ペコが俺の前からいなくなってから、俺の心をいつも覆う黒い影。苦しくて苦しくて、どうしようもなくて。俺の胸にはポッカリ穴が開いたどころか、その穴はどんどんどんどん広がって行って。あいつに斬られた眼がじくじくと痛む。それはまるで俺を責め立てるようで、ひどく胸が詰まった。
だけど、あのことがあってからしばらく塞ぎこんでいた俺だったが、少しだけ、…少しだけ変わることができた。それも、苗字のおかげだった。


苗字名前は、超高校級の音楽家。暇なときはいつもホテルのベランダの日陰で得意の楽器を奏でていた。
あいつの奏でる旋律はいつも綺麗で、でもどこか物悲しくて。…することもない俺は、いつも彼女の音楽を聴いていた。たまに演奏を中断しては、俺に向かって微笑んでくる苗字にツンケンとした態度しか取れなかったりしたが、それでも苗字は毎日優しく笑ってくれて、笑顔で音楽で俺に癒しをくれた。


ある日、苗字が奏でている曲がやけに耳についた。俺が何気なく曲について聞いてみると(そういえば、こいつと会話をするのはこれが初めてだった)苗字は嬉しそうに持っていた楽器を大切そうに抱えながら、俺に説明する。



「これはね、レ・ジャルダンっていう曲。日本人の作曲家さんが作った曲なんだよ」
「レ…ジャル?」
「そう、レ・ジャルダン。フランス語だよ。この曲は、3つの曲で構成されているんだけど、その中の「Le jardin du peintre」…画家の庭って意味の曲なんだ。とっても綺麗で夢見心地って感じの曲でしょ」
「…俺には、夢見心地…というより、儚く聞こえた」
「うん、それもあるかもね。ひとときの夢…って感じかな」
「……」
「…音ってね、残らないのよね。一瞬のものなの。空間的…っていうのかな。だからこそ、美しいんだよね…だからこそ、毎回違った味を出せる。この曲だって、私以外のひとが奏でたら、また違って聞こえる…」
「一瞬だから、美しい…」
「…うん。…それは、どんなものでも…一緒だよね…だって…、………………」


そういいながら儚げに笑う苗字。俺は、苗字の最後の言葉に、どう答えていいか分からなかった。

















「死体が発見されました」



なあ、苗字



俺は、やっぱりお前のあの言葉は理解できねぇ。
どんなものでも、一緒。…お前の言いたかったことは、人間も同じ、ってことだろう?
どこが美しいもんか、どこが…どこが、美しいもんか。


目の前には血に濡れた苗字。死体発見のアナウンス。俺の後ろで叫び声をあげるソニアや左右田。
俺は、何も叫ばなかった。…ただ、頬を伝う何か。…。



「人の命も一瞬…だからこそ儚くて、美しい…からね」


レ・ジャルダンを聴いた、あの日の最後に苗字が漏らした言葉。


「全然、…美しくねぇよッ…!!」



彼女はもう何も奏でることなく、静かに横たわるだけだった。





20120825




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