その醜い心にくちづけを


あれから遊女屋が開くたび、クラサメ様は私のところに来た。
本当に何もせず、ただお喋りをしていくだけ。
赤白で染められたリボンを持ってきてくれたりした。
たまに持ってきてくれるお菓子も美味しかった。

というより不思議だったのは、クラサメ様以外の指名が入らないこと。
不思議に思った私はクラサメ様が帰った後、店主さんに聞いた。

「あぁ、クラサメって人がさ、お前を他の客と寝させるなって言ってきたもんだから。金はいくらでも出すって言われたし、断る理由なんかないだろ?」

私は仰天した。
確かに、男と寝るのは怖いとクラサメ様に言った。だけどまさか守ってくれるとは思わなかった。
クラサメ様の優しさに心がチクチクする。

「あんな男を初日から捕まえちまうとは、俺もビックリだよ」

あぁ、なんて優しいのだろう。
というより、あんなに格好良い殿方なら私よりも美しい遊女のほうが似合うのでは?
てか家庭は持ってないのだろうか。
あの人だったらさぞかし綺麗な奥様を迎えられるだろうに。




ごろりと自室に寝転がる。

「クラサメ様…」

呟いた名前は空しく響いて消える。
どきん、と胸が痛む。

撫でられた頭が熱くなったのを覚えている。
それと、彼が時折見せる微笑みが忘れられない。
優しさに満ち溢れたあの笑顔。
あの笑顔を持っていて軍人なのだから、本当に人間は恐ろしい。

「…くらさめ様」

何度名前を呼んでも足りない。
ずきずき胸が痛んでどうしようもない。
―――私、クラサメ様のことが好きなのかな?
よくわからない。でもこんな気持ちになるのは初めて。

だけど私は所詮遊女。
男の慰み物になる運命にあるのだ。

『淡い恋心を抱いても無駄よ、オリ。』
そう自分に言い聞かせてみるも、胸の奥で痛み続ける。


痛い。