「…苗字、我が邪悪なる暗雲の砦の前で何をしている」
「……た、なか…。ごめん…ちょっと、クラクラしちゃって…、…」
「おい苗字!…おい!…ぉぃ…、……」



ドッキリハウスに連れてこられてからというもの、私たちは食事を摂ることができずにいた。どれもこれもあの忌々しいモノクマのせいだ。
ドッキリハウスから出たければ、殺人を犯せ。…ほんと、最低なコトばっかり言う奴。大嫌い。…そう、最初はモノクマに対してだけ、イライラしていたのだが…。やっぱり、空腹はつらい。今は、モノクマのことを考えるだけでも倒れそうなくらい、困憊していた。いっそのこと、誰かを殺してしまおうか…なんて、ひどい考えが頭をよぎる。…それは、駄目だ。でも、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい…呪文のように、その4文字が頭を支配する。

私はフラフラとストロベリーハウスとマスカットハウスを行き来していた。お腹がすいてるのに下手に動くな、と思うかもしれないけど…動かないと空腹のあまり死んでしまいそうで、じっとしていられなかったのだ。

マスカットハウスのエレベーターに乗って、ストロベリーハウスまで来た。疲れ切った女の子たちは無理に付き合わすことなんてできないし…左右田あたりなら、もしかすると世間話に付き合ってくれるかもしれない…。あ、そういえばマスカットハウスにはお人よしの日向くんがいたなぁ…まあ、ストロベリーハウスまで来ちゃったんだし…左右田でいいかぁ…。
覚束ない足取りで階段を上り、左右田の部屋を目指す。…あれえ、そういえば……、左右田の部屋、どこだっけ…、あ、れ…

急に頭がクラクラして、私は近くの壁にもたれかかる。…ああ、やばい、熱い…
膝をついて呼吸を整えていると、上から声がしたので、見上げる。するとそこには田中がいて…。冒頭に戻る。







私が再び目を覚ましたのは、高級なベッドの上だった。
相変わらずお腹はすいているが、先ほどより気分はよかった。ベッドから上半身だけ起こすと、近くの机に小さなハムスターがいることに気づいた」


「あれ…確か…チャンP?」
「フッ、愚かな人間め。そいつはチャンPではない!そいつは破壊神暗黒四天王が一角、蜃気楼の金鷹、ジャンPだっ!」
「…ああ、そう」

やはり、田中の部屋だった。…多分、邪悪なる暗雲の砦(田中の部屋)の前で倒れた私を介抱してくれたのだろう。田中は厨二だけど優しい男という事は知っている。
布団から起き上がった私は、田中のベッドに座り、ジャンPを撫でる。するとジャンPは私の指に擦り寄ってきた。可愛いなぁ…。そう思っていると、田中が驚愕したような目でこちらを見ていた。


「貴様…ジャンPをそこまで手懐けるとは…、まさか…貴様は幽玄の地より送り込まれた刺客かッ!?」
「…あー、はいはい。というか、田中はよくそこまで元気だねー」
「当然だ。俺様を誰だと思っている。不滅の煉獄にして箱庭の観測者…黄昏を征きし者、田中眼蛇夢だ!」
「意味わかんねぇよ…。あー、お腹すいた」
「……貴様は、此処から出たいとは思わないのか」
「…そりゃ、出たいけど…。それは、仲間の誰かを殺す…ってことでしょ?…そんなこと、私はできない」
「では貴様はここでのたれ死ぬのを待つのか」
「………」
「……」
「…田中は、どう、思っているの」


私が田中にそう問うと、彼は私の手に擦り寄っていたジャンPを優しくすくいあげると、そのまま私に背を向ける。
何も語ろうとしない田中に首を傾げていると、彼は私のほうを振り向かずに話し始めた。



「…このままでは、死にゆくしかない」
「…そんなの、分かんない。モノクマの気が変わるかもしれないし…」
「それは無いだろう。奴は俺様に匹敵するほどの邪悪な存在だ。そう簡単にこの地獄を解き放つことはなかろう」
「…じゃあ、もしかしたら…脱出口があるかもしれない。…たとえば…まだ行ってない部屋…ファイナル…デッドルーム…とか?」
「…!」
「あ、でもとんでもなく危ない場所なんだよね…。それに、モノクマがそんな場所に出口を設置するわけ…ないか」
「……生を諦めて、死を選ぶことなど…生への冒涜に他ならない」
「…え?何か、言った?」
「……苗字、俺様は少し用事がある。…まだ、気分がよくないようなら暫くここで休むがいい」
「田中…?どこ行くの?」
「…果たして天国か地獄か…。いや、俺様が踏み入れる場所は闇に支配される場所…のみか」
「…え?」
「……ではな」


田中はそう言うと、部屋から出て行ってしまった。
私は追いかけようと思ったのだが、頭がふわふわしてきて気持ち悪いので、再び田中のベッドの上に沈んだ。
田中のベッドからは、なんだかいい匂いがした。意外。男の子って、もっと臭いのかと思ってた…。…って、失礼だよね…。…それにしても、落ち着くな…

お腹は満たされなかったが、温かい何かに満たされた私の意識は、深い深い何かに沈んでいった。










思えば、この出来事がきっかけだったのかもしれない。
私が口にしたファイナルデッドルームの存在。…そして、田中が最後に残した言葉の意味。




「ただ死ぬのを待つだけの生など、そこにいったい何の意味がある?」


「生を諦めて死を選ぶなど、生への冒涜に他ならない」


「ここで全員が緩やかに滅びにゆくよりは、ずっとマシだとは思わんか」




ねえ、田中。




田中の問いに、きちんと答えを出していれば…田中がこうならずにすんだのかな…。
いや、これは愚問だったね。田中はきっと、私と話してなくても…この道を選んだよね。田中は、誰よりも「生きる」ということを知っていたんだから。



田中がいなくなった後も私たちは生きている。あの建物にいた時とは違って、ちゃんとご飯だって食べてる。危険はあるけど…それでも、生きてる。
でも、私たちは…生きて、そして進まなくてはいけないんだ。前へ、未来へ。

田中は、何を思って、私たちに答えをくれたのかな。今となってはそれを知ることはできない。




ねえ、田中。最初はあんたのコト、すごく変な奴としか思っていなかったけど…この島で過ごした中で、助けてくれもしたし、おしゃべりだってしたよね。田中は、本当に優しい人だった。…だから、もっと一緒にいたかった。もっと、いろんなことを話したかった。教えてもらいたかった。…あんたが死んでから気づくなんて…情けない話だよね。でも、私は生きているからこそ、こんな思いを抱いたんだよね。



「ねえ、田中。地獄からでも天国からでもいいから、…はやく帰ってきなさいよ」



私の言葉は、澄み切った空の中に消えていった。





20120802




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