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朽木隊長に呼び出されました。先ほどあんなことがあったばかりだったから、果てしなく顔を合わせづらい。隊長から逃げるようにして隊首室を去り、放心状態のまま部屋の隅っこで丸くなっていたところにやってきた、副隊長からの指令。私と他の隊士二人の名前が挙げられ、すぐに隊首室へ向かうように、と。だけど、あれはあれ、これはこれ。公私混同を嫌う隊長のことだから、今から隊長の元に向かうのは、任務のためだと自分に言い聞かせる。他に呼び出された隊士二人と隊首室へ向かうものの、足取りは決して軽やかなものではない。後をみれば、何か引きずったような跡がつきそうな重い足取り。前を行く隊士二人は、久しぶりの直々の任務だとか言って嬉しそうだった。それもそのはず、隊長が普通の隊士に直々に物申すなんて、滅多にないことだ。昇進に一歩近付くといったところであろうか。
隊首室の威圧感のある大きな扉を見て、私は死覇装の袖をぎゅっと握った。


そろり、と扉が開いた。私が書類に落としていた視線をちらりと上げると、やはり一番目当ての彼女は、一番最後に入ってきた。他の二人はきちんと礼をして顔を上げたが、彼女は一人、ずっと俯き加減。予想通りの反応に思わず笑いそうになる自分を押し殺し、机の前に並ぶように指示を出した。隊士二人はきりっとした表情で前へ進み出た。ずっと下を見ていた彼女はそれに気付き、慌ててそれに倣った。三人が一列に揃ったところで、漸く私は任務の説明をした。任務といっても、ただの書類の話だが。これらの書類の空欄を全て埋めて、それが終わったらまた私のところに来て印をもらい、それを七番隊に持って行く。こんな説明は直接私が言わなくても、恋次に説明させても良いのだが、それでは彼女に会う楽しみが減ってしまう。ちらりと彼女を見ると、やはり下を見てばかり。沸々と、何かが込み上げてくるのがわかった。その感情は私の心に揺さぶりをかける。私が耐え切れずに彼女の“名字”を口にすると、彼女ははっと顔を上げた。真っ赤だ。

「先程からよそ見が多いぞ。」

「え、あ、申し訳ございません!」

「何かあったのか?」

隊長が何か話していたみたいだけど、私は逃げ出したくなる自分の体に歯止めをかけるのが精一杯で。隊長と私の関係は知られてはいけないから、平然を装わなくてはならない。そんなことを考えていたら、隊長の声が下りてきた。いつもみたいに私の名字を呼ばれて、反射的に顔を上げれば、隊長の顔をした隊長が。自分でも頭に血が昇るのがわかった。隣の隊士二人もこちらを見ている。だめ、顔を赤くしたら、関係がばれてしまうかもしれない。それなのに何かあったのかなんてきかれても、そんなの、さっき隊長が私にあんなことしたのがいけないんじゃないですか!とは言えない。再び俯いた顔を少しだけ上げて隊長の顔を見ると、私は隊長の考えていることを全て理解した。隊長は、つまり、私の反応を楽しみたいらしい。とんでもないドSだ。私がそれを察したからと言って、私が何かできる訳でもない。かと言って、隊長の言っていることに反応しないなんて他の二人からしたら失礼に見える訳だし、熱っぽいと嘘を言っても隊長には嘘がばれてしまう。結局反応に困って黙ったままでいると、ガタン、隊長が椅子から立ち上がった音がした。一呼吸おいて目線だけ上に上げると、いつの間に移動してきたのだろうか、端正な隊長のお顔が、私の顔を覗き込む形で目の前にあったので、思わず後に飛びのいた、が。それより一歩先に、隊長が私の額に手をあてた。

「顔が真っ赤だが……熱でもあるのか?」

「い、いえ、何もありませ……」

「それと、何故先程から私と目を合わせようとしないのだ?」

「あの、隊長、顔近いで、す……」

彼女の額に手をやった時の反応が初々しくて、歯止めが効かなくなってしまったのだろうか。目に羞恥の涙をためたその様子があまりにも可愛すぎて、攻めることを止めようとは思わなかった。が、視界の隅に見えた隊士二人が訝しげな目でこちらを見ている。彼女の涙を見られぬよう、彼女を抱き寄せて、顔を胸に押し付けた。少しやり過ぎたかもしれないという後悔の念がどっと押し寄せる。突っ立てる二人に書類を持って出るように命令し、二人が部屋を出て遠ざかる足音を聞いた後、漸く自分の腕を解いた。自分より遥かに小さい彼女は、やはり泣いていた。恋愛にまだまだ慣れていない彼女にとって、今のは堪えたのだろう。

「たっ、隊長の……意地悪……!」

「ああ、すまなかった。」

「もう私、どうしたら良いか、わからなくて……」

隊長は意地悪だ。先程の初めてのキスの時でさえ泣きそうだったのに、それに加えて、他の隊士の前でこんな辱めを受けることになるなんて。だけどやっぱり、今私の頭を撫でる隊長の手は優しくて大きい。私が隊長から体を離そうとしたら、先程より強く抱きしめられてしまった。押し付けられた隊長の胸の鼓動は、私のなんかよりずっとゆっくりで。私なんて、ドキドキしすぎて死んでしまいそうなのに。隊長の指が、私の髪の間をゆるゆると通っていった。その指は、鮮やかに、踊るように、下へ下へと降りて行き、私の腰をゆるりと撫でた。

「細いな……」

「……そんなこと……」

言いかけたところで、腰を撫でていた方の反対の手が、私の顎をくいっとあげた。それとほぼ同時に訪れたのは、あの甘い電流。喰らいつくようなキスに驚き、慌てて引こうとした腰も押さえられているのでびくともしない。私にはあまりにも強すぎる刺激で、自分が、おかしく、なりそうで。
自分のことでいっぱいいっぱいなのに、隊長のことなんて、ましてや外部からの侵入者のことなんて、気が付く訳がない。


「隊長、失礼します!」

「……!?」

「たたたたたたたたたい、隊長、いや、これは、お取り込み中に、申し訳ございませんでした、では、ごゆっくり……」

「恋次……待て。」

失念していた。自分としたことが、すっかり我を忘れていた。理性を失っていた私は、恋次の侵入により、漸く目を覚ました。腕の中にいた彼女は、地面にへなへなと座り込んだ。可愛いこときわまりないが、今はそれどころではなさそうだ。壁に張り付くようにして怯えている恋次は、今、自分の人生の走馬灯でも見ているのであろう。

「恋次……」

「ホントごめんなさい、命ばかりはどうか、」

「今見たことは、秘密にしておいてくれ。」

キョトンとした顔の彼は、どうやら殺されるとばかり思っていたらしい。意外な私の言葉に驚いた様子であった。礼をしてその場を去った彼の背中を見送り、次に私は後を振り返り、疼くまっているはずの彼女に目を向けた……が。

「……いない。」

私が恋次と話している間に、どうやら逃げられたらしい。逃げると言うと聞こえが悪いが、彼女のことだ、あんなことをされてしまっては、もう私に合わせる顔がないのだろう。机の上にあるのは、彼女の分の書類。いくら可愛い恋人であったとしても、仕事を怠ることを許す訳にはいかない。可哀相なことに、彼女の仕置きは確定した。そうして私の楽しみが一つ増えた訳だ。

小さな笑みを零し、再び椅子に座る。仕置きを確実なものにしてしまおうと、彼女の分の書類にまで手を付けてしまう私。公私混同が嫌だったはずの私は、一体どこへ行ったのだろうか。そんな自分の変わりように、心の中で笑ってしまった。




090629