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終業を知らせる鐘が鳴る。どこからともなく大きく伸びをする声が聞こえ、次第にざわつきが大きくなる。早々に帰り支度をする者もいれば、今日はどこで飲むかを話し合っている者もいる。この辺りは、真央霊術院とさして変わりはない。

私は未だにまとめ終わらない報告書の山を見遣る。まだまだ終わりそうにないので、今日は久しぶりに残業である。この報告書の山を片付けたところで、この後にも一つ、大きな仕事を残しているというのに。

「理吉さん、月見祭りって行く予定あったりしますか?」

机を挟んで報告書の山を捌いている理吉さんに声を掛ける。先週から続いている西流魂街の調査は理吉さん率いる班について回っているため、今の仕事の上官は理吉さんということになる。基本的に新人である我々は、先輩隊士から振られる仕事を見様見真似でこなして体で覚えていくことが多く、私はこれまでも色々な先輩隊士に付いて仕事をしてきた。それでもやはり、理吉さんの下で仕事をするのが一番楽しかった。

西流魂街調査の班は、理吉さんと三年目の隊士一名、新人隊士三名で構成されていた。報告書のまとめ作業は、理吉さんと私の担当だった。他の三年目の隊士一名と新人二名の担当は業務時間外での西流魂街の偵察なので、それに比べたら報告書をまとめる仕事は大分楽だと言えるだろう。

という訳で、報告書をまとめている間は理吉さんと二人のため、雑談をしながら作業をしていることが多い。以前よりも、口を動かしながら手を動かすという無駄なスキルが身に付いたように感じる。

「月見祭りって、今週末の?」

「それです!さっき松本副隊長からお誘いがあって……」

「俺、お神輿担ぐ側で参加するんだよ。」

「え、ええっ!?」

理吉さんは死覇装の腕を捲り、上腕二頭筋をぽんと叩く。理吉さんは優男風の印象を受ける風貌をしているが、体付きは意外にもちゃんとした男の人だった。……戦闘部隊の一隊士なのだから、当たり前のことだが。

「六番隊は、参加する隊士も多いよ。阿散井副隊長も参加するしね。」

「阿散井副隊長も、ですか……」

松本副隊長からは、朽木隊長と阿散井副隊長にも声を掛けておくようにと言われた。阿散井副隊長はお神輿を担ぐ側で参加するのであれば、十番隊の集まりには参加しないだろう。

「あの……朽木隊長も、だったりします?」

「朽木隊長は違うよ、どう見てもそういうことするタイプじゃないだろ。」

「た、確かに……」

隊長が神輿を担いでいるとことは、確かに想像できない。どちらかというと、担がれる側のように思える。それでも、万が一にも隊長が担ぎ手としての参加だったら私の業後の重要ミッションはなくなるので、気が楽なのだが。

理吉さんをはじめとした六番隊の隊士たちは、隊長と私の関係性については何も思っていないらしい。私が隊長の話をする時、実は裏で噂されているのではないかとビクビクしていたが、彼らの反応を見る限りでは何も勘付いていないようだった。隊長との関係を邪推しているのは副隊長たちの間だけなのだと、ひとまず安心する。六番隊の中だけでも女性隊士の中では隊長の評判は高く、六番隊の中で噂になってしまったら、自分の居場所がなくなってしまうだろう。いじめられるという可能性だって考えられる。プライベートで一緒にいるところを見られていなくてよかった。

結局、作業報告書をまとめ終わった頃には時刻は二十時を回っていた。夕飯を食べに行こうと誘われたが、私には重大任務が残っているので泣く泣く理吉さんのお誘いを断る。机の中に入れておいたチラシを折りたたみ、着物の袂にしまう。私は報告書の山を抱え、人がまばらに残った執務室を後にした。

足早に長い廊下を抜け、隊主室へ向かう。今日は、意外と業務時間が長引いてしまった。隊長は、この時間でもまだ残っているだろうか。もしいなかったら、書類だけ提出して月見祭りの件は明日話そう。そんなことを考えていたら、いつの間にか隊主室の前に立ってた。私は呼吸を整え、扉をノックする。

「失礼します。」

「入れ。」

まだ帰っていなかったらしい。私は怖気づきそうなところをぐっと堪え、扉を開ける。机の上に目を落としていた隊長は訪問者が私であることを察知したのか、目を丸くして顔を上げた。

「まだ残っていたのか。」

「申し訳ございません。報告書をまとめるのに、少し時間がかかってしまって……。」

私は部屋の中へと歩みを進め、隊長の机の端に報告書を置いた。

「行木さんのチェックは完了しています。ご確認お願い致します。」

「ああ。」

隊長の机の上には、自分が提出した資料と同じような書類の山が積まれている。隊長職務の他にも部下が提出する書類の最終確認を行わないといけないことを考えると、彼の仕事量は計り知れない。これから年末になるにつれて、益々仕事量は増えていくだろう。こんな忙しい時期にお祭りに誘うのは、少し気が引ける。普段この時間まで残っているのであれば、月見祭りどころじゃないだろう。

誘うべきか、誘わないべきか。報告書を出した後もその場で何かを言いたげにしている私の様子に気付いた隊長は、訝し気に私を見た。

「どうかしたか。」

「あ、ええと……今週の金曜日、月見祭りにお誘いしようと思ったのですが……隊長、お忙しいですよね?」

隊長の目が、僅かに大きく開かれる。まさか彩蓮から誘われるなんて、という表情である。勢いで誘ってしまったからには仕方ない。私は死覇装の袂にしまっておいた月見祭りのチラシを取り出し、隊長の前に差し出す。松本副隊長の差し金の大人数イベントとはいえ、こうして自分から隊長をお誘いするのは初めてかもしれない。

「これ、松本副隊長からいただいた物なんですが……阿散井副隊長もお神輿の担ぎ手として参加されるみたいで、楽しそうな催し物もあるみたいです!ですが、お忙しいようでしたら、私の方から――」

「ちょうどその日は、非番を取っている。」

「え?」

「時間は、そちらに合わせる。」

私の方から断っておきます、と言おうとしたが、食い気味に遮られた。隊長は松本副隊長とはあまり反りが合わなさそうなので、彼女の誘いとなると断りそうだと思っていたが、意外にも食いつきが良かった。思い返してみれば、護廷十三隊の催し物には大体隊長がいた気がする。意外と職場の交流も重んじるタイプの方なのかもしれない。

とにかく、隊長に声を掛けるというミッションはクリアした。朽木隊長は参加、阿散井副隊長は担ぎ手としての参加であると、明日松本副隊長に伝えよう。六番隊からの参加が隊長と私の二名だけというのも後々松本副隊長に何か言われそうだが、理吉さんも担ぎ手だし、誘える程仲の良い隊士が他にいないので仕方ない。

「では、十九時に十番図書館前集合ということで、よろしくお願いします!」

ぺこりと一礼し、隊主室を後にする。部屋に入る時とは反対に、出ていく時は、清々しい気分だった。隊長とプライベートの話ができたのが久々だった上に、普通に会話できたことに安心した。避けられていたような気がしていたのも、どうやら気のせいだったみたいだ。

たまちゃんも松本副隊長も、もうお節介は焼かないと言っていた。今度のイベントこそは、心穏やかに過ごせるだろう。阿散井副隊長と理吉さんの神輿担ぎ姿を見るのも、少し楽しみだ。ただ、お酒にだけは気を付けようと心に強く誓う。

隊長が、私のことを好きかもしれない。相変わらずその真偽は不明だが、もう暫く、このままの関係でいたい。それが、私のわがままだったとしても。複雑な気持ちを抱えたまま、夜が更けていった。



(執筆)20200506
(公開)20200515