「ペコちゃん一緒にご飯食べに行こう!」
「ペコちゃん今暇かな?一緒にスーパーに食材もらいにいこ!」
「ペコちゃん海見にいこ!あと貝殻拾いに行きたいなーって!ほら、お部屋すごく殺風景で悲しいから…ペコちゃんと私の分!可愛いの見つけようね!」
「ペコちゃんこの水着似合いそうだね!ねえねえ、ペコちゃんはどれがいいと思う?私の水着!」



何故、なぜあの娘は私に構うのだろうか。何故、こんな私に…あのような明るい娘が、一緒にいてもつまらないような女に構うのだろうか。
一度…不思議に思い、彼女に聞いてみたことがある。…なぜお前は…苗字は私の所へ来るのか、と。
すると彼女はそんな私を不思議そうに見て、それからおかしそうに笑うのだ。


「ペコちゃんと仲良くなりたいからだよ!」

彼女の真っ直ぐな言葉を聞いて、私の心は何故かふわっと…そう、浮き立ったのだ。






私は物心つく前から九頭龍家と、冬彦ぼっちゃんのことだけを考えていた。
私の存在意義はぼっちゃんの所有物として役割を果たすこと。私はそのためだけに生きる権利を与えられた。私は人間である前に、ぼっちゃんの道具なのだ。…そう、道具…なのに。

…私は、私の隣で呑気に貝を拾う苗字名前を見る。…私は、今…何故このような感情を抱いているのだろうか。
この小さな少女と一緒にいることができるこの状況に対して、何故こんなにも喜びを感じているのだろうか。…答えは簡単だ。嬉しかったのだ。…私に進んで話しかけてくれるような人間は、今までぼっちゃんしかいなかった。…だから、苗字が話しかけてくれて、私と一緒にいてくれることが、とてもとても嬉しかったのだ。



「苗字、貝殻は拾いは順調か?」
「うん!ペコちゃんは?」
「私は…貝を拾うお前を見ているだけで良い」
「えーっ、ペコちゃんも見つけてよ!ペコちゃんの拾ったやつと、私の拾ったやつ、交換して部屋に飾ろう!」
「わ、わかった…」


彼女は少し強引なところがあるが、とても真っ直ぐで心優しい少女だ。こんな状況でも、弱音を吐くことなく皆を気に掛ける、できた娘だ。私は、そんな彼女のことをとても好意的に思っている。だからこそ、彼女に付き合っている。ぼっちゃんに言われた通り、普通の高校生として振舞うという芝居も、もちろんだが…、それと同じくらい、彼女と共に過ごす時間を大切にしたかった。

私は苗字に言われて貝を探す。すると、銀色の何かが砂の間から光を反射して輝いていた。そこに向かい、砂をかき分けると、顔を出したのは銀色に近い貝殻。形も美しいし、こればら苗字も喜んでくれるかもしれない。早速苗字に声をかけると、彼女は私が手にした貝殻を見て、笑った。そして、私に薄いピンク色の可愛らしい貝殻を差し出した。


「はい、それと交換…でおっけー?」
「ああ…、随分と可愛らしい貝を見つけたな」
「うんっ!でも、ペコちゃんのもすごく綺麗だよ!銀色…ペコちゃんの髪の色とおんなじだね!私、大切にするっ!」

私の髪の色と、同じ貝…。それを嬉しそうに、大切そうに手に包む苗字を見て、また、私の心はふわっと浮き立った。
…楽しい。嬉しい。道具である私は、道具であることを忘れそうなくらい、…人間らしく、…人間らしく過ごしていた。












だけど、どうやっても、どうしても。いや、当たり前のことだ。…そう、私は冬彦ぼっちゃんの道具なのだ。私はそのことを誇りに思っているし、これから先この生き方を変えようとは思わない。だからこそ、大切なぼっちゃんの道具として…私は小泉を殺した。
最も大切なものを守るために、大切なものを捨てる覚悟が、私にはあった。冬彦ぼっちゃんにどうにか生きて帰ってもらいたく、私は裁判に臨んだ。


「お前たちと過ごした時間は、なんでもない」

私がそう言い放ったとき、苗字は泣いていた顔を手のひらで覆ってしまった。…罪悪感はあったものの、私にはぼっちゃんを生かすことしか頭になかった。
だけれども、結果はそうはいかず…私は、“おしおき”されることになった。だが、後悔はない。道具である以上…死は覚悟の上なのだ。

私は、そっとスカートのポケットの部分に触れる。固い感触…。苗字がくれた貝殻だ。学級裁判が始まる前に、私はそれを部屋から持ってきていた。これから彼女も陥れるというのに、…おかしな話だが、それを持っていることによって苗字に励まされるような気がしたからだ。彼女には、この島に来てから本当に世話になった。……。

チラリと彼女を見ると、苗字は覆っていた手を顔から放し、涙と鼻水でまみれた顔を私のほうへ向けていた。…ありがとう。私が言葉に出さず、口の形だけで彼女にそう伝えると、彼女は目を見開いて、かすれた声で私の名前を呼んだ。…私と彼女の関係は、これで終わりを迎えた。














「九頭龍くん」
「…どうした」
「私ね、ペコちゃんにね、貝殻貰ったんだよ。ほら見て、銀色…ペコちゃんみたいだよね」
「…そうだな」
「………私ね、ペコちゃん大好きだよ」
「…………オレも、…好きだ」
「ふふっ、一緒だねぇ」


それっきり、九頭龍くんは私に背を向けたまま口を閉ざした。
南の島に吹く風、とても心地いいね。窓を開けっ放しのコテージ、部屋には私と九頭龍くんと、ペコちゃん。ペコちゃんはいっぱいの装置に繋がれて、目を閉じている。


「気持ちいい風だねぇ、ペコちゃん、九頭龍くん…」
「……」


あなたもこの風を感じている。綺麗な銀色の髪が、さらりと揺れている。
私も九頭龍くんも、ずっと待っているよ。ありがとうって言うために、ずっとずっと、ペコちゃんのこと待ってるよ。






20120812




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