縫いつけられた両手は柔らかいシーツに沈んだ。私を見下ろす彼の汚らしいかぶりものから覗く灰色の両目は、相変わらずなにを考えているのかが全く分からない。彼の薄い唇が私の名前を囁く。

「名前ちゃん」

私はそんな彼の呼びかけに反応するように少しだけ顎を浮かせる、すると彼は決まって目を細めるのだ。これは私たち二人の合図のようなもので、彼はすぐにその細くて簡単に折れてしまいそうな手を私の首に回してきた。ゆっくりと、圧迫されて何とも言い難い吐き気が襲ってくる。
吐き気を何とかこらえながらうっすらと開いた目で彼を見上げると、先ほどとはうって変わったように唇の端を上げて私を見下ろしていた。


「苦しい?ねえ、苦しい?名前ちゃん」

切羽詰まったような調子でそう問いかけてくる蛇太郎くんに私はなにも言えない。言わない。だがそんな私の様子を気にすることもなく蛇太郎くんはさらにその細腕に力を込める。

「ねえ、名前ちゃんはボクちんのこと嫌いだよねぇ、こぉんな酷いことされてボクちんの汚い手で触られて、ボクちんのこと嫌いになってくれたよねぇ?」

蛇太郎くんは決まってこう言う。私はこの言葉を吐く蛇太郎くんになんて返したらいいのか、本当に分からなかった。今日も同じように答えられないでいると、蛇太郎くんはかぶりものを被っているのにも関わらず分かりやすく顔を歪めて私の首から手を放し、赤ん坊のように大きく大きく喚くのだ。そしてその後何もなかったかのように言葉を吐くのを止めると、じとりとその灰の目で私を見下ろす。


「ボクちんは名前ちゃんが分からないよ」
「ボクちんはただ、名前ちゃんに嫌ってもらいたいだけなのに」
「ボクちんは名前ちゃんの白くて細い首を毎日のように絞めてるのに、なんで、」
「・・・なんで名前ちゃんはボクのことをそんな顔で見るの?」
「ボクちん、わかんないよぉ。わかんなくてわかんなくて混乱して今にも頭が爆発して脳みそがぐっちゃぐちゃに飛んでいきそうだよぉ!」
「ねえ名前ちゃん、どうしたらいいの?教えてよ、ボクちんは名前ちゃんに、どうしたらいいの?」

蛇太郎くんは泣きそうだった。今にも壊れてしまいそうなほど、この子は脆いのだ。私は、こんな弱くて小さな蛇太郎くんのことが大好きだ。







見知らぬ部屋に監禁されてから、一年半が経とうとしていた。
とにかく怖くて怖くて、何より人と会えない生活が恐ろしくてたまらなかった。毎日ベッドの中で丸まり、毎日出される食事にもほとんど手をつけず身体はやせ細っていくばかりで。そんな窮屈と恐怖で支配された生活は突然、終わりを迎えた。

その日もいつも通りベッドの中で眠っていたはずだったのに、その次に目を覚ますと見知らぬ部屋で眠っていたのだ。何しろ一年半も監禁されていたものだから、見慣れぬ景色は私の頭を一気に混乱に陥れる。

急いで身を起こそうと試みたのだが、じゃらりと金属の擦れる音が聞こえてきて、初めて自分の腕が鎖で繋がれていることに気づく。「ひっ」短く悲鳴を漏らした後鎖を引っ張って取り外そうと試みたがそう簡単に外れるわけもなく、さらに私の頭は混乱した。更に鎖を外そうともがいていると、「あああああっ!!」誰かの大きな声が聞こえてきてビクリと固まる。恐る恐る視線を向けると、不気味なマスクを被った男の子がそこにいた。


「だ、駄目だよぉ、そんなことしたら腕が傷だらけになっちゃうよ!」

彼はどたどたとこちらへやってくると私の腕をつかみ、そして撫ではじめた。彼はいったい何者なのだろうか、見たところ私と歳は近い気がするのだけれど。身体を強ばらせて何も言えないでいると、不気味なマスクを被った彼はしばらく私の腕を撫でた後、ほっと一息ついて「良かった、痕は残ってないみたい」と漏らす。私は震える声で恐る恐る聞いた。


「あ、あなたは誰なの?」
「ボクちんは煙蛇太郎だよぉ」
「けむり、くん?あなたは、なんで、此処はどこなの?」
「此処はボクちんのお部屋だよぉ。石丸名前ちゃんは、ボクちんの部屋のベッドの上にいるんだぁ。なんだかエッチな響きだねぇ」

にやりと笑う煙蛇太郎と名乗った目の前の少年。いま、いま、なんで私の名前を?なんでこの子は私の名前を知っていたのだろうか。まさか、私を一年半の間監禁していたのは、この子だというのか?

「あっ、ボクちんが監禁していたわけじゃないよぉ。ボクちんはどっちかというと名前ちゃんを保護したって感じかなぁ」
「ほ、保護?」
「そう、保護。外に出たらこわぁい魔物がうんといるから、弱い弱い名前ちゃんなんてすぐに殺されちゃうんだよ」
「こ、殺す?」
「そう、殺されちゃうんだ。だからボクちんが名前ちゃんを守ってあげるんだ。誰にもつれて行かれないように鍵もちゃんとかけてあるんだよ。名前ちゃんはここでずぅっとボクちんと過ごすんだよ」
「い、意味が分からないよ、殺すとか、魔物とか、ほ、保護とか、意味が分からないよ。そ、そもそも私はあなたを知らないし、突然こんな、わ、分からないよ、私、」
「えへへ、怯えた様子の名前ちゃんも可愛いなぁ。ますます興奮しちゃう」

そう言うと煙蛇太郎と名乗った少年は私のいるベッドに上がってきて、とっさに逃げようとしたのだが繋がれた鎖のせいで逃げることができない。そうしている間に彼が距離を詰めてきて、私の頬をするりと撫でた。

「、ひっ」
「怖い?大丈夫だよ、ボクちんは名前ちゃんのことを大切にしてあげるよ」
「な、なら、ここから出してよ、私、お家に帰りたいよぉ」
「えっそれは駄目だよ!名前ちゃんはもうボクちんのなんだよ!家に帰るとか、そういうのは絶対絶対駄目なんだよ?」
「やだ、やだ、怖い、お兄ちゃん、お兄ちゃん、助けてっ、怖いよ!」
「あ、ちょ、ちょっと名前ちゃん!」

手に繋がれた鎖を外そうと引っ張ると、鎖と金属が擦れる鈍い音が響いた。涙を流しながら無理矢理引っ張ったおかげで腕に血が滲んでくる。それを見た蛇太郎くんが、私の腕を押さえつけた。


「放して、放してよ!」
「……」
「放して!ほんとうに、やめてよ!放して、放し、て…?」
「……」

突然何も反応しなくなった蛇太郎くんの様子に、私は違和感を感じて彼を見ると、不気味なマスクの下でその薄い唇がこれでもかというほどつり上がっていた。

「な、なんで、笑ってる、の?」
「ねえ、名前ちゃん。今、腕とっても痛いよねぇ、こんなに思い切り血が滲むくらいだから、とってもとっても痛いんだよねぇ?」
「、え」
「それに、名前ちゃんの目はうさぎより真っ赤っかだよ。ボクちんがイヤでイヤでイヤで泣いちゃったんだよね?ボクちんに一刻も早く消えてほしくて泣いちゃったんだよねぇ?」
「ねえ、名前ちゃん」
「名前ちゃん」
「名前ちゃん」
「…可愛いなぁ」

囁くようにそう言った蛇太郎くんは、その小さくて骨ばった手を私の首に巻きつけてきた。驚いて逃れようとしたが、蛇太郎くんがそれを許さなかった。ゆっくりと首を絞められて、息が上手くできない。喉の奥から何かが這いあがってくるような、そんな気がして彼の手から逃れるように首を動かすが、そんな抵抗は何の意味もなかった。薄らぐ意識の中、蛇太郎くんの子供らしくない恍惚したような目つきで私を見据えていたのがひどく目に焼き付いた。



20141022



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