その醜い心にくちづけを


「いらっしゃいませ、クラサメ様」
「あぁ」

今日もクラサメ様が指名してくれたお陰で、私はこうして彼の側にいる。
クラサメ様が私を指名したのは今日で10回目、初めて会ってからひと月経った。

「髪の結わえ方を変えたのか?」
「変でしょうか……」
「否、良く似合っている。それに」

可愛らしい、と耳元で囁かれた。
彼の吐息が耳をくすぐり、心臓がどくんと音をたてた。

ちくちくと痛む胸。
果たして私は幸せを味わっていて良いのだろうか。
幸せになるために売られたのではない、お金を作るために売られたのだ。
こんなことをして良いはずがない。

「クラサメ様、」
「どうした」
「もうこんな関係、やめましょう」

彼が驚く気配がした。
私は下を向いた。
目の奥がツンとなるのをおさえながら下を向いた。
かしゃ、と簪が鳴る。

「もうやめましょう、こんな関係。私は男の慰み物なのですから、暢気に話などしていられないのです」
「オリ、何を……」

「私を抱かないのなら、帰ってください、そして…」

もう、来ないでください。
そう言いたかった。
言えなかった。
ぐっと肩を押されて押し倒されたからだ。

「ぁ…」
「オリ」
「…っ!」

耳元で名前を囁かれた。
聞いたことがない、これでもかと色気を含んだ声が体に入ってきた。

突然すぎて何が起こっているのかよくわからない。
だが、一度も触れたことのないこの布団に押し倒されているのが事実だ。
後頭部にクラサメ様の手が触れたかと思うと、簪を2本取られた。
かしゃん、と音が響く。

「…私は、お前を買おうと思った」
「っなに、を…言って……」
「本当の意味でだ、オリという娘を、一晩の時間ではなく、心も体も人生さえも……な。」

それは性懲りもなく、この店から出られるということ。

「だがお前は、そんなに他の男に抱かれたいか?」
「…っちが」
「なら、私が抱いてやる。他の男のように、お前を一人の遊女として」

まっすぐに、澄んだ翠に射抜かれる。
目を逸らしたかったけど、逸らせなかった。



「お前が拒んだとしても、私はお前を娶る」

拒否権は無いようだった。