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斬魄刀、相剋桔梗は、特殊な斬魄刀だった。

相剋桔梗がどうして生まれたか、そのルーツを辿ることは難しいだろう。元はと言えば、数百年前に没落した貴族――彩蓮家に代々伝わる斬魄刀だった。この数百年の時を経て、かつての彩蓮家は姿形なく消え、その末裔である死神の男も数十年前に戦死した。その末裔の者には、流魂街で出会い、愛し合った女性がいた。その女性こそが、元六番隊三席の彩蓮志貴である。

志貴は齢二十という若さで現世で死し、流魂街へ送られた。現世での彼女には、夫がいた。お腹の中に、子供もいた。体が弱かった彼女は、我が子の出産とほぼ同時刻、己が生み出した新たな生命と入れ替わるようにして息を引き取った。

自暴自棄になっていた彼女を救い、共に生きようと言ったのが、彩蓮家の末裔だった。志貴は、その男と運命を共にすることを誓う。そんな矢先に、彼は戦死した。志貴は、その男の亡骸から相剋桔梗を預かった。彼女は彼の意志を継ぎ、死神となる決心をする。

志貴は優秀な死神となったが、元々体が丈夫ではなかった。己の病状の悪化と共に、死神として上手く戦えなくなった。相剋桔梗は、特殊な斬魄刀である。己の精神と結びついて生まれた斬魄刀ではないため、持ち主に死神としての力がなくなると、両者間での意志の疎通すら困難になる。

このままでは、この長い年月を生きた斬魄刀は、ここで自分と共に消えることとなるだろう。自分を愛してくれた、かつての男性の姿を思い出す。この斬魄刀は、彼が、彼の一族が生きてきた痕跡だというのに。それを私が、ここで絶やしてしまうと言うの?

「ねえ、桔梗。あなた、私として生きてみるつもりはない?」

死神を引退し、瀞霊廷から姿を消した志貴は、彼女の斬魄刀に一つの願いを託す。彩蓮志貴として生き、次の持ち主を見つけて欲しいという願いだった。

「……どんな子が、良いのかしら。」

桔梗は、きっとこれが志貴との最期の会話になると、心のどこかで察していた。そうであれば、彼女の本当の願いを聞き入れよう。彼女が、安心して逝けるように。

自分が彩蓮家の者として、託すのだとしたら。本来であれば彩蓮家で代々受け継がれるべき斬魄刀である。しかし彼女は、尸魂界に来てから子供を作ることはしなかった。そうであれば。志貴は、遠い昔の記憶を思い起こす。前の人生での、顔すら見ることのできなかった我が子のことを思う。

「……私が、本当の家族と思えるような。そんな子を探して欲しいわ。」

「あなたの直感でしかわからないじゃない。それを私に探せっていうの?」

「わかるわ。だってあなたは、私になるんだもの。」

志貴が本当に家族と思えるような存在に出会うことができるのか、出会ったとして、自分にそれを見抜くことができるのか。桔梗には、自信がなかった。それでも、桔梗は決断を下す。

「わかった。私、頑張ってみる。」

「ありがとうね、桔梗。」

桔梗がその願いを聞き入れた時。彩蓮志貴は人知れず、霊子となって消えて行った。

その後桔梗は具現化し、流魂街に家を構える。具現化する際の己の姿を彩蓮志貴に似せ、自分の名を、元六番隊三席の彩蓮志貴と名乗った。桔梗は彩蓮志貴として、彼女自身の人生を生きながら次の持ち主を探そうとした。

しかし斬魄刀の具現化は、霊力を大量に消費した。具現化した当初は齢三十程に見えた彼女の姿は、数十年で五十程となった。この世界の者とは思えぬ程に、老化の速度が早かった。その頃には書道家として名を馳せていた彼女だったが、これ以上世間に顔を晒せば、察しの良い護廷十三隊の者たちが何かを嗅ぎつけるだろう。

彼女は表舞台に立つことをやめ、ひっそりと暮らし始めた。老化の進行が早い。早く次の持ち主を見つけなければ、寿命が尽きてしまうだろう。

そうして、今から五十年前。偶然西流魂街第一地区で出会ったのが、京葭だった。本当の家族のように思えるような子を探して欲しい――そんな、生前の志貴が言った言葉の意味を、漸く桔梗は理解した。彼女の霊圧が、彼女を纏う雰囲気、空気の全てが、志貴のものと酷似していた。

京葭は志貴と同様に死神としての素質を持ち、何よりも字を書くことが好きな少女だった。志貴に、とても良く似ている。桔梗はかつての主である志貴に時折京葭を重ねつつも京葭自身を愛し、大切に大切に、彼女との時間を過ごした。

恐らく彼女は、現世での志貴の子供――否、尸魂界に送られてきた時期を鑑みて考えれば、子供の子供、そのまた子供……ようは、末裔なのだろう。それを確かめる術はない。それでも、彩蓮志貴として生きるこの体がそう感じている。その直感こそが、答えなのだろう。

京葭が死神になることを決意した時。桔梗は志貴との約束を守ることができるという安堵と、保護者として京葭を護ってやれなくなるのだという寂寥に板挟みとなっていた。桔梗は、京葭を大切に育てすぎた。今の京葭は、“彩蓮志貴”なしでは生きていくことができないだろう。死神になる過程で、自分以外の心の拠り所を見つけてくれると良いのだけれど。桔梗は人知れず、そのようなことを考えていた。

桔梗が京葭を、次の持ち主として認めるということ。それは、京葭に自分の真の名前――斬魄刀の名を教えるということと同義だ。それは、京葭にとっての唯一無二の拠り所である“彩蓮志貴”という存在の死を意味する。無論、桔梗が斬魄刀に戻れば、彼女とこうして言葉を交わすことは叶わなくなるだろう。桔梗は、斬魄刀として彼女にその名を教えるべきか、保護者として彼女を支えるべきか、わからなくなっていた。

彼女に、自分以外の心の拠り所が出来れば。彼女が心を許す、将来の伴侶のような、大切に想い合える存在に出会うことができれば。そこで私は漸く彩蓮志貴としての役目を終え、彼女に自分の名を伝えるだろう。否、彼女にはもう既に、大切に想い合える存在がいるはずだ。それを、彼女自身が認めれば良いだけの話、だというのに。彼女は一向に、自分の気持ちと向き合おうとはしなかった。



――まだ、朽木隊長に、好きって、言えてないのに……!

京葭の心からの叫びに、桔梗は揺り起こされる。彼女は、求めている。他でもない、自分自身のためだけに、力を求めている。

京葭は漸く、己の気持ちと向き合うことができた。彼が大切だと、気付くことができた。彩蓮志貴のためではなく、朽木白哉の隣に並び立ちたいという自分の欲望のために力を手にしたいと、そう叫んだ。桔梗は、彼女の自立を見届ける。今の彼女であれば、彩蓮志貴がいなくとも、立ち直る術を持っている。もう、大丈夫だろう。

「貴方にも漸く、大切に想い合える人ができたのね。」

――だ、れ……?

「貴方は、私を良く知っているはずですよ。」

私はずっと、貴方の中にいたのだから。

「私の名前は、桔梗――いいえ、相剋桔梗。貴方を家族のように想う、貴方の斬魄刀です。」

今、羽ばたかんとする彼女の姿を見つめる。その姿はもう、かつての少女の姿ではない。嗚呼、志貴。貴方にこの子の姿を、見せてあげたかった。貴方が現世で紡いだ命は、確かにここに在るのです。

京葭が唱える解合と共に、私はその肉体を手放した。同時に、彼女の斬魄刀へと姿を変える。彼女の記憶へと、雪崩れ込む。全てを悟った我が子は、涙を流した。

その瞬間この世界から、彩蓮志貴は、漸く姿を消した。



(執筆)20200621
(公開)20200629