その醜い心にくちづけを 今日で私は16歳。 そして今日から私は売られる。 だから今日から女になる。 なんでこんなことになったんだっけ。 そうだ、叔父と叔母が売りに出したんだった。 両親のことは思い出せないから、きっと死んでしまったんだろう。 朱雀にこんな場所があるとは思わなかった。 院から少し離れたところ、陰に隠れるように広がる遊女屋の明かりは紅とか紫ばかり。 ……悪趣味。 私は売り子が客を待つ部屋に入った。 外とこちらは網を隔ててつながっており、外の様子を一望できる。 外からもこちらが見えるので、それを利用して客は誰かを指名するのだ。 大昔に伝わる「キモノ」というものを身にまとい、髪は各の自由らしいので適当に結わえて「カンザシ」を指す。 今の時代でかんがえたら相当華やかな格好だ。 他の遊女達は次々と夜を共にする相手が決まり、お部屋に入ってしまう。 そんなことに多少の焦燥感を覚えていたところ、私にも指名が入ってしまった。 「ただ今、参ります」 赤く染められた衣を靡かせ、私はお部屋に入った。 女になることに恐怖しながら。 * 「…ようこそ、お出くだ、さいました。オリ・イザナギと申、します」 ああ、どんな人がお客様なんだろう。 教えられた通りに言い、襖をあけた。 「早く、此処に来い」 なんと驚いたことに私を指名した客は、たいそう男前な男だった。 私はおそるおそる男のもとへ歩む。 ……怖い、やっぱり怖い。 いくら相手が男前だろうが、やはり怖いのだ。 無意識に、手が震える。 「そう怖がるな。」 きれいな顔で苦笑される。 口元には大きな火傷の痕があった。 …痛そうだ。 このクラサメ様というお客様は、装いからして軍人のようだった。 「君、水揚げはまだだろう?」 水揚げというのは、遊女が初めて客と寝ること。 「……はい」 震える声で返事をする。 ぎゅっと握りしめた右手に爪が食い込む。 「ふ…、そう怖がるな。私は何もしない」 「え……?」 つい間抜けな声を出してしまった。 彼に手招きされ、彼の前に座った。 彼は優しかった。 真面目そうな顔をして冗談を言ったり、私の頭を撫でてくれたり、こんな大人に出会うのは記憶の中では初めてだ。 大人は大概、恐ろしいものだと思っていたのだが、それは大きな偏見だったようだ。 「君は幾つなんだ?」 「この年暮らせば、十と七つです」 そう答えれば、彼は渋い顔をした。 年端もいかない小娘が売られているのが気に食わないのだろう。 「そうか、程々にな」 「はい」 何が程々なんだろうか、私にはわからない。 「また来る」 「また、お越しくださいませ」 何時間かお喋りをした後、夜も終わらぬうちに彼は帰ってしまった。 ―――本当になにもせずに。 何かされたと言えば、頭を撫でられたくらいだ。 「本当に、なんなんだろう……」 遠くに見えるクラサメ様の背中を見つめながら呟いた言葉は、赤く彩られた街道へ消えていった。 (…店主) (はい?) (今日私の相手をしたオリという娘だが、他の客には寝させるな) (えぇっ、それはいくら旦那が色男だからって―――) (金はいくらでも出す) (、はぁ……) |