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週替わりに違う匂いを纏ってくる彼女は、今日もご機嫌斜めだった。

「顔はいいんだけどね、ちょっと嫉妬深すぎ。身長も低いし。」

「……またか。」

「良い物件だったと思ったんだけどなあ。」

唄からこのような報告を受けたのは、今月に入って二度目だった。彼女は裸足のまま縁側の縁から足を投げ出し、駄々をこねるようにばたつかせた。貴族の娘とは思えないほどのその奔放さは飽きるほど見ている。私は彼女の膝に手を置き、それを制した。

「桜倉家の娘たる者が、はしたないぞ。」

「えー、いいじゃん。他の人の前ではちゃんとするもん。」

唄は口を尖らせ、ごろんとその場に寝転がった。私はもはや、それ以上の忠告を口にする気にはなれなかった。言っても無駄だということは、十分に理解しているからだ。

彼女、桜倉唄は上流貴族の一つである桜倉家の娘だ。彼女と私は幼少時代からの仲、一言で言ってしまえば幼馴染である。幼い頃から見知った仲ということもあり、彼女は私にすっかり気を許している。他人には猫を被って接する彼女だったが、私の前ではとても貴族の娘とは思えないような言動を見せる。

彼女は男癖がとても悪い。結婚相手の妥協はしたくない、そのために色んな恋愛を経験する、というのが彼女の言い分だった。そうは言っても、私には彼女が遊んでいるようにしか見えなかった。とりあえずお見合いの予定を次々と詰め込み、告白されればとりあえず付き合い、少し気になる男がいればとりあえず付き合う。彼女の行動はすべてとりあえずであり、本気さを微塵も感じなかった。

そのような男たちの前で見せる唄の顔は、本来の彼女を知っている私からしてみれば鳥肌ものである。笑う時は口元に手を当て、声は普段よりもワントーン高く、言葉使いも行動も全て、姫君の手本の様だった。偽の彼女を本来の彼女だと思い切んでいる男らがもし本来の彼女の姿を目にすれば、絶倒間違いなしである。

「そろそろ地に足を付けたらどうだ。」

「いやだ!結婚は妥協したくないもん!」

「……その様子だと、結婚はまだまだ先だな。」

「ええっ、だって一生添い遂げる相手だよ?中途半端な覚悟で結婚なんていやだよ。」

完全に私に気を許している彼女は、こうして幾度となく私に恋愛相談を持ちかけてくる。私はなるべく愚痴を右から左へと受け流し、適当にあしらうようにしている。まともに相手をするのが馬鹿らしいからというのもあるが、ただ単に彼女のそのような話を聞きたくないからという理由が一番だろう。

私は彼女を愛してしまった。生まれてから今までずっと、私の一番近くにいたのは彼女だった。私が父母を亡くした時、妻を亡くした時、そんな時に私の隣で涙を流してくれたのは唄だった。緋真を亡くし、自分の想いに区切りが付いた頃、私の心の中にそっと彼女の存在が舞い込んできたのだ。私が彼女に特別な感情を抱いているということに気付いた時には、彼女は既に男遊びの激しい女になっていた。

おそらく私が自分の想いを彼女に打ち明ければ、彼女は驚きながらも私を受け入れてくれるだろう。しかしそれはきっと“とりあえず”の関係で、一瞬で壊されてしまう。彼女は自分に合わないと感じれば、すぐに見切りを付けて次の男へ乗り換えてしまうのだ。

私がこうして何も行動を起こさずに彼女の愚痴を聞いていられるのは、彼女は未だに本気の恋愛をしていないからである。彼女にとって今までの恋愛は遊びや実験であり、心の底から愛した人は一人たりともいない。その事実だけが、唯一私の心に余裕を作っている。おそらく現時点での彼女にとっての心の拠り所は私だ。その好条件な立ち位置を捨てる危険を犯してまで、叶う確率が限りなく低い彼女との恋に身を投じる勇気など、私にはなかった。

畳の上で寝転んでいた唄が、思い立ったようにいきなり立ち上がった。時計を確認すると、慌てて庭に投げ捨ててあった小さな草履を足に引っ掛けた。

「私この後デートなんだった!」

「随分と忙しそうだな。」

「うん、あんまり好みじゃないんだけど……一応付き合ってみようかなって。」

毎度のことながら、律儀な話だ。膨大な数のお見合い話を片っ端から断っている私とは全く別次元の生き物だ。引き留めたくなる衝動をぐっと堪え、私は彼女を見送った。

「……良い出会いがあるといいな。」

「うん、ありがとう。白哉と会うと、すっきりする。」

そう言って悪戯に笑った唄の笑顔は、何よりも皮肉めいて見えた。私の隣を擦り抜けて行った彼女の残り香は、昨日とは違う匂いがした。遠い昔に感じた、私の大好きだった彼女の香りは、どこへ消えてしまったのだろうか。何度も何度も塗り替えられたように彼女の体に染みついて行く誰か他の男の匂いが、私の嗅覚を痛いほど刺激した。



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