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「おおお、暫く見ない間に腹筋付いたんだねぇ。」

堅物で有名な六番隊隊長、朽木白哉。そんな男の死覇装の襟元を大きく開かせ、無駄な肉付きの全くない引き締まった腹筋を無遠慮に拳でトントンと叩く女。そんなことができるのはきっと、彼女ぐらいなのだろう。彼女は四番隊六席、桜倉唄。歳は白哉と同じか、少し下だろう。白哉の腹筋を触りながらも、彼女の目は至って真剣だった。当の白哉は、とても気まずそうな顔をしている。

「昔はあんなに華奢だったのに、変わっちゃって。」

「……当たり前であろう、私とてもう良い歳だ。」

「まあそうだけどね、すごく逞しい腹筋だ、羨ましい。」

男と女でこうも体つきは変わってくるものなのか、などと考えながら、唄はまじまじと彼の腹筋に視線を這わせていた。白哉は昔から鍛錬を重ねており体つきも良かったが、今では腹筋だけではなくその目つきや身長、肩幅までもが男のものとなっていた。唄はそんな幼馴染の体の変化を目の当たりにし、世を儚むような目をした。

「いやー、男の人の体って、本当に変わるんだね。」

「……女も同じであろう。」

「え、本当?私何か変わった?」

白哉は一瞬答えに困ったような顔をした。唄の死覇装から見え隠れする胸の谷間に目をやった後、決まり悪そうに目を逸らした。

「そのような事は良い、早く診察を初めてもらえぬか?」

「腹筋……」

「年頃の女が男の体をそう易々と触るものではない。」

遊んでいるように見えても、今日は一応健康診断である。唄は残念そうに彼の腹筋から手を離した。白哉は安心したような、少し名残惜しいような、複雑な気持ちになった。

もしこれが他の女性死神ならば、即座にその手を振り払っていただろう。しかし彼は、意中の女性に自分の体を触られているのである。いくら彼が冷徹で必要以上の馴れ合いを好まぬ性格であったとしても、その手をぞんざいに扱うことはできない。所謂、惚れた弱みというものである。

「そんな寂しいこと言わないでよ、一緒にお風呂入った仲じゃん。」

「昔の話であろう……。」

「まあそうだけどさ、今度また一緒に入ろうか!」

「……断る。」

実は彼が心の中で共に湯浴みをする仲になりたい、と思っていることはここだけの話である。唄はその言葉を笑って受け流し、聴診器を付けた。チェストピース部分を彼の胸の辺りに当てれば、普段よりも少し速く大きく脈打つ心臓の音が彼女の鼓膜に響いた。

「少し動悸が早いね、お酒とか飲んでないよね?大丈夫?」

「あ、ああ。」

よりにもよって何故彼女が自分の診断の担当になってしまったのだろうか。白哉は自分の鼓動を鎮めようと必死だが、こればかりは自分でどうこうできるような問題ではない。頭の中でどう思おうが、心臓は正直者である。好きな女性に過度なスキンシップをとられた後だ、正常な心拍数が測れる訳がない。一方、彼の気持ちに全く気付いていない唄は少しだけ速い彼の動悸に首を傾げていた。具合が悪そうにも見えないし、彼が体調管理の出来ない不届き者にも見えない。

「走った?」

「……走ってない。」

「変な物食べた?」

「何も食しておらぬ。」

「うーん、じゃあ緊張してる?」

「…………。」

唄は彼の腹筋に落としていた目線をちらりと上げた。彼の目は彼女を見ていない。何ともなしに言ってみた一言が、どうやら当たってしまったらしい。彼女はまた新たな疑問を抱くこととなってしまった。緊張しているというならば、何故彼は緊張しているのだろうか。人一倍肝の据わっていそうな彼を動揺させてしまうことが、この先起ころうとしているのだろうか。例えば、ものすごく強い虚討伐の任務とか。……当の本人は、原因が自分にあるということに全く気付いていない。

「……一つ、問いたい。」

「何?」

「お前は、他の男にもこうも馴れ馴れしく接しているのか?」

「馴れ馴れしい?私が?」

「……お前以外に誰がいるというのだ。」

「だ、だって、白哉は一応幼馴染だし……敬語使った方がいいの?それとも朽木隊長って呼べばいい?」

「そのような話をしているのではない。」

白哉は少しだけ声を荒げて言った。彼女が鈍感なのは今に始まった話ではないが、これは鈍感どうこうではなく、むしろ空気が読めないと言った方が正しいだろうか。
しかしこればかりはどうしようもない。きっと口で言わなければ彼女は白哉の言葉の意味を知ることができないだろう。

「……お前は、他の男の体も気安く触るのか、と訊いている。」

「それは、まあ……四番隊だし、聴診器は胸肌蹴てもらわないと使えないし……」

「そうではない……。他の者にも腹筋を触るなどといった過度のスキンシップをするのか、と訊いているのだ。」

もはや呆れ声である。訊くのが気恥ずかしいのか、彼は少し早口だった。唄は一瞬だけ目を丸くしたが、漸く意味を理解し、ケラケラと笑い出した。

「そんな訳ないでしょ!こんなことできるの白哉ぐらいだよ!」

「……そうか。」

「何その安心したような顔!もしかして嫉妬?嫉妬なのか?……ん?」

始めは愉快そうに笑っていた唄だったが、その顔から次第に笑顔が引いて行った。彼女の目に映っている白哉は何も言い返さず、ただ真摯な眼差しで彼女の目を見つめていた。言わずとも、察して欲しい。その目には、彼が長年口にすることの出来なかった言葉が沢山詰まっていた。

唄はここまでの事態を目の当たりにしてもなお、それに気付くことができないほど空気の読めない女ではない。彼女の形の良い唇が見えない力に引き動かされたように開かれ、空気と共に言葉が吐かれた。

「まさか、私のこと好きなの?」

白哉は何も言わなかった。唄はそれを口にしてしまってから慌てて自分の口を押さえた。言ってしまえば、きっと後戻りはできなくなってしまう。彼女は自分で問うておきながらも、白哉の口からその答えを聞くのがとても怖かった。何故なら、彼女は彼を今まで一度たりとも異性として見たことがなかったから。
そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、白哉は一向に口を開こうとしなかった。実は彼も怖いのである。自分の気持ちをはっきりと伝えてしまえば、きっと彼女の答えが返ってくる。彼はそれを聞くのが恐ろしかった。彼は唄が自分に恋愛感情を一切抱いていないことなど十分理解しているのだ。

「何とか言ったらどうなの!」

「……好きに捉えて貰って構わない。」

白哉の瞳がすっと離された。唄は少しだけほっとした。このまま彼に見つめられていたらきっとおかしくなってしまう、という漠然とした不安があったのだ。全く、心臓に悪い男である。今までその様な素振りは全く見せなかったというのに。隊が違うのであまり関わりはなかったが、まさか私をそのような目で見ていたとは。ムッツリにもほどがある。……などと心の中で悪態はついているものの、唄の心拍数は白哉に引けをとらないほどであった。

「あの、さっきの。」

「……何だ。」

「さっきの、今度一緒にお風呂入らないかって言ってたやつ。……悪いけど撤回させてもらう、なんとなく自分の身が危ない気がするから。」

「そうか、賢明な判断だ。」

わざわざ丁寧に訂正しなくても良いことを、顔を真っ赤にして言う唄。彼女の反応を見ると、二人がそのような仲になるのもそう遠い未来ではないのかもしれない。



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