乱雑に華奢な肩を掴んで壁に押し付ければ、涙で潤んだ瞳が恐怖に歪む。


そうだ、それでいい。


もっともっと、怯えればいい。支配され、拘束される恐怖に歪んだ瞳で俺を見上げればいい。


「なんで逃げたの?」


わざと穏やかな声を作って口の端を持ち上げると、彼女は案の定怯えたように俺を見上げる。



大きな瞳に滲んだ涙は今にも溢れ出しそうで、それがまた俺の中に根付いた支配欲を駆り立てる。


「逃げて……ない」


「へえ?」


細い肩を震わせながら、彼女は俺の視線から逃れるように目を伏せる。


「じゃあこの荷物は?」


彼女の足元に転がっている大きな鞄に目を向けると、彼女は「それは……」と言葉を詰まらせる。


ここは、俺と彼女が暮らす部屋。俺が、彼女を外界から遮断し、無理矢理押し込めている鳥籠。


無駄だと分かっていながら彼女は何度も何度も鳥籠から抜け出そうとする。


連れ戻される事を知っていながら、折れた翼を羽ばたかせようとする。


馬鹿な女。


素直に鳥籠の中に収まっていれば、こんな恐怖を味わう事も無いのに。


「嘘言ったって無駄。俺には全部分かってる」


柔らかい声に、不気味なほど穏やかな笑顔。


それが、頭ごなしに怒鳴り付けられるよりも強い恐怖を誘うと知っているから。俺はわざと微笑むのだ。


「逃げようとしたよね。これで何回目かな?」


そっと顎を掬うと、彼女は涙目で俺を見つめる。だけどそれも、俺の加虐心を誘うだけ。


きっと彼女は、この自由の無い環境を、鳥籠の中に自分を押し込める俺の事を、心底恨んでいる事だろう。


彼女の小さな体は、小刻みに震えていた。


「……ごめんなさい」


消え入りそうな声がそっと鼓膜を震わせると同時に、瞳に溜まっていた涙が頬を流れ落ちる。

だが、自業自得だ。


恨むなら、こんな男に引っ掛かった自分を恨め。


無知のまま鳥籠に入ってしまった自分の愚かさを、悔やめ。


「何か言う事無いの?」


彼女の瞳を見つめ、その白い頬にゆっくりと指を這わせる。


「許して……お願い。もうしないから」


「もし許さないって言ったら?」


纏っていた笑みをスッと消し、冷たさを孕んだ視線を彼女に向ける。


すると彼女は恐怖の海に突き落とされたかのような顔をし、体を硬直させた。


静かに涙を流し、怯えたように俺を見つめ、俺に支配される彼女を前にして。俺の欲求は次々と満たされていく。


「嘘だよ」


氷のように冷たい表情を消し、ふっと微笑む。


そしてゆっくりと彼女に顔を近付けると、甘ったるい声で「許してあげる」と囁いた。


「愛してるよ」


歪んだ愛の言葉と共に、恐怖に震える彼女の唇に噛み付くと、彼女は微かに声を漏らした。


そうだ、愛してる。


涙に濡れた瞳も、恐怖に震えた体も、俺の支配下から逃げ出せないその弱さも、何度も鳥籠の中から逃げ出そうとする無謀さも。


全部全部、愛してるから。


Never let go


――君は、俺の為だけに泣けばいい。


2011.09.12

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