突然連れてこられた、南の島。見ず知らずの人間たちとの共同生活、そして殺し合いの強要。何もかもがキャパオーバーだった。
みんな、自分のことで精いっぱい。誰も、他人のことなんか気にかけちゃいない。いつ次の殺人が起きるか、いつ殺されるか、何もわからない。たまったもんじゃない。…今まで、自分が体験したことのないような…絶望と不安が、私の心を蝕んでいった。誰も信じることができない。怖い。怖い怖い怖い怖い…





「あのぉ…苗字さん…、ここにご飯、置いておきますね…」
「……」
「その…外も、暑いので…早めに取りに来てください…」
「……」
「……、…あ、…室内ばかりだと、体調も悪くなってしまいます…、そのぉ…たまには、みなさんに顔を見せてください…」
「……うるさい」
「ひぅう!あ、す、すみませんっ…!そ、それでは…!」


朝、昼、夜と私の食事を運んでくれるのは罪木さん、だっけ。超高校級の保健委員…学級裁判とモノクマに呼ばれた時以外は基本外に出ない私の世話を焼いてくれる。…でも私は彼女の持ってきた食事には一切手を付けない。…冷蔵庫をスーパーから持ってきて、その中に食材を沢山詰めておいた。無くなったら皆が寝静まった夜中に一人でスーパーに行く。…この状況では誰も信用できない。罪木さんが食事に毒薬を混ぜていないって保証はどこにもないからね。自分の身は自分で守る。当然でしょ。こんな状況なんだから。

罪木さん以外はほとんど、会話をしたことがなかった。(まあ罪木さんとも言葉のキャッチボールは成立しないんだけど)
だから名前だって覚えていない。かろうじて顔が分かるくらいだ。でも、それでよかった。人殺したちとなんか、付き合いたくないからだ。現にもう殺人が起きている。次に誰が誰を殺すかもわからない状況で、友情を築き上げる方が、愚かだ。



「(…だけど…)」


一人は、もっと不安だ。
だけど…どうしようもない。どうにもできない、悲しい。
閉じられた瞳から、一筋の涙が頬を伝い、枕を濡らす。……誰か、助けて。









そんな、ある日のことだった。小腹がすき、冷蔵庫の中身を確かめると、中身が空っぽだった。…はあ、またスーパーに行かなくてはいけないのか。
外を見ると、夜も深けていた。美しい夜景が広がるが、私にとっちゃそんなことはどうでもよかった。夜のモノクマの放送が終わってから結構な時間が経っている。…おそらく、皆もう寝静まっているだろう。
外に出ると、夜に罪木さんが置いていったであろうおにぎりと少しのおかずが目に入ったが、それも無視して、私はスーパーのある方角へと向かった。





スーパーの食材を大きなカバンに詰めて、私はスーパーを後にする。何度も行くのは面倒だから結構な量を詰めてきてしまって、かなり重い。
呼吸を荒げながら、来た道を戻っていた時だった。「あれ、苗字さん?」…!!

後ろからかかった声に、慌てて振り返る。すると、そこにいたのは病的なまでに白い肌をもった背の高い男がいた。…こいつは、分かる。狛枝だ。
いくら周りとの交流が無い私でも、こいつくらいは知っている。とんでもない奴だ。最初の学級裁判のときに、こいつの狂人さはよくわかった。私の中の要注意人物リストの上位なのだから。
そんなやつが、こんな夜中に…なんで…。

警戒しながら睨みつけるように狛枝を見ると、彼は困ったように笑いながら頭を掻いた。


「やだなぁ、苗字さん。ボクは何もしないよ」
「…うるさい狂人」
「狂人か…ゴミクズのようなボクにふさわしいあだ名だね」
「……」
「ねえ、苗字さん。重そうだね、それ。ボクが持ってあげようか?」
「いらない」
「そう?」
「……」


首を傾げて笑う狛枝を無視して、私は再び荷物を持ち上げ立ち去ろうとしたのだが、思いのほか荷物が重くて前に倒れてしまった。
転んでしまう。…そう思い、目をつむったとき、誰かが私を支えてくれた。…狛枝の腕が私の腹に回っていたのだ。ふわりと香った狛枝のにおいに、心臓が跳ねる。


「危ないなぁ、やっぱりボクが手伝ったほうが良いんじゃないかな」
「…あ、ぅ…」
「…?どうしたの?………もしかして、こうやって男に触られるの、はじめて?」
「……るさい」
「あれ、顔が真っ赤だよ?」
「うううるさいうるさいさっさと放して!」
「ははっ、分かったよ」


狛枝の腕がパッと放され、私は解放される。すると狛枝はそんな私を見てクスリと笑った後、私の持ってい荷物をひょいと持ち上げた。


「ほら、コテージまで運んであげるから」
「余計なお世話」
「さっき転びそうになってたのは、誰だったかな」
「……うるさい」
「ごめん、少し意地悪を言っちゃったかな」
「……」
「…ねえ、苗字さん。ボクが言うのもなんだけど、もう少し他人を信用してみても良いんじゃないかな」
「……あんたには関係ない」
「ねえ、此処には絶望だけじゃないんだよ。ちゃんと希望もあるんだ」
「……」
「希望の象徴である君が、それを信じないでどうするんだい?」


…さっきから、この男は何を言っているのだ。
此処には絶望しかないじゃないか。死んで…誰かが傷ついて…。そんなの…嫌だ。

私が何も言えないでいると、狛枝はこちらへ近づいてきて、私の頭を撫でた。それがあまりにも優しくて、戸惑ってしまう。こいつは、仲間を平気で殺そうとするやつなのよ…?いや、仲間はおろか、自分だっていつ死んだっていいとか、わけのわからないことを言っているおかしいやつなのだ。…なのに、なんでこんなに安心してしまうのだろう…。意味が、わからないっ…。

私が俯くと、狛枝は私の頭を撫でる手を止めた。そして、私の耳元に口を寄せる。


「ボクなら君を裏切らない」
「…え」
「本当に君たちを…君を尊敬しているんだよ、苗字さん。ゴミクズのようなボクが皆のような人と一緒にいることができるなんて、奇跡なんだ。だからね、ボクはボクなんかにできることがあったら何でもやる。…特に、ひとりで悩んでいる君のためなら、なんだってする。希望の…君のためなら、ね」
「……」
「一人で、寂しかったんだよね。これからは、ボクを頼っても良いんだよ」
「っ……知らない」
「ああ、苗字さん…!」



狛枝の言葉を無視して、私はコテージまで引き返す。狛枝が追いかけてくるのが分かったが、私は振り向かなかった。
…ただ、どうしようもなく胸が苦しかった。狛枝の言葉を信用するわけでは、決してないけど…。でも、それでも…久しぶりに、他人に気にかけてもらえて、嬉しかった。嬉しかったのだ。だから、逃げてしまった。自分でも、今、なんでこんな気持ちを抱いているのかが、わからなかったからだ。

結局狛枝は荷物はコテージの前まで運んでくれて、私は一言もお礼を言わずに彼と別れた。
荷物を運び終えて鍵をかけようとドアまで行くと、そこでカピカピになってしまったおにぎりとおかずを発見した。…罪木さんが置いていったやつだ。



「……」



明日から、食べて、みようかな。



狛枝も罪木さんも…全員が全員信用できるわけじゃないけれど…でも…。
一度、優しくされたら…求めてしまう。……私は、寂しがり屋で…一人では何もできない人間なのだ。……情けないけど、でも…それでも、変わらなければ…。人に助けを求めていてはいけない。…だけど、今日まで踏み出せなかった。でも、踏み出そうと思えた。そのきっかけをつくったのは、狛枝だ。………。今度、ありがとうって、言ってみようかな。……もちろん、きっかけを作ってくれたことに対しての礼ではなく、荷物を運んでくれたことに対してだ。……。ううっ、なんだか恥ずかしい。だけど…、…変わろう。踏み出して、それからまた考えよう。




広い世界で孤独になって

逃げてばかりじゃ、駄目だ。…前に、進まなくては



20120804


狛枝は善意なのか、それとも何か思惑があるのかはご想像にお任せします

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