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嵐は去ったようだ。空にはぷかぷかと、暢気そうな気の抜けた雲が、窓越しに去っていく。病室に閉じ込められたままの私は、ただぼんやりとそれを眺めていた。目的がある訳ではない。ただ、こんな自分を見るのが嫌で、目のやり場は自然と遠くへ向いていたというだけだ。窓の下を見れば、せわしなくうごめく死神たちが小さく見えた。あれだけの反乱があったのだから、負傷者の数も多いのであろう。まあ、そのうちの一人が、私なのだが。窓の外を見ていたのは、決して見舞いに来る者を心待ちにしているからではない。ただ、何となく、目のやり場がないからだ。

窓と正反対の方向に目を向ければ、大量の見舞いの品。その中に、やはり彼女からのものはない。それは私を安心させると同時に、少し落胆した。

いやに廊下の方が騒がしい。私の病室の階に入院しているのは私のみのはず。となると、その騒ぎの元凶は見舞いの者であろう。私はその人物に一人、覚えがある。

「朽木隊長っ!」

今はまだ、面会許可の札は掛かっていないはずである。肩を大きく上下させて私の病室の扉をバタンと開いた彼女は、六番隊の五席の女。

「……今の時間、面会は……」

「隊長、旅禍の男の子に怪我させられたって、本当なんですか……!?」

私は一番、この姿を奴には見せたくなかった。包帯をぐるぐると巻いてベッドに横たわる、いかにも弱そうなこの男が、彼女の隊の隊長だなんて。彼女は人一倍、私のことを慕ってくれていた。彼女は、私を死神の中で一番強いと言った。そんなことがあるはずはない。しかしここ百年あまり偃武状態であった尸魂界だ。戦いもあまりない、ましてや私のような隊長と同格の力を持った奴と戦ったのは、今回の黒崎一護を除いて考えれば、前回が誰だったのかも思い出せないくらいだ。そんな平和ボケした世界の中、目立った戦いもなく、それはかえって私の強さを縁取るように強調した。そう、彼女には、一度も戦いに負けたことのなかった私が、護廷十三隊で一番有名である私が、護廷隊で最強に見えたらしい。それが、彼女が私を慕っていた理由。私が黒崎一護に負けた瞬間に、彼女が私に見出だしていた“最強”は、跡形もなく消え失せた。これで彼女が私を慕う理由はなくなった。私はそれが、堪らなく恐ろしかったのかもしれない。

「隊長。」

彼女が私を呼んだ。私は彼女から視線を逸らし、再び窓の外に目を向けた。相変わらずの青空は、昔と変わらない、平和を尸魂界に運んでいた。しかし私は、この短期の戦乱の中に、何か大切なものを、落としてきてしまったらしい。

「もう、やめろ。」

「……何を、ですか?」

「……六番隊をに決まっている。」

彼女が私を慕う理由が無くなった今……私が最強ではなくなった今、彼女が私の隊にいる意味はなくなった。最強を求めるならば、他の真の最強を求めて他の隊へ移動するのだろう。

「それは、クビってことですか!?」

相変わらず物分かりの悪い彼女に嫌気がさした。そうだ、こんな物分かりの悪い部下は、さっさと移動すれば良い。目障りだ。

「私はもう、最強ではない。」

彼女の望んだ私は、もうどこにもいない。いや、望まれた私など、元から存在などしていなかった。彼女が私の元から離れていく、そう考えるだけで胸が痛むというのに、それに正直になれない私も、それこそ弱い証拠なのである。

「隊長は、強いです。」

腕に抱えていた大きな花束を、私に差し出した。受け取ろうとしない私を見て、ベッドのサイドテーブルの上にそれを乗せた。
花束には、大きな色紙がついていた。彼女が隊士たちに呼び掛けて書かせた寄せ書きらしい。この私に寄せ書きなど、随分と可愛らしいことを考える奴だ。

「私は、旅禍に負けた。」

傷痕が疼く。私が黒崎一護に負けを認めた時、真っ先に思い浮かんだのは、私を慕っていた彼女の笑顔だった。大切な人を、裏切ってしまった。

「……私は弱い。お前が最強だと思っていた私は、あんな小僧に負けてしまうような、弱い男だ。」

「隊長……」

「お前は、見る目がないな。だいたい私が最強などと、誰が決めた?私より強い奴など、この世に沢山いる。私は……」

瞬間、ぱちん、と渇いた音が、私の頬を打った。驚いて顔を上げれば、目に涙を浮かべた彼女が私を睨んでいた。

「隊長の、ばか!」

ありったけの感情を、私にぶつけたような言い方に、私は思わず怯んでしまった。死覇装をにぎりしめた彼女は、続けて叫んだ。

「さっきから、最強だとか、負けただとか、弱いだとか、意味わからないですよ!そんなこと、どうでもいいんです、私は、私はただ、隊長が心配で心配で、それで隊長に会いにきたのに……隊長は、勝ち負けのことしか気にしてないんですか!?」

「……。」

「隊長の身に何かがあったら、私は誰を目指して生きていけば良いのですか?副隊長だって、隊長を目標にしているんです。それに、他の隊士たちだって、朽木隊長が戻られる日を心待ちにしているんですよ!」

一気にまくし立ててそう言った後、彼女は私の寝るベッドに顔を伏せてわんわん泣いた。心配しました、とか、生きててくれてありがとう、とか、部下からかけてもらうには少し躊躇いのある言葉に相槌をうちながら、そっと彼女の頭を撫でた。

「隊長は、私の目標なんです……」

私は、最強になりたかったのではない。ただ単に、彼女の一番になりたかっただけであった。あの戦乱の中においてきぼりにしてきた何かよりも、ずっとずっと、手に入れたかったもの。それは、なくしたはずの何かが存在していた穴を、みるみるうちに埋めていった。

こんなにも、自分を慕ってくれている部下がいる。彼女にとって、たとえそれが色恋沙汰とは無縁なものであっても、私だけは、彼女の一番でいよう、と。私は彼女のために、否、彼女のいる世界のために、戦わなければならない。

死なないで、そう呟かれた不吉な彼女の言葉を弾き返すように、耳障りなスプリング音をたて、ベッドから体をおこした。数週間ぶりの死覇装を手に取り、これから忙しくなるであろう戦いに小さく舌打ちをした。



(スカイコード)




企画サイト、『稀』さまに提出させていただきました。
スカイコードはブリーチのEDですが、キーワードとしては「何かわからない、だけど大切ななにか」です。楽しんで書かせてもらいました。ありがとうございました!


090727