何よりも、私の心が彼に求めている言葉がある。
だけど実際に彼の口からその言葉を聞いた時、私はこの上ない程の虚しさを感じるのだろうと思う。
心に抱えているのは、ただただ激しい矛盾。
やはり人の心は複雑だ。
「……ねえ、ルイ」
幼い頃から通い慣れたマンションの一室。
少し開いたカーテンの隙間から姿を覗かせるのは、濃紺の夜空。
真夜中の空は、壊れてしまいそうな危うさの中に、どこか儚さをも浮かべているように思う。
「ん?」
私の声に、漆黒の瞳がこちらを向く。
一見優しげな色を持つその瞳の中には、隠し切れない冷たさが映り込んでいた。
「ん、何。どうかした?」
自分から名前を呼んでおいて何も言わない私を変に思ったのか、ルイは不思議そうな声を出す。
複雑な想いで、私は彼の漆黒の瞳を見上げた。
ルイはあの日、自分の心以外なら何でも私に与えてくれると言った。
もし私が言葉を求めれば、彼は望み通りの言葉をくれるのかもしれない。
“愛してる”
もし、私がそう言ってと頼めば――彼は何の躊躇いもなくその言葉を口にしてくれるのかもしれない。
あたかも本当のように嘘を口にし、優しく微笑んでくれるのかもしれない。
だけど。
「……ううん、やっぱり何でもない」
私は分かっているから。
中身の無い言葉には価値など無く、ただ受け取った方の虚しさを誘うだけだと。
愛を求めるが故求めた言葉は、かえって自分の心に傷を付ける事になるのだと。
だから、何も言わない。
だから、言葉は求めない。
「そう? アヤがそう言うならいいけど」
「……うん、いいの。本当に気にしないで」
不思議そうな表情を崩さない彼に静かに微笑み、その肩にそっともたれ掛かる。
ルイは私の行動にふっと笑みを零しただけで、その後は何も言わなかった。
言葉では無く温もりを求める事を選んだ私は、今夜も彼に縋りつく。
“愛してるって言って?”
喉元まで出掛かっていた言葉は、真夜中の空気に触れる事も溶け込む事も無く。
静かに、姿を消した。
midnight
(濃紺の夜空が、心を揺らした)
2010.12.11
(C)佑紗
一般公開 2011.01.01