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まるで、別人みたい。浮竹隊長は、別に婆様と彼らの知る三席を別人だと言っていた訳ではない。あくまでそう思えてしまう程の変わりようだ、と言いたいだけだろう。そうとわかっていても、私は何故か、妙な胸騒ぎを感じている。

婆様は、あまり昔のことを語りたがらない。三席のことも、自分を見つける前のことも。そして私も、進んでその話を聞こうとしなかった。変わりに、自分がこれからしたいこと、なりたいものの話を沢山した。婆様との生活が私はとても楽しかったから、何も疑問に思うことはなかった。……そういえば私は、何になりたいって言ってたんだっけ。死神になる前の夢は、書道教室を開くことが夢だった気がする。私は店の外で女性死神協会主催のアンケートの結果発表を聞きつつ、ぼんやりとそんなことを考える。

最終的に私は、六番隊の新米隊士が集まる卓に流れ着いた。そこで同じく今年入隊した数少ない女の子たちと、取り留めもない会話を繋げて時間を潰す。いつの間にか納会も終盤である。

「ではでは、お次は!結婚したい男性死神ランキング〜!第三位から発表しま〜す!」

酒の入った松本副隊長は、呂律の回らない様子だ。ちなみに男性死神協会側のアンケートは、雛森副隊長が付き合いたい女性死神、妹にしたい女性死神、良いお母さんになりそうな女性死神、上官になってほしい女性死神、ビンタされたい女性死神で一位に選ばれていた。これは余談だが、雛森副隊長の名前が呼ばれるたびに、日番谷隊長が気が気ではない様子で彼女の方をこっそり見ていたのを目撃してしまった私は、一人でニヤニヤしてしまった。

「あ!私、この質問は朽木隊長の名前書いた!」

「私もー!かっこいいしお金持ちだし!」

目の前の女の子たちが言った。私の心臓が、少しだけ大きく脈打つ。
やっぱり皆、朽木隊長なんだな。確かに彼は四大貴族の御当主様で、六番隊の隊長で、顔もかっこよくて、背も高くて、クールで大人で、冷たく見えて実は愛妻家。客観的に見れば最高の物件なのだろう。

「京葭ちゃんは、誰の名前書いたの?」

「え、私?だ、誰書いたっけなぁ。」

本当は空欄で出したのだけれど。ここで周りと合わせて朽木隊長と言っておけば良かったと後悔するが、時既に遅し。目の前の二人は、目を爛々とさせて私を見ている。

「私は……」

「第三位!十三番隊隊長、浮竹十四郎〜!得票数は122票です!」

「そう、浮竹隊長!まさに!」

松本副隊長の声と合わせるように、私は浮竹隊長の名前を出す。それを聞いた彼女たちは、わかるー!と同意を示しつつ、浮竹隊長は子供大切にしそうとか夫婦円満が約束されるだとか、彼との結婚生活の妄想に花を咲かせていった。

結婚したい死神ランキング一位は、おそらく我が隊の隊長だろう。結果など聞かなくてもわかる。一位に選ばれた男性は、松本副隊長の立つ檀上に無理矢理引っ張り上げられて一言コメントを言う流れになっている。隊長もきっとそれをやらされるだろう。
私はなんとなくその場に居たたまれない気持ちになり、厠に行くふりをしてこっそり席を立った。

「ではお次は、二位――」

店の裏手に回れば、松本副隊長の声が遠ざかる。私は煉瓦造りの壁にもたれ掛かり、解放されたと言わんばかりに大きく息を吐いた。時計を確認すると、あと三十分で宴も終わりという時間だった。

考えることが多すぎて、心がかき乱されっぱなしだ。明日は大晦日で仕事も休みだし、今日はもう帰ってゆっくりしよう。別に点呼を取っているわけでもないので、自分一人がいなくなっても誰も気付かないだろう。

私は飲み屋街の喧騒から離れるように、通りを一つ越える。そこは呉服屋や土産物屋が軒を連ねる商店街で、飲み屋街とは違ってどの店も閉店の時間を遠に超えている。私は誰もいない通りの真ん中で、なんとなく空を見上げる。視界を掠める白い粒。自分の頬に落ちてきたそれは雨粒と異なり、じんわりと肌に溶けてそのまま消えていった。

「……あれ、嘘。雪?」

初雪だった。普段ならテンションが上がるところだが、あいにく今日は傘を持っていない。遮る物のないこの通りで止むかもわからない雪を眺めて待つよりも、小降りのうちに走って寮まで行ってしまうのが良いだろう。

不意に、頭上に降り注ぐ雪の気配が消えた。雪が止んだのだろうか。それにしては、自分の目の前の黒い石畳は、相変わらず降りしきる雪を吸い込んでいるように見える。私は漸く自分の背後の人の気配に気付いて、弾かれる様にして後ろを振り向いた。

「風邪を引くぞ。」

「朽木隊長!?」

私の頭の上だけ晴れていたのは、隊長の傘のお陰だったらしい。隊長は傘を開いたまま、それを私の頭上に掲げている。傘の中に肝心の隊長は入っておらず、隊長の肩は雪で濡れていた。私は自分一人だけ傘の中に入っているのが申し訳なくなり、一歩後退して傘の下から抜ける。

私が納会から逃げてきた理由の人が、何故ここに。今の精神状態で上手く隊長の顔を見れない私は、隊長からさっと目を逸らす。

「結婚したい男性死神ランキング一位のコメント言うやつ、行かなくて良いんですか?」

「……下らぬ。」

「松本副隊長、今絶対隊長のこと探してますよー。」

見なくてもわかる。きっと隊長は、今とても面倒くさそうな顔をしている。隊長はきっとこのような浮ついたものが嫌いだし、アンケートのタイミングを見計らって逃げ出してきたのだろう。きっと今頃納会の会場では、大目玉の朽木隊長が会場からいなくなっていることに対して松本副隊長が怒っている頃合いだろう。

「結婚」という、私たち二人が扱うにはあまりにも重すぎるテーマについて、隊長も私もそれ以上話題を広げることはしなかった。ただなんとなく気まずい空気が流れ、私は雑なことを言ってしまった数秒前の自分を恨んだ。

「……彩蓮が帰ろうとしているところを見かけたからだ。」

「え?」

「お前は、傘を持っていないであろう。」

思わず顔を上げて隊長を見る。今度は、隊長が顔を逸らす番だった。

あの人混みの中で納会を抜けようとしている私を見つけ、雪が降りそうなのに私が傘を持たずに出て行ってしまったため、わざわざここまで追いかけてきたのだろうか。私が独りぼっちで人の輪に入れずうろうろしていたとことや、明らかにタイプの違う同期の女子たちと頑張って絡んでいたところも見られていたのだろうか。ずっと、見られていたのだろうか。寒いはずの体が、ぼうっと煮え滾る様に熱くなる。この隊長、私に対して好意剥き出しである。……そりゃ、私も納会中に十五分に一回は隊長の方をちらちら見たりはしていたけれど。

私がどう返したら良いものかと悩んでいると、隊長は傘を差したままひとりでに歩き出した。彼のペースに乗せられているようで悔しかったが、私もそれに続く。彼の後ろに付いて歩こうとしたが、隊長が私に歩調を合わせてくれたため、いつの間にか私は隊長の隣を歩いていた。隊長の上にも、私の上にも、雪は降っていない。

「……抜けてきたのは、私がお前と、二人で話をしたいと思ったからだ。」

言う本人も言われるこちらもこっぱずかしくなるような事実を口に出して言うあたり、これは隊長なりに私を口説こうとしているのだろうか。隊長はきっと、傘と言う口実を引っ提げて、ここまで来たのだろう。

想いを告げ、一方的にキスまでして。ここまでしてしまえば、もう怖いものはないという気持ちなのだろうか。恐る恐るのアプローチをしてきた秋頃の隊長とはまるで別人である。
ずっと、このままの関係が良いのか。いつだったか、隊長は私にそう訊いてきた。彼は彼なりに、その答えを出したのだろう。隊長は、保険として用意していた頼りがいのある上官ルートを捨てて、唯一無二の恋人コースに舵を切った。これで最終的に私が告白を断ったら、もう元の関係には戻ることができない。それを覚悟の上での行動なのだろう。

私は死覇装の袖をぎゅっと握る。私は隊長じゃないから、どうしてここまで好意を抱いてくれているのかがわからない。

「……隊長は、物好きですね。」

私は俯いたまま、小さく呟く。

「ちょっと字が上手くて、話が合う女性の方なんて、私よりも良い人いそうなのに。」

何も流魂街の私じゃなくても。同じ貴族同士で探せばごまんといる。それこそ、この護廷十三隊にもいるはずだ。結婚したい死神ランキング一位の彼ならば、朽木の名にふさわしい貴族のお嬢様で、隊長と結婚したいと思っている死神を探すぐらい、造作もないことだろう。

隊長は私の言葉には答えず、傘を持っていない方の手を顎に当てる。彼なりに、回答を出そうと思案しているのだろう。

「……お前が志貴殿と親しい者でなければ。入隊したばかりのお前に、興味を持つこともなかったと思っている。」

「な、なんですか、それ……。」

まるで、婆様の七光りのようではないか。まあ、隊長が私に興味を持ったきっかけは現に婆様なのだけれど。けれどそれを言葉にして言われてしまうと、少し複雑な気持ちになる。私は少しだけむくれて見せた。

しかし隊長は、そんな私の反応も想定内だったようだ。

「それでも。いつの間にか、お前から目を離すことが出来なくなっていた。」

「……。」

私が隊長の言葉で機嫌を悪くしたことで、私が隊長の好意を嬉しく思っていたように見えたのだろう。隊長は少し満足げに見える。私は決まりが悪くなり、咄嗟にしかめっ面を作る。

私はただ、普通に生きていただけなのに。隊長の目からすれば、とても魅力的な生き方に見えたのだろうか。否、実際、私のこういうところが気に入ったとか、こういう言葉に感銘を受けたとか、そういった理屈で説明できることではないのだろう。接点の多さからなんとなく興味を持った隊士がいて、話をしてみたらなんとなく楽しくて、なんとなく気になって、毎日を共にする中で気付けば好きになっている。本人の意志とは関係なく、いつの間にか人はその中に落ちているものだ。

「お前は、身分差の事で悩んでいるように見受けられる。」

身分差を言い訳に断った時は無理矢理キスをされたためあまり言いたくはなかったが、彼の告白の返事を考える上で一番気にしているところを突かれれば頷くしかない。私の無言の肯定を見た隊長は、穏やかに話を続ける。

「それは、私の家の問題だ。私が考えるべきことであり、彩蓮が頭を悩ませることではない。」

「しかし……!」

「わからぬか。私は、難しいことであると十二分に理解した上で、お前の傍に居たいと言っている。」

流魂街出身の者と結ばれることは、朽木家にとって望ましくないことだろう。ましてや二度目である。それでも、その受難を乗り越えてでも、私との未来を選びたいと。彼はそう言っている。自分にそこまでの価値があるとも思えないが、この際そのことについて言及するのも野暮だろう。隊長が私にそれだけの価値を見出している、という事実だけで十分だ。

しかしそれは、同時に重圧でもある。隊長が私をそう扱うに足る存在だと思っていてくれているとしても。私自身は、隊長の隣にいる自分のことを認められるだろうか。私は嬉しいやら恥ずかしいやら悩ましいやら、同時に鬩ぎ合う様々な感情に押しつぶされそうになる。

「恐れ多すぎて……。」

思わず顔を覆う。湯気が出そうな程温まった頬のお陰で、霜焼けしそうな手がみるみるうちに熱を取り戻していく。

隊長の気持ちは、とても嬉しい。甘えたくなってしまう。けれども私は、ここで隊長の手を取ってしまっても良いのだろうか。何一つとして自分の課題を解決できていない中途半端な私が、思考を放棄して彼との恋愛に身を投じてしまっても良いのだろうか。きっと隊長は、私を受け入れてくれるだろう。それでも私自身は、そんな自分を許せないだろうと思う。

「これまで見てきたものも、背負うものも、違くとも。これから先、共に同じものを見ることができたらと。そう思っている。」

隊長が、足を止める。そう言って私の方に差し伸べられた隊長の手は、それこそ雪みたいに白い。私なんかが触れてはいけないと思ってしまう程、白くて眩しい。

「私の手を、取ってはくれぬだろうか。」

それでも私は、その白さに手を伸ばして触れてみたいと、そう思うのだ。



(執筆)20200602
(公開)20200627