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私たちは今、個室居酒屋にいる。私の先週末の朽木家訪問の話を聞きたいからと、人に話を聞かれないようにたまちゃんがわざわざ予約を入れてくれた店だった。以前朽木隊長の話をしていた時に松本副隊長たちに絡まれてしまった失敗を踏まえ、気を使ってくれたのだろう。やましいことがあった訳ではないが、ただの一隊員である私が自分の所属する隊の隊長の家に招かれるなど、傍から聞けば一大スキャンダル案件だろう。

「休日に隊長の家に呼ばれて?お昼ご飯を食べて?」

「うん。」

「ほぼ半日ずっと二人きりでいて?」

「うん。」

「妹さんを紹介され、おまけに帰りに送ってもらったと?」

「う、うん。」

「それで自分に対して恋愛感情がないって、どうしてそういう結論になるのかなぁ!?」

私の話を聴いたたまちゃんは頭を抱え、机に突っ伏してしまった。鈍いなぁ、と言葉を零す彼女だったが、鈍いも何も、隊長の口からはっきり聞いたことだ。

「だって、朽木隊長が言ってたもん。私に対して特別な気持ちはないって。」

「え、朽木隊長が?」

たまちゃんは意外そうな表情をする。彼女は朽木隊長が私に気があると信じて疑っていなかったこともあり、私もつられてそんな気がしてきていたところだったが、ついに彼の口からはっきりと聞くことができたのだ。私のことは、部下としてしか見ていない、と。
私の話を聞いてもなお、たまちゃんは納得がいっていないようだった。

「それは、どういうシチュエーションで言われたの?」

「普通に、帰り道で……今でも奥様が大切なんですね〜って話をしたら、そうだって。私のことは部下としてしか見てないから勘違いするなって話をされたよ。」

「……それは、京葭がそう言って欲しそうな雰囲気を出してたから空気を読んだ、とかじゃないの?」

「うーん……。」

確かにあの時の隊長は、少し様子がおかしかった。今まで隊長はもしかしたら自分に好意があるのではないか、と思うこともあったが、気のせいだと解釈できる程度のものだった。しかしあの日の帰り道、私は隊長からの明確な好意を感じ取ってしまった。だからこそ、彼からあのような話題を切り出された時、怖くなって話を遮ったのだ。
隊長は、自分に対して恋愛感情がない。未だに亡き奥様のことを愛していて、今後他の誰かを愛することはない。彼の口からはっきりと聞いた言葉で、あの時の自分が求めていた言葉だ。――それは本当に、彼の本心だったのだろうか。

始終煮え切らない態度の私を見て、たまちゃんは身を乗り出す。個室から声が漏れぬようにと、小声で話を続けた。

「朽木隊長は自分の立場もあるし、京葭が脈無しな態度を取ったら、普通にそう言うと思うよ。」

「まあ、確かに……。」

「ちょっと冷静に、客観的に考えて欲しいんだけど。あの真面目な朽木隊長がさ?休日に自分の家に女性を招いて、食事ご馳走して、共通の趣味で盛り上がって、帰り際にいつでも来てねって言ってくるの、普通に考えてやばくない?好きな人以外にこういうことしてたら、逆に引くよね?良識を持った男性なら、好きでもない女性にこういう思わせぶりなことしないよね?」

たまちゃんの声は次第に大きくなり、興奮した口調で私に詰め寄る。これでは部屋の外まで丸聞こえ、個室が個室の役割を果たしてくれないではないか。私は彼女をなだめるように、口に人差し指を当てて制した。

「しーっ!聞こえちゃうから!」

「あ、ごめんごめん。」

たまちゃんは軽く咳払いし、声のボリュームを落とす。ちょうどそのタイミングで、個室の扉がノックされ、注文していたおつまみが到着した。たまちゃんも私も、テーブルの上に並べられていく酒のつまみたちを黙って眺めていた。こんな会話、人に聞かれようものならあっという間に瀞霊廷内に広まってしまうに決まっている。何せお相手は、あの朽木白哉なのだから。
あまり人に聞かれたくない話をしている、という私たちの心境を察した店員さんは、手早く注文の品をテーブルに並べ終える。たまちゃんは部屋から出ていく店員さんにありがとうございます、と礼を言い、何事もなかったかのようにこちらに向き直って先ほどの会話を続けた。

「で。もし仮に、隊長が京葭のことを好きだとするじゃん?何が問題なの?」

「……そんな簡単に、仮定の話をできることじゃないんだよ。」

大好きなだし巻き卵を箸で摘み、ぽいっと口の中に放り込む。白いご飯が欲しくなる、良い意味で庶民的な味だ。――隊長の家で食べた卵焼きは、これとは全然違う味だった。一体、何を使えばあの味になるのだろう。想像もできない話だ。

隊長は四大貴族のご当主様で、自分は流魂街出身の死神。住む家も、食べている物も、身に着けている物も、何もかもが違うのだ。先週、隊長の家で嫌という程格の違いを見せつけられた。家の大きさや部屋の多さに目がくらみ、食事の味は詳細は思い出せないがとにかく上品な味がして、器も高そうで、貸していただいた着物は、着物に詳しくない自分でも価値がわかってしまう程の値打ちものだった。

そう。これがただの、一般庶民同士の話であれば、私もここまで悩みはしない。とりあえず付き合ってみて、ダメなら別れれば良いだけの話だ。
しかし相手は朽木家の当主であり、自隊の隊長である。付き合ってみてだめならさようなら、なんて簡単なことはできない。ただ付き合うだけだとしても、彼にふさわしい女性でなければ彼の名前に――朽木の名に、傷を付けることになってしまうだろう。

「……住む世界が全然違うし。それに……」

「それに?」

「……もし結婚とかなったら、貴族界隈の全員を敵に回しそうで怖い。」

「あはは、結婚って!気が早いなぁ、もう……」

「笑いごとじゃないでしょ!」

ばしばしとテーブルを叩きながら笑うたまちゃんの脛に、ぐいぐいとつま先で蹴りを入れる。これが一般人相手なら結婚など気にせず付き合うことも可能だが、隊長となると話は別だ。私の勝手な想像だが、彼は結婚を視野に入れずに女性とお付き合いするような男性ではないように思える。噂に聞くところによると、彼は奥様を亡くして以来女性とお付き合いをしたことはないらしい。きっと、彼の中で「女性と付き合う」ということはハードルの高い行為なのだろう。……そのお相手に自分が選ばれる可能性があることにつては、疑問しかないのだが。

もしも。もしもの話だが、隊長が自分を好きだったとして。告白されたとして。私は、朽木隊長の申し出を断るのだろうか。正直なところ、畏怖の念が強すぎて、対等な関係性を築ける気がしない。

「……もし京葭が朽木隊長と付き合えない理由が、朽木隊長の立場が理由だったらさ……ちょっと可哀想だよ。」

私の気持ちを知ってか知らずか、たまちゃんはため息混じりに呟いた。

「もし朽木隊長が京葭のことを好きで、付き合いたいと思ってるのだとしたら、朽木隊長は京葭との身分差とかそういう問題を全て背負う覚悟で、京葭にアプローチしてるってことだし。」

「だったら尚更……私は、そこまでして付き合う価値のある女じゃないよ。」

「それを決めるのは、あんたじゃないから。」

たまちゃんはすぱっと言い切り、ぐいっと中ジョッキを飲み干した。言葉に少し棘がある。私は肩をすぼめて小さくなる。

私は、隊長との今の関係性が好きだ。怖いと感じていた隊長と共通の趣味を通じて親睦を深め、プライベートでも交流を持つようになり、いつしか彼に抱く感情が恐れから憧れに変わり、彼の率いる隊で過ごせる日々が楽しくてたまらなかった。この関係性が、いつまでも続けば良いと思っている。
……でも、もし隊長からの恋愛感情ありきで成り立っている関係性なのだとしたら。この関係性のまま足踏みしていることは、彼にとって本意ではないだろう。

沈黙を破るように、たまちゃんがすっと手を挙げる。目が座っていて怖い。こやつ、酔っているな。

「朽木隊長とちゅーするところ想像してみてよ。」

「な……はぁ!?」

「あははー、身長差凄すぎてちゅーするの大変そー!ちゅー!」

「ちょっと、連呼しないでよ馬鹿ー!」

嫌でも頭の中に浮かぶ妄想を、必死に振り払う。彼と一歩踏み出した関係性になることをまともに考えたら、戻ってこれなくなってしまいそうで。
私はただ、今が楽しくて。今のままでいいのに。

――本当に?

本当に、今のままでいいの?

踏み込むな。これ以上、彼に踏み込むな。考えるな。理解しようとするな。自分の中でアラートが上がる。凪いだはずの心が、乱されていく。

私が今向き合おうとしている人は、住む世界が違うのだから。



20200503
久しぶりにスローフロースタートを更新しました。
また少しずつ思い出しながら書いていこうと思います。