洗面台に縋り付き出し終えると、幾分かは落ち着きを取り戻すことができた。
ふらふらと歩いてベッドまでたどり着くと、そのまま倒れこんだ。…なんなんだろうか、これは。

つい先日から嘔吐を繰り返したり、食べ物のにおいを嗅ぐと気分が悪くなったりする。
超高校級の保健委員である罪木さんに看てもらったのだが、体には特に異常はないらしい。……この症状は、色々と……そう、まったくそんな行為をしたことは、ないのだが…妊娠とも、似ていて…少し気になったから、スーパーにあった妊娠検査薬なので調べてもみたのだけれど、そんな様子もなくて…いや、なくて当然なのだけれど…まあ、とにかく異常はない、みたい。

ただ、ずっと症状が続くから……。罪木さんは慣れない状況が続いて疲れているのかもしれませんねって言ってくれたんだけど…、でも……、まあ考えたところでどうしようもないし、仕方ないよね。






いつものように一人で浜辺を散歩していたら、近くから耳障りな声が聞こえてきた。
ちらりとそちらを見ると、ソニアさんとソニアさんに害虫のように近寄る左右田の姿が見えた。途端にとても不快な気持ちになる。
ぎゃーぎゃー喚いて釣り合うはずのない相手に鼻の下伸ばして気持ちの悪い男。見るだけでイライラするわ。
私が顔を顰めてそちらを見ていると、ソニアさんが私に気づいたみたいで、こちらに近寄ってきた。もちろん、左右田付きで。


「苗字さん、お散歩ですか?」
「まあ、そうですけど」
「よろしければご一緒に夕日に向かって走りませんか?」
「まだ朝ですし、面倒なので遠慮します」
「あら…残念です。私、苗字さんと夢にときめけ!明日にきらめけ!と夕日に向かって叫びたかったのに…」
「なんだかいろんなものが混ざっている気がしますが、お断りします」
「おい苗字!せっかくソニアさんに誘っていただいたんだから断るなよ!」


…はあ。



「左右田、うるさい」
「あ?なんだと!?」
「君みたいなのに耳元で騒がれると、とても不快。早くどこかに行ってくれないかな」
「は?なんでお前にそこまで言われな「ストーーップ!喧嘩はおよしなさーーーい!」…ソニアさん…」
「すみません苗字さん、私が無理に誘ってしまったばかりに苗字さんを不快な思いをさせてしまいました…」
「…いいえ、大丈夫です。それでは」
「お、おい苗字…」
「………」


左右田の声を無視して、私は浜辺を後にした。どうも、イライラする。左右田を見たら、イライラする。ソニアさんに鼻の下を伸ばす左右田を見たら、イライラする。……。なんだよ、この気持ち。まるで、私が左右田に恋をしているみたいじゃないか。…ありえない。あんな奴。まともに話したこともないし、ああいう軽薄そうなタイプは大嫌いだ。…大嫌いだ。



ああ、早く帰りたいな。帰ったら、こんなにイライラしなくて済むんだろうな。あんな、左右田の顔なんて見なくて済むんだろうな。





















「はーい、大正解でーす!そう!今回のコロシアイで左右田クンを殺したクロは、苗字名前さんなのでしたー!」



私はただ、早く帰りたかった。早く帰って、早く帰りたくて…それから、それから?
皆が私のことを変な目で見てくる。…それは当然だ。たった今学級裁判が閉廷して、今回のクロが決まったからだ。

…そう、今回のクロは私。私が左右田を殺したんだ。
動機は…早く帰りたかったから。そして左右田の顔を見たくなかったから。……おかしな話だよね。殺すつもりなんて殺すまではこれっぽっちもなかったのに、いざその瞬間がきたら人間って簡単に人を殺せちゃうんだ。…自分でやっておきながら、なんでだろう。涙が止まらない。



あの時、左右田に呼び出されて。この間のことで謝りたいって言われて、私もその話を黙って聞いていた。結局この間のことは左右田が謝ったことでちゃらになったんだけど、そのあとに世間話みたいになって、左右田のことは気に食わないはずだったのに、何故かその時はとっても楽しくて。でも、だんだん左右田の話はソニアさん中心になってきて、どうしようもなく心が掻き乱されて、彼の話をとめたくて、吐き気もして気分が悪くて、…いろんな思いがぐしゃぐしゃに混ざり合って…それから、近くにあった石で左右田の後頭部を殴ったの。スッキリしたと同時に、涙が溢れて止まらなかった。じくじくとお腹の下の方が痛んだの。これで帰れるねって、じくじく泣きながらしくしく喜んだの。









おしおきの直前、思い出が脳裏をよぎる。…ああ、これが走馬灯というやつか。なんて考えていると、その思い出の一つに左右田が見えた。その横にいたのは、ソニアさんではなく。私…だった。ただ、今よりも少しだけ成長していて、二人とも大人っぽかった。私は椅子に座っていて、左右田は私のお腹に耳を寄せていた。その瞬間、すべての記憶が蘇った。





「かずい」





少女の言葉はそこで遮られた。





20130223

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