その醜い心にくちづけを


今日で私は16歳。
そして今日から私は売られる。
だから今日から女になる。

なんでこんなことになったんだっけ。
そうだ、叔父と叔母が売りに出したんだった。
両親のことは思い出せないから、きっと死んでしまったんだろう。



朱雀にこんな場所があるとは思わなかった。
院から少し離れたところ、陰に隠れるように広がる遊女屋の明かりは紅とか紫ばかり。
……悪趣味。

私は売り子が客を待つ部屋に入った。
外とこちらは網を隔ててつながっており、外の様子を一望できる。
外からもこちらが見えるので、それを利用して客は誰かを指名するのだ。

大昔に伝わる「キモノ」というものを身にまとい、髪は各の自由らしいので適当に結わえて「カンザシ」を指す。
今の時代でかんがえたら相当華やかな格好だ。


他の遊女達は次々と夜を共にする相手が決まり、お部屋に入ってしまう。
そんなことに多少の焦燥感を覚えていたところ、私にも指名が入ってしまった。

「ただ今、参ります」

赤く染められた衣を靡かせ、私はお部屋に入った。
女になることに恐怖しながら。








「…ようこそ、お出くだ、さいました。オリ・イザナギと申、します」

ああ、どんな人がお客様なんだろう。
教えられた通りに言い、襖をあけた。

「早く、此処に来い」

なんと驚いたことに私を指名した客は、たいそう男前な男だった。
私はおそるおそる男のもとへ歩む。

……怖い、やっぱり怖い。
いくら相手が男前だろうが、やはり怖いのだ。
無意識に、手が震える。

「そう怖がるな。」

きれいな顔で苦笑される。
口元には大きな火傷の痕があった。
…痛そうだ。

このクラサメ様というお客様は、装いからして軍人のようだった。

「君、水揚げはまだだろう?」

水揚げというのは、遊女が初めて客と寝ること。

「……はい」

震える声で返事をする。
ぎゅっと握りしめた右手に爪が食い込む。

「ふ…、そう怖がるな。私は何もしない」
「え……?」

つい間抜けな声を出してしまった。
彼に手招きされ、彼の前に座った。




彼は優しかった。
真面目そうな顔をして冗談を言ったり、私の頭を撫でてくれたり、こんな大人に出会うのは記憶の中では初めてだ。
大人は大概、恐ろしいものだと思っていたのだが、それは大きな偏見だったようだ。

「君は幾つなんだ?」
「この年暮らせば、十と七つです」

そう答えれば、彼は渋い顔をした。
年端もいかない小娘が売られているのが気に食わないのだろう。

「そうか、程々にな」
「はい」

何が程々なんだろうか、私にはわからない。





「また来る」
「また、お越しくださいませ」

何時間かお喋りをした後、夜も終わらぬうちに彼は帰ってしまった。
―――本当になにもせずに。
何かされたと言えば、頭を撫でられたくらいだ。

「本当に、なんなんだろう……」

遠くに見えるクラサメ様の背中を見つめながら呟いた言葉は、赤く彩られた街道へ消えていった。






(…店主)
(はい?)
(今日私の相手をしたオリという娘だが、他の客には寝させるな)
(えぇっ、それはいくら旦那が色男だからって―――)
(金はいくらでも出す)
(、はぁ……)