う快感。 次第に吐息を荒くさせていく。 先走りが先ほどよりも出ていて、手を動かす度にぬちぬちと卑猥な音をたてた。 空いている片方の手でマスクを取って、口を解放する。 自身を扱く手の動きが無意識に速くなっていく。 「オリ……っ、…オリ……ッ」 ただうわ言のように愛しい者の名前を呟いた。 ああ、好きすぎて、愛しすぎておかしくなりそうだ。 好いているのだけれども、愛しているのだけれども。 立場という段差の所為で生まれた「許されない想いなのだ」という考えと、愛しさが螺旋になって、どこまでも渦を巻いていく。 この気持ちを伝えるのは許されないこと。だから、こうやって自分を慰めることしかできない。 「…っは、オリ……好きだ、…好きだ……!」 気づけば、かなり大きい声で喘いでいたかもしれない。 ぶつけられない想いを、この冷えた空間にぶちまけた。 「…オリ、オリッ―――!!」 最後に1段と強く自身を扱いた。 愛する人の名前を呼びながら、私は自分の手の中で果てた。 どろり、と手を伝う熱い液体。 それを見た瞬間、なんて莫迦なことをしてしまったんだ、と後悔した。 ―――ここは放課後の教室だ。誰も入ってこないだろう。 そう思っていた私も莫迦だった。 愛しい人の名前を呼び続ける私を、ただ一人見ている人がいたことを、私は知る由もなかった。 ―――オリ視点 「……あ…」 いま、私が通り過ぎた所にクラサメ隊長がいた。 横を通り過ぎたときに香った、大人の香り。 私はこの香りが大好きだ。 クラサメ隊長は、かっこよくて、頼もしくて、強くて、とにかくすごい人だと思っている。 それに私はクラサメ隊長の事が好きなんだと、こないだ自覚した。 気づけば目で追っている私。 気づけば鼓動を早くしている私。 完全に彼に溺れている。 凛とした立ち振る舞いも好き、あの心地良い低い声が好き、無造作な髪形も好き、マスクに隠された端正な顔も好き。 全部全部、好き。 だけど、私は恥ずかしがり屋だった。 任務の報告をするときはせっかく話すチャンスなのに、どうも緊張してしまい無機質な話し方になってしまう。 そんな自分が嫌になる。 * はぁ、とため息をつきながら、私は0組教室へ続く廊下を歩いていた。 忘れものだ。今日の講義では使う資料がいっぱいあって、帰るときに取り残したんだろうか。 いまいちシャキっとしない体を引きずり、教室への扉に手をかけた。 ――その時。 『オリ……っ、…オリ……ッ』 「!?」 誰かが、私の名前を呼んでいた。思わず、肩を強張らせていた。 名前を呼んでいる声に耳を澄ませば、あのクラサメ隊長の声だった。 (なんで、私の名前を呼んでるのかな……。) その時、気づいた。 隊長の声は、僅かだが熱を孕んでいることに。 どくん、と心臓が音をたてて鳴り始める。 (何してるんだろう……) 教室から聞こえるその声。 内心、教室の中の光景は予想できたし、入ってはいけないと思った。 でも、中を見てみたい、という気持ちのほうが強かった。 ―――だから。 「………っ、」 息をのみ込み、音を立てぬようにゆっくりと扉を開けた。 僅かな隙間から、中をのぞいてみる。 私は、固まった。 夕焼けの所為で紅く染まった教室、そこに彼はいた。 「…っは、オリ……好きだ、…好きだ……!」 ただ、私を呼びながら。「好き」という言語を発しながら。自分を慰めている隊長がいた。 夕焼けに照らされたその顔はとても色っぽくて、聴こえてくる僅かな喘ぎもまた、酷く艶やかだった。 ありえないぐらいの速さで心臓が脈打っている。 (うそ……、私の事、好き、なの…?) 扉をまたゆっくり閉め、廊下に蹲る。 顔が熱い。すんごく熱い。 よりにもよって、大好きな人の自慰現場をみてしまうなんて。しかも、その人は私の名前をよんでいた。 好きって、私が好きって。 ―――私も、クラサメ隊長の事が好き。 そう言いたかった。だけど、私と隊長の間には、越えられない壁があった。 (立場…、か……) 生徒と教官、候補生と指揮隊長。身分が、あまりにも違いすぎる。 もし、仮に想いが通じ合ったとしても。 きっと、身分の所為で一緒にいることはできないだろう。 それに、戦場でそのような関係を持つなど、不謹慎極まりない。 (許されないんだ。許されないんだよ―――。) 膝の上に、ぽたりと涙が落ちた。 |