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朽木隊長が、私を好きかもしれない。

はっきりと自分への好意を言葉で否定されたというのに、何故私はこんなに悩まなければいけないのだろう。考えたくなくても、考えてしまう。嫌でも意識してしまう。原因はほぼ百パーセントたまちゃんの言葉である。

そんなこんなで、最近隊長とは仕事以外の会話をしていないように思える。と言うよりも、気のせいかもしれないが、最近は隊長が私と話すのを避けているような気がする。少し寂しい気もするが、今彼と話しても変に意識してしまうので、これで良いのかもしれない。

(良いの、かなぁ。)

今日は、いつもより少し遅い昼休み。六番隊隊舎の近くの食堂で、私は一人で持参したお弁当を食べていた。最近は絶賛節約期間のため、自炊をするように心掛けている。俺、この貯金箱がいっぱいになったら、新しいカメラのレンズを買うんだ。毎日豚の貯金箱を前に、私は呪文のようにこの言葉を繰り返している。
とは言え、今日のお弁当は昨日の夜に作った炒飯の残り物。手早く美味しく作れる、一人暮らしの味方である。私はすっかり冷めてしまった炒飯を頬張りながら、隊長のことを考える。

そういえば、隊長はお昼に何を食べるのだろう。私はいつも食堂でご飯を食べているが、この場で彼を見かけたことはない。この食堂では今の私のように持ち込んだお弁当を食べる隊員もいるが、食堂で売っているご飯を食べる者がほとんどである。……まあ、あの隊長がこの食堂で売っているような庶民の料理を食べる訳ないか。
となると、隊首室で食べている説が濃厚だが、やはり彼もお弁当持参だろうか。朽木家のお弁当となると、相当のクオリティな気がする。お昼から河豚とか食べてそう。隊長の家のご飯、美味しかったなぁ。

(……って私、また朽木隊長のこと考えてる!)

私は邪念を振り払うが如く、ブンブンと首を横に振る。いけない。隊長には、なんとも思っていないと言われたのだ。もしそれが嘘だったとしても、彼がそう私に伝えたということは、彼の中でも色々と考えた上での言葉だったのだろう。そうであれば、私は隊長の言葉を真に受けた上で、彼に接するべきだ。

そう自分に言い聞かせても、自分の意に反して隊長のことを考えてしまう。このままで良いのだろうか。確かに私は、隊長とプライベートでも交流を持つほど親密な間柄となっていたが、その関係性は今壊れつつある。あの事件以来、隊長の方からプライベートの要件で声を掛けられることはなくなった。……思い違いかもしれないけれど、もし彼が私と距離を置こうとしているのだとしたら。私も暫くは隊長と顔を合わせづらいとは思っていたが、これがずっと続くのだとしたら。

「寂しいなぁ……。」

「何がよ〜?」

「うっっっわびっくりしたぁ!?」

耳元で囁かれ、思わず飛び上がる。ばっと後ろを向くと、松本副隊長がにやにやしながら立っていた。

「何々、考え事?何度も声かけたのに。」

「ごめんなさい、気付きませんでした……。」

「何考えてたか当ててあげようか?うーん、朽木隊長のことね!」

「ハズレでーす。」

アタリだけど。私は前を向き直り、残りのお弁当を平らげた。松本副隊長に一度捕まると話が長くなりそうなので、ここは早めに切り上げたい。午後は西流魂街の調査報告書を出さないといけないのだ。

「つれない反応じゃない。……もしかして、海水浴の時のこと、まだ怒ってる?」

「あの件に関しては、もういいですから!」

海水浴の時、たまちゃんと結託して私のパーカーを奪おうとしたり、余計なお節介を焼いて隊長と気まずい雰囲気にさせたり。そのことに少なからず腹を立てた私の気持ちを察したのか、後日松本副隊長とたまちゃんは、私の元に謝りに来た。もう余計なお節介は焼きません、今後も温かい目で見守らせてください、と。たまちゃんは昔から謝れる子だったことは知っていたのでそれほど驚きはなかったが、松本副隊長に謝罪されることは想像していなかったため、何か裏があるのではないかと逆に疑ってしまった程だ。

それ以来、彼女たちが無理矢理隊長とくっつけてこようとすることはなくなった。たまに進捗を訊いてくることはあれど、程よい距離感を保ってくれるようになって、とても過ごしやすい日々が続いていた。

「それはそうと松本副隊長、お昼休みの時間もう終わってますよ?」

「何よもう!京葭だってこんな時間にご飯食べてるじゃない!私は六番隊に用があったから、ついでにここにも寄ったのよ。」

「私は午前中の業務が長引いちゃったので、時間ずらしてるだけですよ。」

仕事のついでに食堂に寄るとは?私はツッコミたくなる気持ちを堪え、弁当箱を片付ける。今は隊長に関する話をしたくないので、それ関連だったら適当に話を切り上げよう。

「アンタ、今週金曜日の業後暇じゃない?」

「今週末、ですか?特に予定はありませんが……」

「これ、興味ない!?」

松本副隊長は、一枚のチラシを私の前に差し出す。紙面には今週末の三日間、十七時から十番区の大通りで『十五夜月見祭り』なるものが開催されるらしい旨が書かれている。
確か真央霊術院在学時代にも、一度足を運んだ記憶がある。屋台が出たり餅つき大会があったりと、その規模は瀞霊廷花火大会と同じぐらいだった。そして目玉のイベントは、何といっても神輿担ぎ。十番区から始まり、最終的には中央一番区こと真王区に運び込まれる。神輿担ぎには、力が自慢の死神たちも参加しているらしい。
活気に溢れていて楽しいイベントではあるが、正直、人混みが嫌いな自分としては、あまり乗り切れない誘いではあった。

「ええと……せっかくなんですが、私人混みが……」

「あ、安心して!全然混んでない、スペシャルな場所を提供しちゃうから!」

なんだろう、このデジャヴは。確か、花火大会の時も同じような誘い文句を聞いた覚えがある。広くて人が少なくて好きなだけ騒げる場所を確保してある、と。

「それってまさか、朽木隊長の……」

「ざんねーん!今回は、別の場所でーす!なんと、十番隊の道場を解放しちゃいます!」

それは職権乱用では?と思ったが、隊長の家ではないことにひとまず安心した。
開催される月見祭りは、十番隊隊舎の近くで行われる。屋台で食べ物を買い込み、それを十番隊の道場に持ち込んで飲み食いするという算段だろう。自隊の建物の私物化という一点に目を瞑れば、松本副隊長の企画力は純粋に凄いと思う。

「でもそれって、十番隊の方々の飲み会なんですよね?」

「うーん、そのはずだったんだけどね。みんな普通にお祭り回るみたいなのよ。なかなか人が集まらなくてねー。六番隊は、京葭にしか声掛けてないけど。」

大通り約一キロに及ぶほどの膨大な店が出ているため、お祭り気分を味わいたいならば歩いて回る人も多いだろう。純粋に、プライベートの時間まで職場で過ごしたくないという理由かもしれないが。

私は少し考える。元々私は、大人数が参加する飲み会は苦手で、あまり顔を出さないタイプだった。それでも最近は、たまちゃんや松本副隊長に巻き込まれる形ではあるが、色々な方たちと交流を深める機会が多くなってきた。自分のポジションがいじられ役なことは不満だが、こうして色々な人たちと会話をするうちに、知り合いが増えること自体は喜ばしかった。松本副隊長は面白がって私を呼んでいるだけかもしれないが、自分がいつの間にか苦手意識を克服できていることに関しては、感謝しかない。

「珠緒も来るし、来ちゃいなさいよ〜。」

「では、せっかくなので……ご一緒させてください!」

「うんうん、そう来なくっちゃ!楽しみにしてるわ!十九時頃に十番図書館前集合で、その辺の屋台で買い出ししてから道場に移動する感じになるから、よろしくねー!」

松本副隊長は、私の背中をぽんと叩く。彼女は月見祭りのチラシを一枚渡し、食堂の窓から颯爽と去っていった。普通に出口から出た方が早いのでは。

週末の予定もできたところで、これを今週の楽しみに業務に戻ろう。六番隊の隊士は私だけと言っていたし、今回は隊長絡みでいざこざが起こることはなさそうだ。今はとりあえず、隊長のことを考えずにひと騒ぎしたい気分だった。

「あ、そう言えば!」

食堂の窓から、松本副隊長が顔を出す。彼女は手に持った大量のチラシをぴらぴらと振り、悪戯っぽく笑った。

「各隊の隊長と副隊長はお招きする方針なので、朽木隊長と恋次への声掛けは、六番隊担当の京葭にお任せするわね〜。」

彼女はそう言い残し、その場から瞬歩でびゅんと姿を消した。見事な言い逃げである。私はがくりと肩を落とし、椅子にへたり込んだ。余計なお節介はもう焼かない、とは何だったのか。……いや、彼女からしてみればそこまで深い意味はなく、ただ本当に業務連絡を頼んだだけなのかもしれないが。

そうであれば、私も業務連絡の一貫と思い込むことにしよう。そう自分に言い聞かせ、自分の頬をぱんと叩く。変に意識をするから、こんなことになるのだ。そもそも隊長が自分を避けているというのも、気のせいかもしれないのだから。

「よし。としあえず、仕事!」

自分に喝を入れ、気持ちを切り替える。報告書を出しに行く時に、声をかけてみよう。私は月見祭りのお誘いをどう切り出すかを考えながら、誰もいない食堂を後にした。


(執筆)20200504
(公開)20200508