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「もう少しで、咲きますね。」
ゆらゆらと視線を宙に浮かべ、庭先の梅の木を捕らえる。まだ咲かない梅の花は、春を待ち望んでいた。
「……咲かずとも、良い。」
「死ぬ前に、見たいですね……。」
白哉様の反応は、ない。亡くなられた緋真様は、梅の花が咲く前に、息を引き取ったらしい。
私はまた、ゆらゆらと視線を天井に戻した。こうして何日も床に伏していたので、天井の木目の柄まで覚えてしまった。
私の視界に、白哉様が入ってきた。
「……何を笑っている。」
「笑ってなんか、いません。」
白哉様の言い分は正しい。現に、私は笑っていたから。
「ただの肺炎だ、寝れば治る。」
そう言い切った白哉様の言い方は、自分自身に言い聞かせているようにしか見えなかった。
半年前、医師に肺炎だと告知された。余命数ヶ月だと聴かされた。私はただただ信じられなかったけれど、一番哀れなのは白哉様だと思う。緋真様も失い、そして私までも。皮肉なことに、死ぬ時期まで同じ。
こんなことなら、私はもう少し早く死ねば良かったかもしれない。
「死ぬのは、怖くないのか?」
私は少し戸惑った。怖くないはずはない。だって、死んだら白哉に会えなくなるから。
「怖くない、です。」
「何故だ?」
「死ぬ方より、残された人の方が、怖いでしょう?」
白哉様は言葉を詰まらせたようだ。そう、私が怖いと言ったら、白哉様はもっと怖くなる。生にすがりつくような、みっともない姿は見せてはいけない気がした。
「白哉様、私、白哉様に言いたいことがあります。」
「言ってみろ。」
「一つ目。私は、梅の花が咲いてから死にます。」
「……。」
視界から、白哉様が消えた。見えるのは、いつも通りの木目だけ。
「二つ目。私が死んだら、新しい奥さんを見つけてください。」
「無理だ。」
即答されてしまった。そんなところも、白哉様らしくて好きだなぁ。
「三つ目。私が死んでも、白哉様を一番愛してるのは、私です。」
「……馬鹿者……。」
彼の声が震えているのがわかった。私の手を包む彼の手に、力がこもる。
「……お前は、何故泣かぬのだ……?」
「私は、自分が幸せだったって、笑って死ねるような人生をおくりたいんです。」
悲しくない訳、ないじゃない。こんなに愛して、愛されて、この世に大切なものが沢山あるからこそ、死ぬのは怖い。だけど、私は幸せだったの。
むせかえるような愛に包まれた、輝かしい毎日をくれたのは貴方。どうか最期まで、輝いて――
「白哉様、四つ目の、最後のお願い。」
「……まだあるのか。」
「私を、抱いてください。」
たとえそれが己の寿命を縮めることになったとしても、いずれ絶えるこの命ならば。最期まで、あなたのために在りたいんです。
絡み合った指先も、優しいキスも、少し意地悪な焦らし方も、果てた後に囁いてくれるアイシテルも、全部、全部大好き。
快楽の涙か、悲哀の涙か。それすらもわからない二人の涙が混ざり合い、枕を濡らした。
私は世界を、どれほどまでに愛している?
Last wish
- さ い ご の 願 い -
十万打 / マリさま
たまに切ないの書くのも楽しいや。
091003
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昔書いたのを発掘したのでアップしてみました!
懐かしいな〜
130120