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――私との関係も、ずっとこのままが良いと。お前はそう思っているのか。

隊長の言った言葉は、週を跨いでもなお、ぐるぐると頭の中で木霊している。寝る時も、朝起きた時も、出勤する時も、仕事をしている時も、友人と食事をしている時も。

なるべく考えない様に、気付かないふりを続けてきた自分でも、流石に理解した。自分はそこまで鈍感な女ではない。隊長は、おそらく私のことが好きだ。勿論、恋愛的な意味で。

あの月見祭りの日。そう問う隊長の真剣な顔を正面から見て、隊長が一人の男であるということを強く脳髄に刻み込まれた思いだった。花火の音も遠くの喧騒も気にならない程、その場にはただ二人きり、男と女がいた。隊長が自分のことを異性として見ていると確信した私は、慌てて隊長から目を逸らし、それっきり彼の方を見ることができなくなってしまった。

どちらから言い出す訳でもなく屋根から降りて帰路についた私たちは、どんな会話をしたのだろうか。今となっては全く思い出せない。ただ、二人きりでいるところを人に見られてはまずいと思い、人気のない場所でさよならしたことは覚えている。それから私は、走って帰った。

隊長は回りくどい言い方をしつつも、想いを伝えてきた。はっきりと言ってこないのは、きっと私が牽制してしまったからだろう。罪悪感で胸が痛かった。私は、隊長の問いに答えていない。答えを求めての発言だったのかは、定かではないが。実際のところ、自分は隊長をどう思っているのだろうか。これまできちんと考えたことのなかった問いに、正面から向き合い答えを出す時がきたのかもしれない。

隊長と、恋仲になったとしたら。手を繋いだり、デートをしたり、抱きしめ合ったり、キスをしたりするのか。この私が、あの隊長と?無理だ。恐れ多すぎて絶対にできない。あの隊長の顔が近くに来た時点で失神する可能性が高い。無理無理絶対無理心臓持たない。

「――さん。彩蓮さん!」

「は、はいぃ!?」

突然隣から声がかかる。一気に現実に引き戻された私は、慌てて返事をした。

今日は、六番隊と十番隊合同の剣の稽古だった。無席の者は無席同士でペアを組み、勝った方が他の勝者と対戦をする。要は、トーナメント形式だった。
私は修練場の壁に寄り掛かり、ぼーっと隊士たちの試合を眺めていた。剣の腕に絶対的な自信のある私だが、あろうことか今日は二試合目で負けてしまった。理由は明白である。隊長の一件もありここ最近は寝不足な上に、心此処にあらずな状態。自分でも公私混合は良くないとわかっていても、思ったようなパフォーマンスを発揮できずにいた。
十八席以上の者は、席官同士で稽古をしている。勿論そこには、隊長格も含まれている。たまちゃんや松本副隊長、阿散井副隊長、そして朽木隊長も。私は極力そちらを見ないようにしながら、物思いに耽っていたのだ。

「彩蓮さん、剣の腕は強いって聞いてたけど。調子悪そうだね、大丈夫?」

「え、ええ……ごめんなさい。ここ最近、調子が悪くて……。」

話しかけてきた男は、顔見知りの十番隊の男だった。記憶では、夏の花火大会の時に少し言葉を交わした記憶がある。申し訳ないが、名前はど忘れしてしまった。

彼は私の隣の壁にもたれ掛かる。腰に下げた竹筒を取り、水を飲み始めた。どうやらここに陣取るらしい。私はちらっと隊長の方を見た。彼はこちら側に背中を向けた状態で、六番隊五席と十番隊七席の手合わせを見ている。

「先週の集まり、六番隊の方々は日にち間違えてて、他の予定と被ってて急遽不参加って鹿野枝十八席から聞きましたよ。」

隣から声がかかる。今まさに考えていたことに関する言及だったため、心臓がどくりと跳ね上がる。どうやら彼も、松本副隊長主催の飲みに参加していたらしい。

「あはは、私が伝達ミスってしまいまして……本当、ごめんなさい。」

私は頭を下げる。そうか、たまちゃんはそういう風に言ってくれたのか。馬鹿正直に本当のことを話されていなくてよかった、と胸を撫でおろす。

「それでさ、ちょっと聞いちゃったんだけど……」

彼は周りをきょろきょろと見まわし、誰も話を聞いていないことを確認する。……嫌な予感がした。

「あの日の彩蓮さん、朽木隊長といました?」

小さく耳打ちされ、眩暈がした。
見られていたのか。冷や汗が止まらない。あの日の自分の髪型はいつもと違ったし、誰にも気づかれないように、わざわざ変なお面まで被ったのに?人目につく場所での滞在時間はほんの少しで、十番隊隊舎とも離れた場所だったから大丈夫たと思っていたのに。

しかし、彼の言い方から確信めいたものを感じなかった。恐らく、人伝に訊いたことを確認しに来たのだろう。それでも、噂になっているということは間違いなさそうだ。

「え……なんのことですか?」

思わず声が掠れる。怪しまれただろうか。恐る恐る彼の顔を見ると、拍子抜けたような表情だった。

「なんだ、違うのかぁ。隊の子が、その日朽木隊長をお祭りで見かけたらしくて。隣にいた女の子の背丈が彩蓮さんぐらいだったから、彩蓮さんなんじゃないかって言ってて。違うって言っておきますね。」

「そ、そうなんですね。朽木隊長が女の子と……へぇー。」

嘘をついてしまった罪悪感で、彼から目を逸らす。天下の朽木白哉が女性と肩を並べて歩いていたら、噂にもなるだろう。顔を隠しておいてよかったと、改めて思う。

仮面の女か定かではない私でさえ噂されているのだから、隊長はきっと裏で相当噂されているに違いない。朽木白哉が女の人と歩いていた、と。彼は妻に先立たれて以降浮いた噂もないため、これは一大事件に違いない。そんな彼の一世一代の浮いた話のお相手が自分であることに申し訳なさがありつつも、未だに実感が湧かない。本当に、何故私なのだろうか。

そんな朽木白哉のお相手の特定にあと一歩のところで失敗してしまった隣の男性は、つまらなそうにあくびをした。たった一人にバレただけで、その噂は瀞霊廷中に広まるだろう。今後軽率な行動は慎むよう、肝に銘じる。

「それにしても朽木隊長、仲良くしてる女性の方がいるんですね。うちの隊のファンの子たちもがっかりしてたよ。」

隣の男は、暢気そうに言った。彼らにとって朽木白哉の隣にいた女性が私でないにせよ、彼に懇意にしている女性がいるという事実に変わりはない。彼には勿論ファンも多いが、隊長であり四大貴族の当主ということもあり直接的なアプローチを仕掛ける者は少ない。その大半が遠巻きに見て目の保養とする、アイドル的な存在である。……私の場合は、距離の縮め方が少し特殊だったのかもしれない。

「でも、親戚の子とか、そういう可能性もあるのでは?」

「朽木隊長が、直々にお祭りに連れて行くっていうのもキャラじゃなくないですか?」

「あはは、確かに想像できませんね。」

「まあどうであれ、朽木隊長と付き合える女の人は人生楽しいだろうなー。」

まるで人ごとのように話す彼の言葉が、自分の胸にずしりとのしかかる。
もし、彼と恋人関係になったら。きっと自分の一挙一動に、朽木白哉の恋人としての責任が伴う。あらゆる方面からの嫉妬も凄いだろう。その重圧に押しつぶされずに済む人は、やはり同じ貴族として生を受けた者か、彼と並び立つ程の力を持つ実力者だろう。

自分の隊長への気持ちを見つめなおしたとして、何になるのか。結局、自分と彼の格差を前にすれば、きっと私は怖気づいてしまう。これでは堂々巡りだ。

「……そんな簡単な話じゃないですよ、きっと。」

「え?」

「私にはご縁のないお話、ってことです!」

私は壁にもたれていた背中を起こし、立てかけておいた竹刀を取る。トーナメントからはとうに外れてしまったが、無性に剣を振りたい気持ちになった。

「お暇でしたら、手合わせお願いしてもいいですか?えーと……お名前、何さんでしたっけ。」

「ええ、知らないで話してたの!?」

騒ぐ十番隊の彼の言葉を笑って受け流しながら、さり気なく隊長の方を見る。すると、ちょうどこちらを振り返った彼と目が合った。私はその横にいるたまちゃんを見ているふりをして、さり気なく視線を逸らす。

私はもう、隊長から向けられる視線の意味を知ってしまったから。何故だろう、心臓の音がうるさい。私は竹刀をぎゅっと握り込み、目を背けた。



(執筆)20200515
(公開)20200612